日常順応着々進行
「ハル」
「はい、ハルです」
「いい匂いする」
「だろうよ────ちょまっ……! おいゼロ距離深呼吸やめろやめてッ!!!」
斯くして、夜の十一時手前。
ご令嬢に悪い影響を与えないよう最低限は配慮した枠内で、しかし限界まで長引き大いに盛り上がった宴が締めと相成ってから二時間強。
その二時間の内にソラさんを迎えに来たメイドから同行を強要されたり、四谷邸に着いたら着いたで少しだけ上がっていくのを強要されたり……最終的には、なし崩しゴリ押しで泊まっていくよう強要されかけたのを回避したりと、
まあ、アレやコレやを挟んでからの、十一時手前。
四谷邸から四谷宿舎へ無事帰還した後、俺はエントランスにて無表情で待ち構えていた『お姫様』に早速のこと捕まっていた。
「……お腹、空く」
「……日々の、そういう言動が、食いしん坊キャラのイメージに繋がってんだぞ」
言いつつ、さも当然のようにリアル縮地が如き挙動でソフトな体当たりをかましてきたアーシェを引き剥がす。……剝がせたということは、単なる悪戯。
彼女こと世界のアリシア・ホワイト様に本気を出されたのなら、おそらく俺は腕力でも敵わない可能性が高いのでね────と、
「明日。夜九時。南城に集合」
「あいよ了解。囲炉裏たちの進捗は?」
「百層には到達済み。明日の夕方までには踏破するそうよ」
俺の手を擦り抜けて歩き出しながら、サラリと本題を並べだす姫。唐突な切り出しも単刀直入な進行も彼女の常、こちらもサラリと対応しつつ……──
極自然な挙動かつ無気配の初動にてスルリと俺の警戒網を潜り抜けた腕二本が、ガラ空きの片肘にクルリと巻き付いたことまでには対処できず。
「……………………あの」
「アイカ然り、リンネ然り。物理系統でも能力系統でも、擬神像に相殺型の盾役は相性が極めて悪いけれど……東の『双』が二つも揃ってるのだから、心配無用ね」
「ねぇ、お前マジ最近こういうのサラッと……」
「ハル」
「はい、ハルですが……」
「今度、私たちも行きましょう焼肉。宿舎のメンバーと、またソラも誘って」
「嗅ぐなっつってんのよ。……服に匂い付くぞ」
「ふふ、手遅れ」
それぞれの部屋までの短い道のりを、結局最後まで、
我が道を往く姫に引き摺られもといエスコートされるまま、ゆっくりと歩いた。
◇◆◇◆◇
「────……おはよう」
『おはよ。……ゴメン、まだ寝てた?』
明けて、翌日、朝七時。来客を報せるメロディチャイムによって優雅な目覚めを演出され、ビクッと跳ね起き爆速で最低限の身支度を整えてからの今。
「いや、まあ、大丈夫だぞ。睡眠時間は、十分だから」
『ごめんね。先にメッセ送ればよかった』
扉を開ければ立っていたのは、昨夜は珍しくアーシェに出迎えを譲っていた藍色娘……こと、現実におけるフワフワキャラメルブロンド娘が一人。
そして、目に見て伝わる言葉が届く。
自分でも寝惚けた顔をしているだろうと思うし、地味に呂律が回っていないのも自覚している。ので、そんな俺を見て常から『空気を読めない』のではなく相手に応じて『空気を読まない』だけのニアはチラッと罪悪感を滲ませていた。
然らば、
「大丈夫だっての。どした?」
掌爆撃。
寝起きの頭は普段に増して躊躇い薄し。あれこれ熟考を重ねられるほどの思考リソースは確保できておらず、ほぼ無意識に手が出ていた。
さすれば、ボフっと頭頂にて着弾を受け止めたニアはフニャっと頬を緩ませて、
『頼まれてたの、できたよ』
「おっ」
タタタっと、手にしたスマホに打ち込んだ文字を俺に見せた。
「おぉー……」
斯くして三十分後。朝食やら何やらを済ませ、日曜なのをいいことに朝っぱらからゲーム世界への二度寝をかまして足を運んだのは細工師工房。
でもって────部屋の主ことニアの前にて感心と感嘆と歓声をミックスしたリアクションを見せる俺の、手足に納まったモノが訪問の理由。
二対二セット一揃え。肌着めいて極めて薄手な、白蒼の手套および脚絆。
共にお洒落と実用性を兼ねた指抜き仕様かつ、着心地ゼロの快適性。一切の重さも感じない、ほぼ完全に素肌の感覚を保全する……──
「どう?」
「完璧」
返答通り、注文通りの品たち。
語手武装の進化に際して手套深靴を失った……わけではなく、重ね着が可能となったことで当然ながら必要になったのが新たな手足の装備品。
即ち上に鎧を被せても挙動や感覚を阻害しない、柔らかな衣服の下地である。
これに関しては『流石にニアの畑だろうよ』と、これまで俺の手足装備を担当していたカグラさんから直々の勧め。それゆえ【真説:王鍵を謡う契鎧】の性能確認と同時に【藍玉の妖精】様に依頼していたってなわけだ。
