煌めく森を歩み行く
「────はーい、しっつもーん」
「うん?」
戦闘を打ち切り、大トカゲと振り切り、杜の木陰で一息ついてからの数分後。
相変わらず〝眼〟を光らせながら。決して強がりばかりではなかったのだろう、ほんのり慣れが伺える表情で危険地帯を歩くニアが手を挙げた。
声音のボリュームに密やかさは無い。つまり、声が届くような付近に敵はナシってなことだと思われる────それではまあ、質問を受け付けるとして。
「さっき、なんで逃げたの? 別に倒せそうだったじゃん?」
「半泣きだった癖にコイツ……」
「もういいじゃんソレしつっこい!!!」
疑問が何かといえば、先程の満場一致……もとい三人一致で即座に決した逃走択に関するものらしい。ならば答えは簡単だ。
ニアを真ん中にして守る形。先導する俺の両サイド一歩遅れを歩いているソラとアーシェと視線を交わせば、これもやはり意見は一致しているようで。
では、せーのでいこうか。はい、せーのぉッ────
「「面倒だったから」」
「時間が掛か──、……り、そうだったから、です」
なんか言葉まで一致させられなかった天使が一人モヤっと半分の照れ半分でモニョっているが、意見一致に間違いはないってなわけで大丈夫だよ超かわいい。
逆サイドの若干ほんのり嬉しげな無表情はスルーしておくのが吉だろう。
「まあ、そりゃ倒せるか倒せないかで言や……」
「この三人で『倒せない』相手は、早々いないと思う」
ともあれ、俺の言葉を引き継いだドヤ姫の言葉が事実ではある。
というか、俺は除いても可。アーシェとソラのコンビで対応が叶わない相手というのが、まあ現状まず思い付かないし事実そう存在しないだろう。
ただしそれは、相応の時間と労力を割けばという前提を要求される。
「レイド級のエネミーは、とにかく異様なほどに強靭。それから何かしらの特殊能力やギミックの解明攻略に〝数〟が要求されるパターンが多い」
「まさしく、一定の挑戦人数に応じて弱点行動を晒すようになったりとかな。少数での挑戦に限定される影野郎なんかは例外中の例外で、ゲームのレイドボスってのは基本的に『大人数で挑むためのデザイン』になってるんだよ」
「鍵樹迷宮にもレイド級のエネミーはいたけれど……百層のアレを除けば、どれも単純な『謎』でギリギリ少人数の攻略が叶うタイプだった」
「魔人とかは、裏ルートだと普通にハーフレイドボスらしいスペックだったけどな。他は……なんというかこう、お手軽レイドボス的な風味を感じたな?」
「レイド未経験者でも大規模戦闘の迫力を味わえる、そんな塩梅の調整がされているように思えた。いろんな経験をできる場が用意されているのは『良いゲーム』」
「いやまあ、上層まで登るのも現状だと一般勢はキツいと思うが……」
「将来性の話。四年が経っても、まだ始まったばかり。生き急ぐ必要なんてない」
「なぜ俺を見る。生き急いでるわけじゃなくて全力疾走を謳歌してるだ────」
「────っはーい独り占め禁止ぃッ!!!」
と、仮想世界に触れる以前からのゲーム好き同士。アーシェと順々に言葉を重ねていたら後方より背中を抓られたが……──ともかく、つまりは、
「アレ本気で削り倒そうと思ったら、多分だけど二時間以上は掛かるぞ」
「うげ、マジ……?」
「マジ。途中で偶然に『ダメージが通らなかった理由』が判明する希望的観測を加えてソレ。あのままの状態で愚直に攻略するならハルの言う倍は掛かると思う」
「マジ?」
「ぇっ、ぅ……マジ、です。〝炎剣〟も通らなかったので……」
そういうこと。様子見で何時間もの時を注ぎ込むのが馬鹿らしかったので、機を見て一も二もなく逃げ出したってなわけだ。
ソラの【剣製の円環】が生み出す第二の魔剣。物理貫通防御無視の〝炎剣〟でさえカスダメしか与えられなかった時点で、何らかのダメージ減衰能力を有しているのは確定。まともに相手をするのならタネを割らねば始まらないだろう。
考えナシに時間という貴重なリソースを浪費するのは避けたい────と、そんな普段であれば簡単に蹴飛ばしてしまうような思考を無視できなかったのは、
「…………ふふ。そこまで、気にしてくれる必要はないけれど」
「するだろ、そこは流石に……」
他ならぬ、多忙な『お姫様』を連れ出しているからでもあるのだが。
それはそれとして、もうひと────
「────……えい」
「痛って」
ギュッと抓られビリビリ奔走。
ダメージは発生しないまでも五感は現実世界の比ではなく鋭敏。なれば痛み代わりの痺れは律儀に役目を全うするがゆえ、反射で声を上げるのも致し方なし。
「なにすんだニ────」
然して、サッと振り向けば、
「………………」
「ニ……ソラさん」
「ニソラさんですか。ふーん……」
「やめてその怒り方。過去一怖いゴメンやめて」
「ねぇキミ。悪戯は全部ニアちゃんの仕業だと思ってる?」
「思ってるゴメン」
「へぇ。────えい」
「痛いって! ダメージないけどビリビリはすんだよヤメテっ!」
「……えい?」
「ノらなくていい三人目! なにしてんのコレ歩きたまえよ前見てほらッ……!」
一手の差し間違いから軽率に地獄。HPは無傷だがMIDステータスに関与しない精神値に削りダメージを貰いつつ、三者の指を振り払い前進再開。
重ねて、時間は有限なのだ。戯れも悪くはないが……。
改めて今は、もう一つ。
「探して! ほら皆も探してッ! なんかこう確定一目で稀少エネミーなピッカピカのアレソレがいるらしいから目と耳と諸々全部を凝らして‼︎ 行くぞッ!!!」
どれだけ時間が掛かるかも不明な本来の目的に、意識を向けねば────
「たまに小学生になるよね、この人」
「可愛い」
「あ、はは……」
「……………………………………」
無理矢理にでも意識を向けねば、この魔境。
俺の心がどうなるか、わからんぞと。
もうどうにかなってる定期。