晶源の杜
────アルカディアにおける職人プレイヤー『魔工師』は基本的に戦闘不得手かつ冒険不得手。理由は様々あるが、最も大きな要因はステータスの偏りだ。
人の枠を出ない程度、つまり容易に制御できる範囲で筋力や敏捷ほんのり。そして戦闘職とは違いビルド構築に一切のシビアさが無いのだから、とりあえず何かしら効果はあるだろうと信じて積むべしと言われている幸運に少々。
すると大体の場合900前後のポイントが残るわけで……彼ら彼女らは、また大体の場合それらを精神と器用に2:1程度に振り分ける。それが魔工師ベーシック。
戦闘コンテンツに打ち込む魔法士、中でも『純魔』と呼称される純粋な砲台型魔法士を超えるMID数値に何を求めるかといえば答えは単純。他ならぬ魔力のため。
治癒魔法の使い手、いわゆる『ヒーラー』の存在が稀少なアルカディアはHPの回復手段も乏しいが、それとも比較にならないレベルで確保困難なのがMPだ。
どこぞの黒尽くめ自称後輩なんかは例外中の例外というか事実上の唯一無二。
最高位品でも即時回復は望めない魔法薬しか頼りにできないのが普通であり、それも乱用するとデバフを喰らうので基本は自然に回復するのを待たねばならない。
で……────魔工の作業には、基本的に大量のMPを要する。
MIDにポイントを積めば、MPの上限容量が引き上げられる。
更には体力魔力共に時間経過による自然回復が割合で計算されるアルカディアでは、上限容量が上がる=自然回復量も比例して上がる。
深く考えるべくもなく、ポイントを注ぎ込んで然るべきというやつだろう。
言わずもがな繊細な作業に要される器用と併せ、魔工師のステータスに差が生まれづらいのも頷ける────なんか知らんけど戦闘もこなすくせにトップ魔工師として君臨している紅髪着物美人がいるらしいが、そういうのも例外中の例外。
他にも『戦闘に際しての耐性が基本ゼロ』とか『性格的に引き籠もりが多い』とか重ねて理由は様々だが、単純に〝物理的な行動力〟が無いからということ。
たとえ戦闘を避ける『旅』がメインの冒険とて、それが外を歩む冒険である以上は移動でも何でもステータスが追い付いてこないということである。
ゆえにこその戦闘不得手であり冒険不得手────なのだが、
「で、どんな感じよ?」
「んんん──────……っと、ねぇ…………」
どこぞの紅髪着物美人のように、仮想世界の『例外』は軽率に生まれるもの。
先日の『緑繋』攻略戦で持ち得る『魂依器』……物質が秘め隠す〝ありとあらゆる全て〟を見透し視通す魔眼。【揺蕩う藍玉の双星】の権能を盛大に披露したニアこと【藍玉の妖精】へ向けられる言葉に、最近一つ追加されたものがある。
それ即ち……──『一家に一人ニアちゃん欲しい』だ。
「ごめん、ちょっとここ魔力が濃くてボヤーっとしか見えないんだけども……」
「情報ゼロが普通なんだ、ザックリでも全く構わんぞ」
なぜかといえば、そんなもの。
「んじゃまあ、ザックリ適当に……────まず、ここの敵さん擬態型だね」
「ほう」
「数は多くない。ただメチャでっかい。少数精鋭系? ぁ、樹ね。擬態」
「なるほど?」
「ピクリとも動かないし感知スキルにも反応ないから、ズルなしで見分けるのは大変そ…………ぁ、待って。特徴あるかも、根っこ部分に薄っすら捻じれ模様」
「ほほう」
「とりあえず、そんだけかなぁ。ボヤけてるから全体は見通せませーん」
「なるほどなぁ……────ソラさん、アーシェ」
「はい」
「ん」
……なぜかって、そんなもの。
「これ、何かしらの法に触れてない? 大丈夫だと思う?」
「ちょっとなんでよ。ニアちゃんに『かわいい』以外の罪が在ると申すか」
この壊れに壊れた問答無用かつ道理無用な索敵能力が、ズル過ぎるという話。
涼し気に無表情で笑むアーシェはともかくとして、初期と比べて今やゲーム知識もそれなりなソラさんが隠せず浮かべている苦笑いが全て。
ある意味かの【旅人】にも匹敵する、完全なる冒険バランスブレイカーだ。
エリアへ踏み込む前から大体の脅威を眼で捉えられてしまう。広大な世界に無数乱立する初見環境への対応策に、これ以上の力は早々ないと言っていいだろう。
「……本当の本当の本当に優秀。二周目、信じられないくらい楽だった」
それは勿論、再挑戦するたびに構造が変化する〝迷宮〟なども同様に。
