角ナシ三角錐
思い立ったら即行動。そして思考力も行動力も人並外れて遥か天空である以上は、関係する物事の進みも刹那爆速がまた当然。
つまるところ、そんなアーシェが『その気』になって動いたとあらば、────
「念のため聞くけど、無理させてないな?」
「ん。大丈夫」
暇の一つや二つ、すぐに生まれて然るべきということだ。
ってことで週末。空の上、竜の上。
アレやコレやと尽きることのないイベントに満ちた平日を滞りなく満了して、辿り着いた土曜日の朝。早くから集まったのは俺とアーシェを含めて計四人。
「…………それで、その……結局、どこへ行くんですか?」
残る二人、その片方は言うまでもなく我が相棒と……。
「────んふふ、秘密でーす」
穏やか豪速で飛ぶサファイヤの背上、金色にピタリと引っ付いている藍色娘。
ニアも最近なんやかんや《騎乗》スキルをステータスに刻んだもので、全力アクロバット飛行でもさせない限り基本的に支えは必要としない。ので、
「あぁ、もう、これ……ニアさんも共犯者…………」
「だーいじょぶだいじょぶ〝悪だくみ〟じゃないから! んふふふふっ!」
「悪だくみしてる人の笑い方です……」
これまでの付き合いを重ねて今に至り、抵抗する気を微塵も見せないソラさんは『支え』ではなく『クッション』扱いであると思われる。
より正確に言えば『とりあえず心地良いから抱いとくモノ』であると────
おっと琥珀色と視線が正面衝突。サッと顔を逸らしてジト目を回避。
「……秘密にする必要、ある?」
「いやまあ焼き直しというか、踏襲からの懐かしみというか」
仲良し円満な後部座席の二人を他所に……前部は首元に跨る俺プラス、俺の肩に手を置いて立ち景色を眺めているアーシェの並び。
「流石に、もう半分バレてはいると思うけどな」
「半分?」
「全部かもしんねぇ」
ニアと結託して何事かを計画したのがバレた時点で、ほぼ内緒は破綻している。ので、アーシェに続いて彼女を誘ったのがネタバラシみたいなものだ。
元より、そこまでガッチガチに秘めるつもりなどなかったゆえ……──
「………………ふふ」
と、静かで小さな笑い声。頭の上から降ってきたソレに再び振り向けば、お姫様は轟風に青銀を靡かせながら景色ではなく俺を見ていた。
「……なんすか」
その表情が、どうにも俺を揶揄うようで。見透かしているかのようで。
据わりが悪くなり思わず半眼を返せば、
「別に。なんでも」
「…………さいですか」
そのもの、どうせ見透かしているのだろう。
もう一つ、俺が『内緒の計画』を抱えていることには。
ニアと〝相談〟していたのとは、また別件。というか『そっち』に関しても半分『こっち』のための導入みたいなもんなので、本命は言わずもがな。
まあ、そりゃ勘付かれて然り……──これまで在りはしなかったのだから。俺が完全に自発的に動いて三人を一緒に連れ出すなんて、そんなこと。
斯くして、こっから臨むは心の最終調整準備時間。
「それで……結局、どこに向かってるのかしら」
「とりあえず、東」
まあ可能な限り楽しみつつ、天国と地獄が同居するデートを遂行するとしよう。
◇◆◇◆◇
────眩い光の獣。
情報提供者たる聖女様こと北の【玉法】サヤカさんから齎されたのは、正確な名前ではなく存在の外観を極めて大雑把に示す言葉の並びだけ。
元より必要を感じて目ぼしい〝なにか〟を探してはいたのだが……アルカディアにおいて最も『世界を見て知っている』北陣営プレイヤー。その中でも特筆すべき経験蓄積者であろう『遠征』の核が、他ならぬ巴の三人だ。
もう一人【旅人】とかいう例外的存在がいるものの、アレに関しては気まぐれ過ぎて『返事が来たらラッキー』という枠なので端から期待を掛けるもんじゃない。
更にもう一人【銀幕】とかいう超例外的存在もいないわけではないが、アイツはダメだ。メッセージ軒並みガン無視しやがるから今度ド突いておこうと思う。
ともあれ、そういうわけで鍵樹迷宮攻略中の空き時間。情報提供の最有力候補様に話を振ってみたらば見事にビンゴだったという流れ。
〝冒険〟と〝戦利品〟と。俺の求めたモノを両方とも満たして好奇心を刺激する『未知』の目撃情報を得て、今日こうして訪れたのが……──
「────……すっげ」
「わぁ……」
「うわへぇ、なんこれ……」
「壮観、ね」
煌めき輝く、結晶の森林。
その名は【晶源の杜】────神創庭園中心地より遥か東。千キロ外周から三千キロ地点までの範囲こと『エンドサークル』の内にある、レイド推奨地帯だ。
立ち並ぶ木々は全てが硬質な輝きを放つ色とりどりの結晶で形作られており、目に留まる全てが芸術品の如き光景は壮麗の一言。
おおよそ自然らしくは思えない真っ平な地面を薄っすら覆うのは澄んだ水面。陽の光を透かして放つ水晶の輝きが乱反射して、まさしく目を焼かんばかり。
「…………」
水面に爪先を差し込んでみれば、水深は僅か数センチといったところ。
如何に水場などの環境抵抗値がゲーム的に拡大されているとはいえ、この程度ならば超人アバターの性能が勝つだろう……が、驚いたのは、
「杜の中ってか、これ腹の中では……?」
コツコツと、水の中。
爪先で叩いてみた地面までもが、硬い結晶で構成されていたこと。つまるところ、木々だけでなく空間が丸ごとソレで形作られているということだ。
「……そもそも結晶って、ある種の生物みたいなものというけれど」
「ぇなに、あたしたち今から結晶オバケの口に飛び込むってこと?」
「こわいこと言わないでくださいっ……!」
アーシェがポツリと何事か言って、ニアが拾い、ソラの素直な反応で締め。割かし普段通りのパターンお披露目だが、ここは日常安地ではなく危険地帯。
勿論のこと、最低限の緊張は────
「それで……ここ、どういうエリアなの?」
「知らん」
「ぇ、ねぇ今この人『知らん』って言ったけど」
「ハル?」
「いや、俺は『なんか面白そうなエネミー(?)がいる』としか聞いてないし」
「『エンドサークル』ってノリで来るとこじゃないと思うんですケド」
「大丈夫だ。サヤカさんも俺とソラさん二人なら大丈夫でしょうって言ってたし」
「特級序列持ちのペアなら大丈夫って、安心の対極にある情報なの理解してる?」
「ハル???」
「大丈夫だって。ほら見て『最強』もいるし」
「任せて。必要なら障害物も一掃する」
「景観破壊は躊躇っとけ?」
────……まあ、最低限の緊張も。
「…………なんか、他の序列持ち全員とも戦い成立しそうだよねキミタチ」
「無理ですよっ!?」
「いやぁ……」
「……【剣聖】と『双翼』の並びが特に厳しい。次の四柱、どうしようかしら」
必要は、ないかもしれん。
ほのぼの遠足(危険地帯)




