期限満了
たとえ現実比1.5倍もの時間が許されていたとて、仮想世界に在って一日など瞬く間に過ぎ去ってしまうのは新人時代も今も変わらない。
ニアと悪だくみ……ではないにしろ、秘密の計画事を相談したり。
先日、新たに進化成長を遂げたスキルの慣らし運転に励んだり。
でもって、暇してる虎に呼び出されたり時間の空いた専属魔工師殿に声を掛けられ顔を出したり暇してた子猫に呼び出されたりといった途切れることのないアレやコレやを梯子していれば────夜の訪れなど、あっという間だ。
然らば、
「まずは攻略、お疲れ様でした」
「期限内には収めたけど、待たせてしまったね」
時は現実時間の午後九時、場所は南陣営『騎士の王城 -エルファリア-』頂上。
招集に応じて揃った顔ぶれは俺を含めピッタリ十。挨拶代わり労わりの言葉を口にしたヘレナさんから始まり、殊勝に返した囲炉裏────言い換えれば、本日を以って鍵樹百層攻略を果たし『最終着』と相成ったCチームのリーダーで二人。
ついでに、
「褒められて然りだよね! 過密スケジュールを押して頑張ったんだからっ‼︎」
その横に引っ付いている喧しい赤色で三。そして、
「よーしよし偉いぞーよく頑張ったおーしおしおしおし」
「ぶへぁっ!? ちょっとやめてよパパ髪ぐしゃるじゃーんっ!!!」
そのまた隣。一着の剣冠タッグから数えて最終一歩手前の着となったAチームのリーダーこと、東の実質トップ【総大将】もといゴッサンで四。
そんな嬉々として若者と戯れるオッサン一号を眺めつつ、一歩引いて静かに……しかし気楽な様子で場の進行を待つのが残る二人の年長組。
「賑やか」
「やねぇ」
西の現主席【赫腕】エンラ氏と、北の実質トップ【群狼】ジンさんで六。
んで、俺が七として────隣。
「……あの」
「はい」
「近くないっすか、我が師よ」
「ふふ」
「いえ『ふふ』ではなく……」
はたして、自惚れを自覚していいものやら。
互いに攻略、攻略、攻略で最近は鍛錬の時間も憩いの時間も一切と言っていいほど取れていなかったせいだろう。たまに顔を合わせると普段以上に距離を詰めての弟子可愛がりに掛かろうとする、ういさん【剣聖】様お師匠様で八。
昨夜、ゴッサンたちに続くタイミングで『往復』を完遂させた疲労など欠片も窺えず。機嫌良さげに穏々とした微笑みが実に彼女らしい。
らしいが、それはそれとして近いので……。
「………………」
ほら、九人目。件の往復劇にて共に職人たちの送迎を遂げた剣冠の片割れが、玉座の上からジトっとした無表情を送ってきておられるわ────
と、いったところで。
「……ヘレナ」
「はい。それでは皆さま、こちらをご覧ください」
玉座を立った主に名を呼ばれ、頷いたヘレナさんがシステムウィンドウを喚び出し操作。さすれば数秒後、集会場の宙に展開するは大きな窓が一枚。
そこに記されている文字の羅列が何かといえば……。
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team A / 3:【総大将】【女傑】【足長】【群狼】【雲隠】【Kanata】
B / 3:【曲芸師】【双拳】【玉法】【鏡法】【剣法】【Sora】
C / 4:【無双】【左翼】【右翼】【騎士】【音鎧】【変幻自在】
D / 3:【糸巻】【熱視線】【不死】【全自動】【剛断】【旅人】
E / 3:【大虎】【銀幕】【重戦車】【城主】【詩人】【散溢】
──────────────────────────────
とある〝数字〟が書き足された、序列小隊鍵樹攻略開始時にも見た組分け表。
……議題は既に聞かされている。それは他でもない、
「一番最初。ういと私が百層を踏破した時に灯った光は、二つ。そして今回、西陣営の職人たちを連れて再び百層に辿り着いて……灯ったのは、三つ」
