召喚従
「────……ハル?」
「……ふぁい」
「もしかして、寝てないです?」
「寝たか寝てないかで言えば、一応は寝たよね」
「寝てないんですね」
いや、本当に寝たよ。
講義の合間を縫って、友人たちをアラームに雇用しながら────と、そんなこんなで日曜から今日。間に夜更かしを挟んで跨いだ月曜の夕刻にて。
「もうっ……夜更かしは身体に悪いですよ?」
「面目ねぇ」
例によってクランホーム。顔を合わせるなり寝不足を看破した相棒に向けられたジト目を拝領しつつ、その顔色を返す視線で窺いながら俺は一言。
「そういうソラさんは、食べ過ぎ完治しました?」
「……、っ……!」
然らば、天罰一撃。
顔を赤くしたソラから容赦ない握り拳の振り下ろし一撃(当社比)を拝領し、アバターが揺れる。現実の俺であれば、あるいは左手に嵌まる『指輪』の衝撃耐性がなければ、割と真面目に一時行動不能になっていても不思議はない威力だった。
反撃にしても鋭すぎたやも。友人たちと共に遊び歩いた土曜の翌日────つまるところ昨日丸一日、珍しく休日にソラさんと顔を合わせなかった理由。
乙女にとって、焼肉の食べ過ぎで寝込んでましたってのは。
「そ、そんなっ、大した不調じゃないですよと言って、言った────!」
「まあまあ恥ずかしがらんでも。翔子も『昨日マジ脂で死』って笑ってたぞ今日」
「なに笑ってるんですか!」
「いや笑ってたのは翔子さん待ってストップごめんって」
ともあれ、こんだけ元気なら体調は戻ったのだろうて……──デリカシーの欠如を詫びつつ、始まったポカポカ連撃を捌きながら俺も俺で密かにメンタル調整。
というのも若干、ソラの知らぬ昨夜のアレコレを引き摺って需要のない照れ隠しが出ている気がするから。下手なことを宣った口の原因はソレだろう多分。
「もうっ、全く──…………? あの、寝不足意外に、なにか……?」
で、そういうのを秒で読み取ってくるのが他でもない俺のパートナー。
男同士のノリに加えて深夜テンションでアレやコレやと昨夜ぶちまけた我が惚気を具現する『可愛い』炸裂の一端めいて首コテンを披露するソラさんの、
「なんもないよ。ほら行くよ」
「へ……、ぁっ、は、はいっ……」
手を引いて、ささっと歩き出す。
向かう先は────
◇◆◇◆◇
「────……ん。ここまでは推測通り」
鍵樹迷宮、第百層。
事前連絡を受けて集まったのは俺とソラ、そして静かな呟きを零したアーシェを含む五人。もう二人については、
「────んじゃ、あとは……」
西の主席と、
「────最後の一枠やねぇ」
北の二位。共に陣営の頭を担う御二方。
斯くして……東が俺、西がエンラ氏、南がアーシェの北がジンさん。それに加えてパートナー枠を埋める我が相棒ソラさん。
都合五枠。昨日の推理に則った人選を以って、光を灯した床の〝印〟は五つ。
元より簡単な謎解きではあったが、まあ流石に確定と見ていいだろう。四陣営から各一名、プラス『パートナー』一名の、更にプラス〝誰か〟で六枠だ。
このフロアの床を開く挑戦者は、八割方ここに揃い、残すところは唯一確定を見ない〝誰か〟のみ────ってなわけで、検証は次の段階へ。
「そしたら、もう喚ぶか?」
「待って。当たりだった場合、六枠が埋まった瞬間に進行が起きる可能性がある」
「それはそう。一旦フロア出といた方がいいな」
とりあえずの確認に返ってきた正論に頷き、五人ぞろぞろと大広間の外へ。
最奥にて階層主の討伐を果たしたフロアは、ボス部屋だけでなく道中の迷宮に至るまで完全な安全地帯と化すのが基本。それは百層とて例外ではなく、例の擬神像を討ち取って以降はシンと静まり返った平和な迷路でしかない。
もっとも、他の階層は進むか戻るかすれば再びボスは復活しエネミーの湧出も再開するが────ともかく、今は落ち着いて推理の答え合わせができる。
そしたらば……一応、軽く先ぶれは出しているものの。
「ハル、お願い」
「あいよ。……もっかい言っとくけど各々、圧倒されないよう気を付けろ?」
開け放たれたまま時を留めている大門の外側より〝印〟の光が消えたことを確認した後、アーシェに頼まれ頷きつつも忠告を重ねる。
「………………」
身内での報告会で殊更な詳細を聞いているからだろう。素直に普通に警戒感を露わというか、ほんのり身構えているソラさんはヨシとして。
「そうまで言われると逆に楽しみっつぅか……」
言葉通り面白がっている様子のエンラ氏。その隣で糸目を同様の色に染めているジンさんの反応が、どのように変わるのかは見ものである。
アーシェはどうせ無表情だ。間違いない────では、いざ。
「──────────」
言葉なく呼ぶは、絆を紡ぐ縁に恵まれた『名前』を一つ。
然らば、どこかの彼方で〝誰か〟の頭に響くは、高く透き通った鈴鳴りの音色。
絆が在り、意思が在り、呼び掛けが在って……そして世界の承認が在って成立するのは、一つの奇跡。此方へ届くは、導き誘う転移の光。
《絆の導扉》────パートナースキルこと《絆の道扉》と同様の、距離と次元を飛び越える力。しかし〝喚ぶ〟ことしか叶わない、一方通行の扉。
そのもの『NPCとのフレンド登録』を成立させた至極幸運なるプレイヤーに許される、稀少も稀少な特殊スキルである。
……さて、こうして門が開いたからには〝彼〟が承認したのは間違いない。
然らば来るぞ、ハイさーん、にーい、いーち、
「────────ん゛稀人さまァッッッ!!!!!!!!!!」
その瞬間、扉を超えて現れ轟いた大音響に、肩を跳ねさせた者は数えて四人。
誰よりも驚いて反射的に俺の背中に隠れたソラさん、俺視点いつもの格好となりつつある腕組みを思わず崩したエンラ氏、糸目が紐目くらいになったジンさん、そして迫真の無表情かつ無意識のことだろう『剣』を手に喚んだアーシェ。
四者四様。ほぼ俺の想像通りと言える反応を晒してくれた各々を他所に────
「お呼びに預かり恐悦至極ぅッ!!! このケンディ! 貴女様の求めに応じ疾く馳せ参じ────ぁっ、本日は貴男様なのですね────その姿も王たる凛々しさに溢れ溢れて、この双眼を灼く太陽が如し──────!!!!!」
「はいはい元気そうでなによりなにより……────ってことで、こちらが例のマイフレンド。千憶に連なるケンディ殿です。よろしくどうぞ各々方」
現れ出でた金髪碧眼の騎士を平然と紹介する俺の振る舞いも併せて、
「おおなんと、これはッ────御友人がたですかなッ!!!」
その場は瞬時に、彼に染め上げられた。
草。