煌めく森を賑やかす
仮想世界における事実に関して、多くの者が勘違いしているモノがある。
それは異世界に足を踏み入れるプレイヤー然り、外から見守る観客然り。
英雄譚の如き表面上ばかりが目に入るものだから、そう思ってしまうのも仕方ないっちゃ仕方ないこと……さて、それは何か。簡単だ。
例えば『最強』の称号を呼ばれる【剣ノ女王】であったり、例えば『至高』の称号を謳われる【剣聖】であったり、人によって様々な説はあるだろうが────
アルカディアにおいて最も強いモノが〝なにか〟という話。
それは間違いなく、俺たちでは、ないのだ。
「────不足ナシどころじゃねぇッ!!!」
「なんの話ぃっッ……!?」
轟音を立てて爆散、降り注ぐ大小無数な結晶樹の破片が成す散弾を《天歩》回避しつつ、気付けば危険域に呑まれていたニアを一目散に攫って全力ダッシュ。
都合、擦れ違った護衛役の相棒とは瞬時のアイコンタクトが噛み合って、
「──アイリスさんっ!」
「受ける、横から」
刹那のスイッチ。俺に代わって前へ飛び込んだ金色が並ぶ一瞬に青銀からの指示が飛び、即座に呼応したソラがルートを踏みしめ正面から外れた────
コンマ五秒後。
「《不動の黒》ッ……────‼︎」
『──────────────ッッッ!!!!!』
対物理防護極振りの黒。七色の衣とも呼ばれる第六階梯魂依器【夢幻の女神】を夜色に染めた【剣ノ女王】と、煌めく結晶を体躯とする巨獣が激突。
静の小、動の大。
ただでさえ身体の大きさも質量も膂力も何もかもが桁違いの両者。その上で助走による追加エネルギーを後者が蓄えたとあらば、如何なアーシェの全力全霊ガードとて全長十メートル強の大砲弾は止められない────
けれども、路上の小石に躓いた車が僅かながらでも浮くように。
流石に小石では役不足が過ぎる姫様が『剣』と身を賭したならば、見上げるような巨獣とて刹那つんのめり足を浮かせて然るべき。
「────ッ今……!」
然して、有言実行。
結晶樹の森を縫って爆走する巨躯────【晶源に棲まう大獣】の鼻先を銀剣の腹で受けたアーシェが、ブーツで地を割り砕きながら堪え呟きを放った瞬間。
「《連なる巨塔》ッ‼︎」
指示実行。
横合いへと走り陣取ったソラが指揮杖を振るえば、侍る巨塔が数えて六連。ほんの僅かながら避け得ず速度を緩めた巨体に次々と着弾した。
────と、そこまでを間合いの外から見届けた瞬間。
「ソラッ! アーシェッ!」
「「っ──」」
横倒しになった結晶トカゲが巻き起こす地響きに負けじと、ニアを抱えたまま腹から呼び声一本。振り向いた琥珀色およびガーネットそれぞれと視線が合い──
オーケー、心は一つのようだ。然らば……‼︎
「────逃げるぞァッッッ!!!!!」
「んっ」
「はいっ……!」
「耳元で叫ぶの禁────ッ!!!」
腕の中でワーワー叫んでいるニアちゃん諸共、俺たちは疾く逃げ出した。
◇◆◇◆◇
「…………はい、ってことで評価更新。オーバーレイド級っすね此処」
「異議なし」
「つ、強かったですね……」
斯くして、強引に生み出したブレイクタイムに全力脱兎を差し込みタゲ切り敢行。無事に件の大トカゲを振り切ることに成功して一息ついた折。
「よくまあ言ってくれたなサヤカさんめ……俺とソラなら大丈夫だぁ?」
「なにがどう大丈夫だと思ったんでしょうか……?」
「……そういうところある。彼女」
とりあえずと結晶樹の木陰に身を隠しながら。
おおよそ三十分に亘る思わぬ激戦を終えた俺たちは各々、ニコニコ聖女様のほわほわスマイルを脳裏に浮かべながら苦笑いを零していた。
いや、マジ、なんだアレ。少数精鋭どころの話じゃねぇ。
冗談でもなんでもなく【大財を隠せし土巨竜】と同格のバケモノだったぞと。
〝斬〟でも〝打〟でも挙句は〝魔〟でも、なにでどう殴ろうが全身カスダメ量産機。生物であるならば共通する急所であろう頭部、首、腹も身体の端から端まで余すことなくカッチカチ。目玉に【早緑月】が弾かれた時は流石に目を疑った。
そして防御面だけでなく攻撃面も鬼スペック。
例の超凶悪な七本目の腕が自在かつ豪速で伸縮するわ、ついでに樹に擬態していた尻尾も伸縮するわ枝めいたトゲトゲが爆散して巨大矢の如く襲ってくるわの大騒ぎ────で、それが『通常技』なら当然のこと『必殺技』もあるわけで。
なんか周囲の光を吸収してピカピカ明滅を始めたと思ったら、辺り一面の結晶樹と連動して超高範囲レーザー爆撃ぶっ放してきた時は笑ったよね。
そりゃもう、爆笑一歩手前だった。辛うじて守ったニアは半泣きだったけど。
でもって攻防だけに飽き足らず機動力も……ま、あの通り。
結晶の木々が乱立する森中を小型軽量エネミーも斯くやといった身のこなしで轟々と疾く駆け回る様は、確かに素早いトカゲめいていた。
マジいい加減にしとけ────と、
「……悪いなニア、予想の遥か上だった。怖かったろ」
「ぇ、ゃ、ま、まぁ、そも危ないのは了承して一緒に来てるわけだ、しぃ……」
そんなこんなで散々な目に遭ったもんで、まずは非戦闘員様へ下げるべき頭を下げつつ謝罪。然らば返ってくるのは何やら歯切れの悪い言葉で……──
「「ハル」」
「ふぁい」
「もう下ろしていいと思いますよ」
「もう下ろしていいと思うけれど」
「……ふぁい。ふいあへん」
「いやあのまあ別にアレあたしは全然このままでもぁっ────ちぇー」
流れそのまま全く意識してなかったもんだから頼む許してとニアちゃんリリース。しかし両サイドから頬を摘まむ指は離れてくれない。
どうやら、もう暫し罪を贖う必要があるようだ。ごめんて。
……まあ、けれども。
「大丈夫でしたかニアさん?」
「あーほんとへーきへーき。流石にアレコレあって慣れてきちゃってるし」
「さっき、泣いてたように見えたけれど」
「なんであのメチャメチャ激しい戦闘中にバッチリ目撃しちゃってんの。や、違うの、しょうがないの。本気でメチャクチャビックリするとこのゲームあのアレだから感情オーバー表現で軽率に涙目にしちゃうもんだからソレなの」
「可愛い」
「その可愛いはなんか嬉しくないっ……!!!」
「……ふふっ」
「笑ってるソラも、最初の頃は『可愛かった』って聞いた」
「へ? ……なっ! ぇ、ぅっ……! ────ハルっ!!?」
と、そのように。
嫉妬云々というよか、気の利かない俺へのお叱りでしかないようなので。
「ほんほおえんいあうんあっへいふあはんあいあはいひへはあういほおっほおうほおっほうぃうぃひいほおほほあはんほいあんひはふはいおうひへ」
「ちゃんと喋ってくださいっ!!!」
「ソラちゃん? それは、手を放してあげればいいんじゃないかなって……」
「……ふふっ」
これこれこうして、ありがたく甘んじて受け止める次第である。
グッバイ設定特盛トカゲちゃん。