『緑繋』の背上異界同様の魔力ゼロ空間だったらしい『鍵樹』でもニアの眼は無法を働いたようで、恩恵に与った【剣ノ女王】様の評価もコレである。
「んっへへへなんですかそんな褒めても笑顔しか出ませんけども……!」
そして姫に褒められた藍色の反応がコレである。
世間にワーワー大絶賛されてる件については『勘弁して』とか言ってるくせにな……──と、無粋なツッコミ諸共さて置くとして。
「んじゃ、とりあえず様子見いっとくか」
小兎刀召喚────俺が両手に紅刃を顕すと同時、それぞれにそれぞれな無緊張かつ気の抜けた顔をしていたソラとアーシェが空気を変える。
然らば、
「ニア、一番近いのは? こっから見えるか?」
「ぁ、んぇ、っと…………うん。アレ、見える?」
「んー………………っと。成程アレか、オーケー」
遠距離からの指差し確認、目標選定。
「それぞれの距離感は?」
「個体ごとの? …………けっっっこう遠い、かな。近くても百メートル単位? 戦い始めてリンクするかどうかは、ちょっとわかんないけども……」
「十分だ。サンキュ」
続いて状況情報の確認完了。
「────ソラ、とりあえず後衛で頼む。ニアの護衛も併せて」
「はいっ」
相棒に背中を、
「アーシェ」
「ん」
……なんと形容したものか。まあ、いろんな意味での最強に隣を預けて。
「せぇッ────」
「────の」
踏み込み一歩、刹那に奔った閃は三つ。
先んじた一投。狙い違わず同時の急襲を確実とするため、目印代わりに一本の〝樹〟へ放った小兎刀が命中の響音を高らかに鳴らした瞬間。
結晶そのものと見える何者かの体皮に浅く鋒を埋めた紅刃一つが、砕け散る。
要因は、勿論のこと────
「硬ッッッッッッッッッッて……」
「……少数精鋭。ニアが正解ね」
続く紅煌と銀光、交差を描き点を穿った俺とアーシェの剣閃二つ。
斯くして、
『──────────』
千の玉石が擦れ合うような、形容し難い声鳴り。
地響きと共に結晶の地を割って顕れ出でるは、巨躯と世界の理が一つずつ。
「【晶源に棲まう大獣】……モチーフ、なんだと思う?」
「……………………トカ、ゲ……?」
言葉通り様子見でしかなかった俺の分はともかくとして、アーシェこと【剣ノ女王】 with 神与器による一撃を不意打ちで頂戴してなおダメージは軽微。
流石は大規模部隊攻略推奨エリアに棲まうレイドエネミー。中身がギッシリ詰まっているのだろう五段重ねのステータスバーだけでなく、見た目の圧も中々だ。
地表から生えていた擬態部分、樹のように見えていたのは長大な尻尾。
葉は無いが枝は在る結晶樹にソックリ紛れていた通り、戦闘に際して振り回せば容易に標的を串刺しにするであろう極めて凶悪なデザイン性。
そんな尾を含め、全長十メートル超は固い長躯を支える脚は計七本。
右が三の左が四。本能的に不気味さを感じる非対称な構造はそのまま〝アクション〟を想像させるモノで……まさしく植物の『根』を思わせる細分された鋒を持つ左最前部の大腕は、まるでトゲトゲ爆盛りのモーニングスターめいている。
確かに頭部の造形や身体バランスなど『トカゲ』と言えなくもないが────
「俺の知ってる蜥蜴と違うなぁ……」
頭の先から尻尾の先まで結晶一色である点も含め、化物が過ぎる。まあ即ち、つまるところ、少なくとも外観と気配の圧に関しては……。
「……よし。そしたらアーシェ」
「ん」
「景観破壊は、ほどほどにな」
「…………私、そんなに暴れん坊じゃない」
揃って挑むに、不足ナシってやつだ。
どうしようもねぇくらい緊張感が湧かないから実質ここから全編ピクニック。
ちなみに今回登場した【晶源に棲まう大獣】ちゃんは誰かさんの衣装の素になった超稀少エネミーと進化の系統樹で繋がるハチャメチャに遠縁の親戚みたいなもん。
ちなみにpart.2。
主人公が『七本目の足』と捉えた死ぬほど凶悪なモーニングスターは〝足〟でも〝腕〟でもなく体を突き破って外へ投げ出される形に進化した〝舌〟だよ。
ギリ胴体じゃなくて首の付け根くらいから生えてるため見た目のアンバランスさも倍プッシュ。過去に色々あってというか必要に迫られて食事 by お口モグモグを卒業したから本来の用途には要らなくなったらしいよ。そんで失くしちゃうのも勿体無いから全く別の用途に足る器官として転用したんだって。進化って凄いね。
えぇ、物語には何一つ関係しません。怖いか。