鍵樹における〝基底樹路〟とやらの頂、第百層。その最奥に在るフロア床部に記された『鍵』こと、認められた挑戦者の数を示す光の数について。
似通った数字の並びではあるが、紛れもないデータ。そして、このように幾つかだけでも並べば……まあ、推理はそう難しいものではないってなもんで。
ご覧くださいと言われたゆえ、ご覧になること十数秒。
「………………ぁー……」
そこまでガチで思考を回していない俺でも気付いたんだ。惚けた様子は大体フリ、そんな序列持ちの面々は例外なく容易く思い至ったことだろう。
それ即ち、印に光が灯る法則性に。
「各陣営毎の一枠に加えて、パートナーで更に一枠」
脳内答え合わせは、果たして丸。アーシェが口にした推測の文言は、俺が思い浮かべたソレと完全に同一のものだった。
ならば勿論、
「ほぼ確定……と、見て良いでしょう。少なくとも現状で提示された手掛かりに則れば、これ以上の推測は出し得ません」
アーシェの宣言にも、ヘレナさんが重ねた言葉にも、反論は挙がらず。
チーム分けが偶然のこと、追加検証を要さずして答えに辿り着き得るモノとなっていた形。結論は間違いなく全会一致と成っているはずだ。
だからこそ、必然的に姿を現す疑問がある。
「四陣営で四枠。んで、そん中の誰かのパートナーで五枠……」
斯くして、総意の代弁者は【総大将】。
「────もう一人。六枠目は、一体〝誰〟で埋めんだ?」
答えに至ると同時、これもおそらく全員が浮かべたであろうハテナ。ゴッサンが口にした疑問を受けて、しかし場を進行する『姫』と『女王』は澄まし顔。
これも皆、当たり前のように信頼していることだろう。
どうせ、もうおおよそ正答に足るであろう推測は用意されているものと。
「……ハル」
「んぇっ、ぁ、はい」
最も、そこでまさか俺に話が飛んでくるとは思いもよらなかったが……。
「確認したい。あなたは、攻略の途中からNPCの助力を借りた。間違いない?」
「へ……? あぁ、うん。間違いないけども」
「それは、何層からの話ですか?」
「七層からっすね……」
おそらく、理由があるのだろうと。大き過ぎる信頼からアッサリと戸惑いを放棄して、アーシェおよびヘレナさんからの質問と確認に答えていく。
────答えて、いきながら。
「……そう。一緒に一から登り直したんじゃなく」
「七層から迎えて、共同攻略を始めたのですね」
「…………………そう、っすね……」
おかしな部分を強調されて、俺は本当に今更ながらルールの無機能に気付いた。
鍵樹迷宮は、異なる攻略進捗の者同士で挑むことはできない。
それなのに俺は迷宮攻略初期。雇い入れたNPCを当然の如く第一層ではなく第七層へと招き入れて、共闘による攻略快進撃を始めていた。
勿論、プレイヤーならざる彼らだけに働く法則が在るとも考えられる。元より謎めいた存在であるからして、むしろそうと考えるべき────
なればこそ、余計に。
『鍵樹』という存在に対して特別な権限を持つ可能性が生じればこそ、今この状況に……今、此処へ至るまでの過程までも顧みて、思考の流れる先は一つ。
『緑繋』の〝盟約〟が果たされた後……──かの『鍵樹』が世界に屹立すると同時、世渡りを始めては麓に集い、街を築いた仮想世界の先住人たち。
扉が求めるは、東西南北の四陣営それぞれから一人ずつ。
そしてこれも謎だが、パートナーシステムによる〝縁〟を持つ者一人。
残るは一人、残された一枠。
然して俺だけではなく……〝かの存在たち〟が秘める、プレイヤーに負けず劣らずの武威を勘定に入れてしまえば────
「六枠目は、私たちじゃない」
と、我らが姫の言う通り。
「……多分、そういうこと、だと思う」
誰もが同じ推測を思い浮かべたのは、自然な流れだったと言えるだろう。
それはそれとして、十人目はどこでなにしてんすかね。