幸と辛は似ているという話
アルカディアにおいて、基本的に『内緒話』の達成難易度は極めて低い。
どんな高速戦や爆音の最中でも声を使った意思疎通を助けてくれる、言うなれば『伝声アシスト』なるシステム的な補助の逆パターン。
あまり他人には聞かれたくないような至極個人的かつ内密な会話をしている際、すぐ隣にでもいない限り声が聴き取れなくなる効果が働くからだ。
例として、俺とアーシェが出逢った第十回四柱戦争のクライマックス────
いやイベント全体を通しての最終盤は俺たち二人が退場して暫く後のことではあるが、さておき件の戦いにおける会話が九割方カットされていたのもソレ。
あれほど全力の叫びがミュートされるのは、流石に珍しいパターンではあったらしいが……まあ要するに、システムの加護が気を利かせてくれるという話。
それゆえに、仮想世界では『障子に目』はともかく『壁に耳』は大体のシチュエーションで気にする必要性がない。他人の内緒話に耳をそばだてるノーマナー行為を紳士淑女が早々すまいという信頼も併せて、ひどく優しい世界というわけだ。
────そういうわけ、で。
「そう、なぁ…………赤──ミィナが可愛い云々に俺が同意を示すのもアレだろうから、あくまで似たような立場にある男としての共感を語らせてもらうが……」
「あぁ…………もう、なんでもいい。正直、相談というよりも誰かに吐き出したかったというのが大きいんだ。吐き出し合いにしてくれるというなら、一方的な恥晒しでなくなる分だけ随分と気が軽くなる。構わずに語ってくれ」
「まあ、だろうと思っての配慮ではあるけども。……ともかく、その、なんだ」
「…………」
「──────可愛いって、しんどいよな」
「──────日々、身を削られる思いだ」
このような沸いた会話も安心安全、耳にするのは俺たち二人だけである。
「なんていうか……あの『可愛い』って普通の可愛いとは別物じゃね? もう同字同音の異義語だろ、あの『可愛い』には可愛い如きじゃ追い付けねぇよ」
「……なにを言ってるのかサッパリわからないが、心の底から同意する」
「まあとにかく、全部が全部ぶっ刺さるんだろ? ぶっ刺さって、あダメだコレはーマジ無理どうすりゃいいんすか土下座で許していただけますかってなるんだろ」
「……君ナイズされた言葉選びに物申したい部分はあるが、概ね同意だ」
「だろうよ。だから、まあ、わかる」
「…………」
「大事にしたい女子が可愛いって、死ぬほど、しんどいよな」
正直なところ、もう既に割と限界。あの囲炉裏を相手に斯様なぶっちゃけ話を展開しているとか今すぐに転げのたうち回って然るべき爆羞恥だが────
「………………そうだな、しんどい、ものだ」
その囲炉裏が、初手で『俺の彼女マジ可愛い助けてくれ(意訳)』とかいう最大限これ以上ないド級のアレをぶっ放したんだ、ここで日和ったら男が廃る。
……ので、
「お前と俺じゃ、あれだ。『手が出せない』の理由が変わってくるけども」
俺も俺で、初手からブレーキは捩じ切り圧し折って大遠投の構え。
「それで生じる諸々のメンタル負荷については……まあ男同士、似たり寄ったりと思って互いに共感は通じるんじゃねぇの。知らんけど」
然らば、遥か彼方へ投げ飛ばしたブレーキを共に眺める親友はといえば。
「………………ハル」
「なんじゃい」
「俺は別に、君を軟派な男だと思ってはいない。その前提で、特に煽りも蔑視の意味も含まない純粋な感想として聞いてほしいんだが……」
「マジ、今日、メッチャ喋るな。いいよ聞こう、なんすか」
「この一ヶ月ほど、度々、思う────これを三人分も凌いでいる君は化物だ」
見たこともないような情けない……しかし、やはり過去一で好感の持てる力の抜けた苦笑いを浮かべて、遠い目をするままソレな文言を重ねてきた。
オーケー。ジャブは互いに、こんなもんで十分だろう。然らば────
後は野となれ、山となれ。
「ッハ。甘く見積もっても実際のとこ凌げてないって話する?」
「……なに? 君、まさか」
