基たる樹の頂にて 其ノ参
ザワリと肌が粟立つ感覚。それが思い込みによって身体に滲む精神の顕れなどではないことは、アルカディアのプレイヤーであれば誰しもが知っている。
この世界の戦意、敵意、害意、殺意は圧を以って伝うもの。なればこそ、強烈なソレを肌身に感じたプレイヤー誰しもが反射的に浮かべる言葉は共通の一。
即ち、
「ヤベッ」
変化の到来は即座、危機の展開は刹那。刃を携え宙を容作り包囲する俺の眼前、巨躯の女神像が無貌を以って不気味な笑みを見せた瞬間。
五対十本。背部に咲く観音像の如き腕が、一斉に姿を消した。
「「ッ────」」
正確には、消えたかに思えた。それほどの馬鹿げた速度……否、単純な速度というよりも、特筆すべきは俺にとって親しみのあるゼロ百加速。
極まった『静から動』によって意識の間隙を突かれると、ヒトは容易に事象を見失うもの。普段は自分が仕掛けている畜生戦法を叩き返され、なるほどこりゃズルいと己の悪行を顧みて苦笑い────なんてのは、勿論のこと
「契鎧ぁッ‼︎」
後に回して、今を見よう。
金右閉眼、銀左開眼。目蓋のスイッチを切り替え思考加速を攻撃予測に切り替えると同時に【真説:王鍵を謡う契鎧】完全着装。
三倍の思考速度が失われると共に、初動に一瞬遅れて目が捉えた伸縮する背腕十本は当たり前だが体感三倍速へ移行。……しかしながら、無問題。
【双護の鎖繋鏡】────絆と感覚を繋ぐ金鎖の恩恵、相棒の琥珀眼の力をも宿した俺の銀眼は、思考加速ナシで【剣聖】の太刀をも見切ることが可能となる。
然らば到来脅威挙動『記憶』完了、解答開始。
「────────────────────ぁラアッッッ‼︎」
右手に盾を、左手に剣を。【早緑月】から【廻り回輝する楔の霊剣】へと得物を換え、全身鎧を打ち鳴らしての全開駆動。音もなく豪速で殺到する〝腕〟を打ち払い斬り払い、再び【隔世ノ擬神像】の懐へ潜り込むまで一秒フラット。
そして、土手っ腹へ勢いそのまま大剣の鋒を叩き込むまでゼロコンマ一秒。
「四凮、一刀────ッ!」
加えて、ダメ押し。
足場と成したリガルタの上にて、代わる代わる喚び出した【早緑月】を振り被り……──翠刃を突き立て、いざ外転出力多連鎖解放。
「《谺》ァッ!!!」
刀を以っての浸透撃。地を奔らせる伝達の剣も正体ではあるが、こっちもこっちで三の太刀に求める正体の片割れ。多段に籠めた『廻』の威力を繋ぎ合わせて共振増幅、ソレを丸ごと〝中〟へぶち込む悪魔の所業もまた本懐。
斯くして────
「ッハ」
チラリ戦果確認。やはりHPの減りは大したことないが、これまでに比べればクリティカルヒットと称して申し分ない。しかしながら満足するには程遠い。
ので、相変わらず手を止める選択肢はない。
《天歩》再点火。巨躯に埋めるまま置き去りにした得物二本を〝想起〟により遠隔回収、開幕時に差し向けられた不可視の〝なにか〟を今回もスレスレで躱しながら、銀眼および《アルテラ=ノーティス》の超感覚を閉じる。
リズムはわかった。あとはソラから共有される《真眼》スキルおよび《仰見の琥珀眼》……共に恐ろしいまで幅広い意味で『眼を強化する』力で十二分────
──……と、一個やり残しを回収しとこうか。
いやはやサヤカさん大正解。殴り潰したものも斬り飛ばしたものも例外なく、残骸の消失と共に瞬きの一瞬で再生した〝腕〟が再度迫る。
然らば、先陣を切る一つに対して、
「せぇ────んのッ‼︎」
真正面からの正拳一打。
さすれば、鎧を纏う左拳を迎え入れるように〝掌〟が開き、
「だよなぁ……ッ!」
予〝勘〟的中。拳と〝掌〟が触れ合った瞬間、俺の全身を守る【真説:王鍵を謡う契鎧】の鎧が端から端まで消し飛んだ。
「っハ────」
然して、思わずといった声音を耳が遠くから拾うが、
「大丈夫」
「────ルっ……そ、そですか」
心配無用、既に退避行動は済んでいる。こちらもこちらで瞬きの内に遠くから近くへ居場所を転じ、手套深靴を再生しつつ安否報告は端的に。
そんでもって、
「〝繊奏五行〟」
「っ────《剣の円環》……!」
打てば響く。成すべきことを成さんとすれば、即満点応答が俺の相棒だ。
一体どういった感覚器官を備えているのやら。ロケット離脱で距離を開けた俺を一瞬なり見失っていたのか否か、二秒ほど迷った様子を見せた〝腕〟が再起動。
得物を定めて再びのゼロ百加速。千剣の牢を容易に突き破り……あの『力を打ち消す掌』が数えて十、静かに疾く迫り来る。
さぁて、集中。右腕に盾があって少々やりづらいが、指先の動きには関係ない。この程度の演奏など鼻歌交じりで遂げられなければ────
「「《五纏ノ塔》‼︎」」
先輩子猫様に、笑われちまう。
《宙星》の無尽軌道と並行して既に〝陣〟は敷設済み。ならば後は簡単、最後に〝糸〟をキュッと引き絞るだけ。
然らば、幾重も幾重も床に撒かれた【九重ノ影纏手】の影糸は舞い上がると共に、動かぬ巨躯本体も縦横無尽な背腕も関係なく獲物に絡み付き、
『 』
五芒星の頂点を描くように、等間隔。
轟音を上げて床に屹立した魔剣の巨塔が糸を巻き取る楔となり、決して千切れない影の縛鎖が【隔世ノ擬神像】を瞬時に封印拘束。
そして、連携の締め。
場を駆け抜けるは、俺でもソラでもなく────前へと躍り出た拳士が一人。
「ぜぇエぃ゛ッッッ────!!!」
至極単純な理屈。単なる余波の圧を以って怪物を滅する拳が、直接に標的を捉えたら一体どうなるのか。その解を示したのは、
思わず目蓋で目を庇ってしまうほどの衝撃波、および鼓膜を引き裂かんばかり隕石でも落ちたのかと呆れるほどの破滅的な轟音。加えて、
『 』
声もなく、表情もなく。ただただ超然とした不気味な存在が、迫真の顔面ぶちかましによって盛大に強制ブリッジさせられ────
その後頭部が強かにフロアを打ち据えたことで生じる、大震動であった。
つまり某トップメレーDPSはコレを超えるという驚愕の事実を記しておきますね。