用いられた素材、その由来は〝水〟に親しい三種のレイド級ボスエネミー。
【水俄の大精霊 ラファン】から始まり、鍵樹迷宮五十層ボス【地蝕の人魚 プリムヴァーレ】へと続き、締めは七十層に在った【水の魔人】……。
もとい【水ノ魔人 シェナラファン】から得られた戦利品だ。────然して、目を凝らせば薄っすらと〝鱗〟らしき紋様が見て取れる手套を眺めつつ。
「人魚の素材、喧嘩しなかったか?」
「それは全然、予想通り。ラファラファの加護に引っ張られて反転したよ」
「呪われた人魚、ってか。……相変わらず、ボス全部に設定がありそうなこって」
ギミックの果てで〝水〟に灼かれて最期を迎える人魚プリムヴァーレ。しかし全力ガチャによって確保した素材は魔工師の眼で見ると、そのフレーバーテキストと併せて実に水属性との親和性が高そうであることが判明した。
勿論、一工夫を加える必要はありそうだったが……それが他でもない、現アルカディアにおける水属性の最たるモノと言えるだろうラファラファ。
水の大精霊と魔人、両素材が秘める加護が無事に呪いを解いてくれたようで。
銘は一つ────【永躯・四方渚】。手足末端四部位一揃えの変則的な造りであり、両手両足しっかり装備することで初めて力を発揮する仕様だ。
レイド級のボスエネミー三種の素材を注ぎ込み、現職人六席こと【藍玉の妖精】が仕立てた一品……つまるところの、完全無欠なハイエンドユニーク。
それ即ち、ステータス補正か特殊能力か。尋常な装備品であれば二者択一となるのが常である制限を、過去の手套深靴同様に飛び越えているのが当然のこと。
ステータス補正値は、ピッタリ精神プラス100。そんでもって……。
「────相棒」
呼び掛けに対して即座の応。鍵樹攻略開始から上機嫌を維持する【真白の星剣】が、過去の激しいツッコミとは異なる優しい殴打を主の意に則り即提供。
然らば、それなりの速度でスイングされた柄頭を違わず掌でガード────その瞬間、仄かに〝水〟の光を放った【永躯・四方渚】が秘める『力』を自動発動。
まるで、そのもの〝水〟の抵抗を受けたかのように。
僅かながら確かに減速した星剣の柄頭が、至極ソフトタッチで俺の掌を叩いた。
オーケー、重ねて言葉にしよう。
「ニアちゃん」
「はーい」
「完璧。天才」
「っふふーん! 当然ですともっ!!!」
途端、ドヤ顔で堂々と胸を張るニアに拍手こそ贈れどツッコミなど不要。相も変わらず、俺の専属細工師兼裁縫師様はオーダーを完璧な形にしてくれる。
……まあ、今現在も背中で揺れているウサミミ然り、時たまアレなのは目を瞑ろう。ともあれ、俺の装備事情が無事に穴埋めも済んだところで────
「したらニア。追加で相談した例の件についても……」
「あーはいはいオッケー忘れてないよ。そっちも本格的に計画しちゃおっかー」
いつかの如く、こっそりと。
我が身の如し重要事項についても、進めていくとしよう。
流石に、そろそろね。
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◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:110
STR(筋力):300
AGI(敏捷):300
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+100)
MID(精神):350(+450)
LUC(幸運):300
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VIT+100=【真説:王鍵を謡う契鎧】補正:100
(完全着装時および顕現解放時、更に追加補正+200)
MID+450=【藍心秘める紅玉の兎簪】補正:200
【永躯・四方渚】補正:100
【蒼天を夢見る地誓星】補正:50(パートナー共闘時×2)
『輝運の抱翼』称号補正:100
もう800話も使い続けている称号『輝運の抱翼』の効果はLUCに応じたMID補正。
詳細を開くと『【幸運を運ぶ白輝鳥】由来の装備品を身に着けている場合、プレイヤーのLUCステータス数値(装備品等による上昇値を除いた基本数値)の半値をMIDステータスに追加する』というもの。
なぜLUC:300に対してMID+100止まりなのかといえば、単純に『輝運の抱翼』の追加補正上限値が100だから。同類効果でストッパーが存在しない『螺旋の紅塔を攻略せし者』は流石の高難度ダンジョン踏破報酬。




