Re:観測者たち
「────来るところまで来た、って感じですね」
そこは、出入り口が存在しないことを除けば現実的な空間。
立ち並ぶ機器。薄暗闇。そして無数のモニターから出力される賑やかな喧騒を除けば、比喩なく一切の音が生じることなき静寂の観測室。
極限られた者しか踏み入ること叶わぬ、世界の隙間。
「まだまだ横には広がる余地があるでしょうけど、こと高度に関しては……現時点での限界到達点、じゃないですか? 二人とも」
ならば、そんな場所で言の葉を紡ぐのは、いつもいつとて同じ声。
変わることがあるといえば────
「…………そう、だな。感慨深いものだよ」
声の数。独り言だけではなく、会話が生じるか否かくらいのもの。
「正直なところ、俺としては諸々が予想の遥か上を行って驚いてますよ。ソラちゃんはともかくとして、彼がここまでの器だとは思っていなかったので」
若い声音が、いつものように笑みを含んだ声を浮かす。
「如何な二人目の〝完全適応者〟とはいえ、流石に『お姫様』に匹敵するほどではないだろうと……──舐めてましたね。匹敵するどころの話じゃなかった」
「はは……。伊達に〝彼女〟が見初めたわけではない、ということだろう」
対する重みのある声音も、親しげな笑声を滲ませつつ。
「…………────────」
画面越しの、世界越し。
知らず選ばれた上で、己が歩みを以って立派な『器』へと至った相棒の隣。必死な顔で、けれども清々しいまでに生きた顔で、自由に翔ける少女の顔を。
愛しい娘の顔を見つめながら、彼の表情は、いつも通り。
いつも通り、自らが抱えた『罪』という名の悲しみを、押し殺すようなもので。
「…………」
その傍ら。
それもまた、いつものように横顔を見やる部下にして唯一の共犯者が、
「……────徹吾さん」
いつも通り、ではないこと。
どこか軽い、どこか他人事のような微笑はそのままに……けれども、決して適当な気まぐれではないことを示すような声音で、四谷徹吾の名前を呼ぶ。
「俺、仮想世界のことも〝彼女〟のことも、好きにはなれないですけど」
然して、それぞれの黒い瞳から視線をぶつけ合わせ。
「春日君のことは結構好きですよ。なんというか、ほら────」
それは、珍しいどころではない。
「────いかにも、バッドエンドを蹴飛ばして走り続けそうな主人公だから」
二人の間でのみ通じる、紛れもない慰めの言葉。
気休めにもならないかもしれない、しかし確かな心遣いの言葉。
そんなものを不意に手渡された四谷徹吾は、一体どういう風の吹き回しかと千歳和晴の顔をまじまじと見つめた後────
「…………仮想世界へ、飛び込んでいく前でさえ」
なんのことはない。彼もまた人であり、輝きに魅せられることくらい当然ながら在り得たのだろうと、確認を要さぬ納得の果てに小さく息を吐きながら。
「それに関しては、既に実績が在ったくらいだからな」
「えぇ、まさしく」
視線を移す。隣の共犯者から、画面の中にいる娘へ。
そして、娘の隣に居る青年へと。
最早、見慣れてしまった無垢な笑顔。それを遠い世界から眺める彼は、
「あぁ、そうだ。その春日君から『ちょっと話があるので時間を作ってください』との伝言がありましたよ。お義父さん宛てかクライアント宛てかは不明です」
「…………………………わかった。近く、暇と覚悟を用意しておくとしよう」
頭に苦みは付くものの。
まるで風邪でもうつされたかのように、力の抜けた笑みを滲ませていた。
本編22:00から描き始めるので日付変わる前後辺りになるかと思われ。
良い子のアルカディアン諸氏はおやすみぐんない。