「いや待て違う手は出してねぇ。そうじゃなくて、ご存じの通りで迫られ放題の翻弄され放題だって話。勝敗で表しゃ負け放題だぞ俺って話」
「あぁ、そういう……いやしかし、仕方ないだろう。君に倣って俺も君側の彼女らについてアレコレ言うつもりはないが、客観的に見て三者三様に並外れだ」
「ほんとソレ。意識改革は進めてるけども……いまだに、本能的には釣り合ってると思えねぇよ。それが三人だぞ、毎日のように殺されてるわ」
「……君にも彼女らにも失礼かもしれないが、同情するよ。戦慄を覚えざるを得ないのは、俺の想像がアイツ三人で仮想展開されるのも原因なんだろうが」
「トリプルミィナ……それもう一種の災害────ぁ、わり」
「事実まで口憚らなくていい。それは俺もそう思う────俺も俺で君に関しては、よく『お姫様』と真っ向から対等に付き合えているものだと感心してるよ」
「それはどういう意味合いで?」
「どう足掻いても、男なら誰であろうと、緊張して然りだろう。あれほどの美貌」
「お、おぉ…………お前も、そういう感覚あるんだな……」
「俺を一体なんだと思ってるんだ」
「爽やかイケメンブロンド侍」
「……今この瞬間の俺には、爽やかさなんて欠片も無いだろうな」
「おいイケメン部分は謙遜しねぇのかよ」
「事実は口憚れないだろう?」
「今ちょっと好感度下降したぞテメェこの野郎」
「……比喩なし『傾国の美女』を筆頭に、世の羨む美姫三人に見初められた途方もない色男が何を言っているのやら。彼女らより先に世間の男に刺されるぞ君」
「放っとけ。意識改革は進めてるっつってんだろ」
「まあ、仮想世界基準では地味寄りなのも確かだが」
「そういや、お前ら現実では接点あんの?」
「おい。急転反撃で刺しに来るんじゃない曲芸師」
「あるよな? 六月の旅行時点で、リアル連絡先交換済みは匂わせてたしなぁ?」
「………………」
「その点に関しては俺、まさしくその旅行で全バレしてるんだが?」
「…………………………早々、会ったりは、しない。が……」
「が?」
「…………『どうしても』と駄々を捏ねられて、最近では一度だけ」
「告白後の話?」
「……そうだ」
「ほほーん……────で?」
「………………………………………………………………」
「天を仰いでも救いは訪れないぞ」
「……………………仮想世界と、現実世界とでは」
「はい」
「意識の、問題もあるんだろうが……」
「えぇ」
「なんというか、こう、やはり…………違う、ものだなと」
「………………息遣いとか、触れ合ってなくても伝わってくる体温というか熱というか、もっと言えば存在感とか気配────みたいな」
「…………………………………………」
「あと当然だけど、仮想世界より遥かに『現実の女子』なんだよな」
「……………………………………………………」
「なにもかもが男殺しの特攻案件で死あるのみだけど、なんかこう華奢で繊細で突っ撥ねるのも躊躇っちまうんだ。んで一瞬でも受け入れたが最後、巻き返し不能」
「…………………………………………………………」
「わかるってんだぜ、友よ」
「…………………………………………………………………………ハル」
「うぃ」
「……時間、どれくらいまで大丈夫だ?」
「ッハ────最悪、朝までだろうが付き合うともさ」
「────……すまない、恩に」
「着るなってんだよ侍この野郎」
「感謝くらい素直に受け取」
「うるせぇオラ吐き出せよ惚気。受けて立つぜ掛かってこい」
「…………最近、わかってきたんだが」
「あん?」
「君は照れ隠しをする時、雑に口が悪くなる」
「俺の観察結果を吐き出せとは言ってねぇ!!!」
──────────……
────────……
──────……
────さて。そんな地獄めいた野郎二人の駄弁りが、はたして何時間、いつまで続いたのか。正確な時間は俺も囲炉裏も気にしていなかったゆえ不明だが……。
まあ、とりあえず。
ログアウトした際に拝むことになったのは、夜闇ではなく朝日であったとだけ。
定期的に無限にやってろ。




