穏々熱々
────斯くして、ボウリングに始まり身体を動かすものメインで娯楽を楽しみ尽くした後。暮れる日を待ち構えていた次なる予定はただ一つ。
「そーれではぁっ! 我らがヒーローたちの木登り制覇を祝してぇっ!」
「「「かんぱーいっ!」」」
「っ……、っ……」
「ノっていいんだぞ、ソラさん」
「ぁ、か、かんぱーい……っ!」
卓を囲んでの、宴の席。
厳正なる議論を経て決定したのは、若者に限れば嫌いな者など早々いないであろう『焼肉』大会。然して、並み居るライバルを押し退ける決め手となった理由は、
「はいソラちゃんトングどうぞー!!!」
「へっ、ぁっ、はいっ、あり────」
「ご自由に」
「はいっ、あのっ、ぇ────」
「それぞれ好き勝手やるのがいいんだよ。さあさあ、気にせず」
「ぇ、ぇぁぇ、と────」
「……あの、皆で構い過ぎると凄く、やり辛いんじゃないかなぁって」
例によって一斉に構われまくっている隣の相棒が、未経験だというもので。
過去に何度か和さん────四谷代表補佐こと我らが宿舎専属シェフに連れて来てもらっている馴染みの店。間仕切りどころではない完全個室を数えられる程度だけ内包する、超の付く高級店の一画にて。
「は、ハル……?」
「どした。多分ソラが先陣を切らないとコイツら動かないと思うぞ」
「なんでなんですかっ……!」
外見場違いな若者集団で席を埋める様子は……なんというかこう社会に反旗を翻しているかのようで、中々に愉快かつ得難い経験と言えるだろう。
なお、
「………………ぇ、えいっ……」
「「おー」」
「歓声やめてくださいっ……!」
「おい、希よ希さん」
「へいへいノゾミーン」
「なんすか。いやなんだそのわざとらしい媚び顔は貴様ら」
「最終確認だが」
「遠慮はー……?」
「ぁ? ────いらんと言ってる。掛かってこいよ」
「「お大臣っ!!!」」
「ゆうてキミらも安くない報酬貰ってるよね???」
「人の金で食う焼肉がなぁッ!」
「いっちゃん美味いんだよッ!」
「まあそれは真理」
財布の中身に比例しない、極一般的な精神の衛生上。
いっそ神聖さすら錯覚する店内の雰囲気や、値段が書かれていない悪魔的なメニュー表などなど、諸々のアレソレは意識の外へ蹴飛ばすものとする。
◇◆◇◆◇
「────お腹いっぱい?」
「です……」
乾杯より暫く後。大学生的には『むしろこれから』と激化の一途を辿り始めた宴会の席より一時、離れた身を冷ますのは微かな夜風。
これもまた店内の一画、気の利いた休憩スペース。連れ立ってテラスを覗きに来た相棒に声を掛ければ、やや恥ずかしげな笑みと声音が返された。
構われまくって、アレもコレもと勧められまくって、一生懸命もぎゅもぎゅ食べてたからな。さもありなんってか密かに擦っているお腹の具合が心配だ。
……あと、心配といえば加えて一つ。
「今更、なんだけども」
「はい?」
「身体、大丈夫か?」
「はい……?」
日中、大学生バイタリティの突っ走るまま運動系の施設ばかり回ったものだから。あまり身体が強くないというソラを付き合わせて大丈夫だったものやらと。
一応、注意して見てはいたものの……。
「えと……? ────ぁ大丈夫、ですよ。きちんと自己管理できますから」
「そか。良かった」
本人の口から言葉を貰ってこそ、真に安心が得られる。その言葉に嘘がないだろうことくらいは、俺の方で聴き分けられるゆえに。
なお、これに関しては過保護ではない。
他ならぬ彼女のメイドから、頼まれていたことであるからして────
「斎さんも、お父さんも、少し大袈裟なんですよ」
と、そのメイドに加え親御さんも一纏めに、ソラが膨れ面を演じて小言を零す。
「今の私は、一応の健康体ですし。長距離を加減なしで思いっきり走ったりとかしなければ……──それも、しない方がいいだろうって念のためですし」
年相応の甘えた声音。
本気で文句を言っているわけではないのは、明らかな言葉。
「だから……お遊びくらいなら、大丈夫なんですよ。楽しかったです」
「……そか」
気になった部分がないではないが、今この場で突っ込んで聞こうとまでは思えずに……都会の夜景とテラスの柵を正面に、おそらく後ろからは見えない位置。
手の端に触れた熱を受け入れると、華奢な指が嬉しそうに絡んだ。
そうして、自然と。二人とも、ほぼほぼ無意識に距離が近付いて────
「……ソラ」
「……ハル」
二人同時、顔を見合わせて交換する言葉は、ただ一つ。
「……焼肉の匂いが凄い」
「……お肉の香りが凄いですね」
ムードもへったくれもないことを揃って言い、静かに笑い合った。
なお、その後。
手を繋いでいたことまではバレずとも『いい感じ』で寄り添っていた後ろ姿をバッチリ陰から仲間に目撃されており、席に戻った瞬間に揶揄われ始めたのは……。
また、別の話ということで。
こいつら全員かわいい。