この世の春にいる者たちの地獄について
────基本、俺たちの『交流』はといえば得物か言葉かでの殴りっこ。
お遊びでにしろ、戯れ半分の本気半分にしろ、マジでガチな競り合いにしろ。なんともはや笑えるくらい、初対面から今に至るまで変わることなく。
俺たちが腰を落ち着けて向き合う機会というのは、実に稀有なことである。
……なので、
「百層、そっちはどうだったよ?」
「あぁ、うん……手合わせが成立しない類のモノが、どうにも俺は苦手らしい」
「つまり?」
「早々に見切りをつけて全力砲撃の許可を出した」
「あーあー……──何秒で沈んだ?」
「流石に、あの二人でも火力に限度はあるんだぞ。俺とアイカとリンネで順番に壁を張って、マルⅡの遊撃牽制で間を埋めながら……まあ、二十分ほど掛かったな」
「千二百秒かぁ」
とかなんとか、面白くもなんともない気もそぞろな会話を挟みながら。
「………………」
「………………」
「…………………………」
「…………………………」
仮想世界アルカディアにおける冒険の主要舞台。【隔世の神創庭園】はプレイヤー主街区の隅っこ、知る人ぞ知る小料理屋【鉄心】の一室にて。
なんでもない風にサラッと誘い出し、赤子の手を捻るようにして赤青ちみっこツインズの追跡をぶっちぎり飲みの場を構えたまではヨシとして……。
「「………………………………────」」
さてどうしたものやらと、俺たちは顔を見合わせて困っていた。
男二人、全く無様もいいところである。
「……その、なんだ。ハル」
「うぃ」
しかし、ともあれだ。肝心の『議題』に関しては事前に共有しているのであるからして、他に要するは互いの覚悟くらいなもの。
「重ねて、すまないな……」
「ぁー、まあ、いいって。そーゆうの」
でもって俺も囲炉裏も基本、一般的なラインから見れば揃って思い切りは良い方だ。そうでなければ、まず『こんな場』を設けるまでに至れていないだろう。
様子見も、空気読みも、三分あれば腹一杯。
「よし、オーケー、囲炉裏、大前提だ。これより後で思い返して盛大に爆死するであろうアレやコレやのぶっちゃけ話に臨むに当たっての大前提を掲げとこう」
然らば始めようぜ。男二人────
「あ、あぁ……」
「俺に関して、場合によっては黙秘することもあるだろうが嘘も誤魔化しも言わん。アホほど本音と馬鹿真面目で相手してやるから、そのつもりで掛かってこい」
「………………わかった。……ハル」
「おう」
「恩に着る」
「着なくていい。全部が上手いこといった暁には迅速に忘れとけ」
逃げも隠れもできねぇ、地獄の恋バナってやつをよぉッ……‼︎
────事の発端は一週間ほど前。唐突に俺を呼び出した囲炉裏が、珍しいどころではない弱った顔を晒して『相談に乗ってくれ』と頭を下げた件から。
そんな前振りがあったから、俺は『議題』を事前に知っているし一週間かけて覚悟も用意してきた。斯くして、いざ臨むは……。
己と関わりのある、女子についての悩み事。
「ひとつ…………あぁ、まとめれば、一つだ。関係が変わって……正確には、変えることを確定させて、もう一ヶ月以上が経っているわけだが」
然らば、ひとまず俺のことは置いといて。
囲炉裏に関しては、悩みの対象は一人だけ────九月半ば。トラデュオに際して静かに決行された、至極まさかの告白劇にて電撃的に恋人関係……──
もとい、恋人(未来形)と相成った赤色こと『双翼』の片割れミィナである。
ぶっちゃけ俺個人の認識では『女子』というより『怪獣』でしかないわけだが、近しい友人兼後輩としてではなく客観的に見れば意外と失礼な感想は出てこない。
極めて元気で極めて人懐っこく、構い構われの渦中の常。
そしてソレを成立させる気遣いも常としているなんてのは流石に理解しちゃいるので、魅力という点では男が惚れる『女性』として何ら不思議は感じないものだ。
しかしまあ、囲炉裏が言うように一ヶ月以上も経ってなお。
まさか他ならぬコイツが、自ら告白を仕掛けるほど、そりゃもう熱心に惚れていたとか聞かされても驚きが勝るばかりだが……。
「困っていることが……ほとほと、困り果てていることが一つ、ある」
もう、いい加減に意外とばかり思っていないで慣れてやるべきなのだろう。恥を忍んで後輩に相談を持ち掛け、その上でコレ────
見たこともないほど馬鹿真面目に心労を露わにし、なおかつ詳しい話を聞く前から同情してしまいそうになるほど真剣に悩んだ顔を見せているのだから。
シンパシー……と言ってしまうのは、失礼か。
この先輩は、恋愛においても、ある意味で俺の先輩になってしまったゆえに。
真摯に、真剣に、今回ばかりは茶化さず本気で力になってやろう。そう思い、身体はリラックスした風を装いつつ内心ではドッシリ構えて言葉を待つ。
さぁ、来いよ。
重ねて、覚悟はできてる。
そんでもって、いまだ答えを渡す時に至れていない俺と、豪速で突き抜けていった囲炉裏とでは立場こそ違えども……ギリギリ恋人未満な女子との良好な仲に恵まれているという一点で、共通する者同士の直感が告げているから────
「……スゥ────、………………………………女性、というのは」
「うん」
事前に、察知できているから。
「外見や振る舞いが、如何に幼く見えても」
「あぁ」
文字通り、我がことのように、
「どうしようもなく……男とは、違うのだなと」
「はい」
まさしく、手に取るように、
「毎日、毎時、毎秒。時間を共にすればするだけ、思い知らされるというか……」
「そうな」
わかっているから。
────このあと、一体なにが飛んでくるのか。
「………………御せると、思っていたんだ。自分の心も、アイツの行動も」
「……よし、囲炉裏」
だから、そう。
お前も恥ずかしがってねぇで、さっさと素直にぶっちゃけろよと。
「笑わねぇから端的に言え。はい、さーん、にーい、いーち────!」
「────ッ……!」
……斯くして、その日。その瞬間。
「アイツは、もう本当にダメだ。やることなすこと可愛すぎる。助けてくれ」
「………………助けてくれって言われてもなぁ……」
俺の中で、確実に。
爽やかイケメンの体面を遥か彼方へ投げ捨てたブロンド侍の好感度が、過去一で爆上がりしたのは言うまでもないことだろう。
お察しの通り、こっから男二人が無限に惚気るだけですけど、はい。
続けて構わないね?




