縁の糸と先へ続く線
その場は瞬時に、彼に染め上げられた。
────とはいえ、まあ各々が時間を取って集まった目的が目的。至極真面目寄りな空気が完全に消え去ることはなく……。
「…………ん、確定」
「っはっは、お役に立てましたかな?」
ケンディ殿もケンディ殿で、テンションはどうあれ根本的には真面目騎士様。
いつまでもおふざけ──おそらく彼にそんな気は微塵もない──が続くこともなく、素直に求めに応じてくれたおかげで検証は滞りなく了を迎えた。
彼が堂々と階層主の間へ足を踏み入れた瞬間、光が〝印〟に宿る結果を以って。
扉を開くために揃えるべき六つの挑戦枠、これにて確定。呆気ないほど推測が綺麗に嵌まり、やはり最後の一枠はNPCということで締めでヨシだろう。
……ちなみに、
「…………なんか普通に登場したが……《絆の道扉》も《絆の導扉》も、確かダンジョン内への転移は無理なんじゃなかったか?」
「はっは」
例えば、エンラ氏の呟きとか。
「やっぱし『鍵樹』となんかあって特別なんと違う? 騎士はん、どうなん?」
「っはっはっは」
例えば、ジンさんの問い掛けとか。
「……階層を飛び越えて合流できるのも、貴方たち固有の特別な権限?」
「っはっはっはっは」
例えば、アーシェの質問とか────
「それはそれとして可憐な貴女様ッ! もしや我が親愛なる稀人様と縁を結んでおられる御人でしょうかな‼︎ いやはや美しきに連なるは美しきと────!!!」
「ひぃっ!?」
なんかしらのアレを感じ取ったのか、なんかしらの琴線に触れたのか、いきなりズザッと跪いて展開され始めたソラさんへの絡みは置いとくとして。
「うーん……」
「やっぱし直接的な質問はあかんみたいやなぁ」
首を傾げる大人組二名の呟きが、俺たち全員の胸中代弁。
状況に際して当然の如く降って湧いた疑問に、どうやら彼は答えてくれないらしい。NPCたちが〝黙秘〟を貫くというのは今もって変わらないようだ。
何故なのか、その根本もまた疑問だが────
「ケンディ殿」
「なんでございましょうか!!!」
呼べば、そのもの忠実なる……失礼なことを言ってしまえば、どこか憎めない馬鹿っぽさまで含めて実に大型犬めいた様子で振り向いた騎士様から、
「この〝扉〟に関してのアレコレ、協力自体はしてく────」
「勿論でございますともッ‼︎ この身は貴方様の盾にございます!!!!!」
「ぁ、はい、どうも……」
なによりも欲する答えは、文字通りの瞬で頂戴できてしまった。
言い終える前に食い気味で掻っ攫っていくのは『自称忠臣』としてどうなのと思わんでもないが、これもまた彼の愛嬌と流せてしまう辺り俺も慣れてきたものだ。
「まあ……だってよアーシェ。とりあえず、人員確保については問題ナシか?」
さておきアーシェに……唯一明確な興味を示され俺との縁が云々とソラだけが構われている様子を、ほんのり不満気な無表情で眺めていたアーシェに話を振る。
と、
「………………そう、ね。あとは『貴方と絆を結んだ彼』が特別なのか、他のNPCでも条件を満たせるのか、協力を受け入れてくれるかの検証は必よ────」
「────美しき稀人の方。その必要はありませんぞ」
騎士の格好をして騎士らしく振る舞ってはいるが、やはり礼儀正しいは正しいだけで細かなところが騎士っぽくない。そんなケンディ殿が再び言葉を遮った。
……男という素性を無視して俺の〝裏側〟に喰い付きまくる辺り面食いなのかという疑惑があったが、どうもその認識に関しては誤りだったのかもしれない。
よく「雰囲気が似てる」だとか「方向性が一緒」だとかで俺の転身体の容姿を並べて語られることの多い『お姫様』を前に、特別な反応を取る素振りを見せず、
「我々〝千憶〟は誰あろう例外なく、この『扉』へ共に手を添えますゆえ」
極々自然な微笑と共に、沈黙ではなく答えを渡した。
「……誰でも?」
「えぇ、誰でも」
答える。
「……〝千憶〟の名を持つ人、限定?」
「ではありませんが、千憶より選ばれるのが良いでしょうな」
答える。そして、
「つまり、この『扉』の先には武力を必要とする〝戦い〟が待ってる」
「見ようによっては」
答え……──とは、言えない返し。
基本的に肯定か否定を素直に寄越してくれる彼らにしては珍しい物言い。誤魔化すような、はぐらかすような言葉にアーシェは目を細め、
「……そう。────そういう線引きなのね」
小さく独り言を呟くように、その実ケンディ殿に聞かせたのだろう。
声音を拾い上げた騎士様が薄く微笑みを浮かべるまでを見届けて、俺では想像も追い付かない思考の渦を秘めるのだろうガーネットの瞳が閉じられた。
「美しき稀人の方────【剣ノ女王】殿、ですな。勇名は、かねがね」
然らば、そこから。
「…………」
「はっは。力も籠めぬ眼差しさえも、なんと真っ直ぐで『剣』の如しですな」
「女性への誉め言葉としては、どうなのかしら」
「騎士かぶれとしまして、剣への例えは最上の礼でございますれば」
「貴方は剣を持っていないと聞くけれど」
「この身こそ尊きに捧ぐ剣。ならば、手に携える得物など選びませぬ」
「………………尊き?」
「えぇ。それこそ、このケンディが己に掛けた誉でありますゆえ」
展開されたのは、なにやら心を擽られる軽妙な会話劇。
そのもの仮想世界もとい『異世界の住人』たるケンディ殿は勿論として、アーシェもアーシェで持ち前の容姿と雰囲気が噛み合い過ぎるほど噛み合って様になる。
────そういうの正直ずっと見てられるから、二人揃って謎に俺へ目を向けたりしないで無限に舌戦遊びしててくれていいぞと。
俺のどこに〝尊さ〟なんて成分が含まれてんだ。ヤメロそんな目で俺を見るな。
「ぇっ、やっ……な、なんですかっ、なにしてるんですかっ……!?」
「いや、真なる尊みの塊でガードしようかと……」
「なに言ってるんですかっ……!」
斯くして、背中に隠れていた相棒と身体を入れ替える俺を他所に、
「『騎士』と『姫』なんて、出来過ぎなくらいのキャストのはずなんだが……」
「残念。もう『剣』は別の誰かさんに捧げてるみたいやねぇ」
いつもいつとて、一歩下がって若者を眺める自称オジサンたちも他所に、
「…………私、貴方のこと少し苦手かもしれない」
「っはっは! ご安心を! 袖にされるのは慣れてきておりましてなぁッ‼︎」
検証ついでの顔合わせは終始、愉快な騎士様の笑い声で彩られていた。
伏せられた線が沢山。




