基たる樹の頂にて 其ノ弐
然して、嫌な手応え。
初手の挨拶でも思ったものだが、その手で刃を埋めた俺たちこそ血の気が引くような……仮想世界においては、奇妙奇天烈不快な感触。
言うなれば、そう。
「っ、ソラ────」
「大丈夫、ですっ……!」
実際に、肉を断つような。
擦れ違った相棒を思わず心配してしまったほどリアルなソレ。上手い具合に『戦闘の手応え』がゲーム的に軽量化されている、アルカディアらしくないものだ。
前後に入れ替わりながら遠くから投げられた返答は是を示すものであったが、声音に滲む動揺と驚きは隠せていない。が、そりゃそうだろう。
俺だってビビっている。形容し難い外見や諸々の雰囲気も併せて、やはりなんというかアレやコレやと抱えていそうな存在────
「────ッ」
頭の中で『勘』が弾けて、ほぼ反射にて右手および両の脚が動く。
推測反映、記憶同調、ルート構築、照準完了、両射出。震脚を以って床より身体を、振腕を以って指先より〝影糸〟を。放って、駆けて翔けさせて、
まず一発。俺を叩き潰さんとした〝なにか〟を躱す。
そして一瞬後、着弾の手応え。俺の歩みよりは遅く、けれども弾丸の如き速度で【九重ノ影纏手】指先が宙に身体を遊ばせる相棒の手へ触れた刹那。
「ふんッ‼︎」「んゅっ……!」
ほぼ完全に同期した動き。思い切り腕を引き合った俺たちの間で〝影糸〟がゴムのように勢いよく伸縮し、地上に踏ん張った俺の元へソラの身体を引き寄せた。
そして二発。宙でソラを叩き潰そうとした〝なにか〟を躱す。
なんです今の。
マジわからん。
アバターを受け止めると同時に撤退、と同時に言葉なく意思疎通。互いに在るのは、まず差し向けられた一度目の脅威を無事に掻い潜ったという事実だけ。
ギリギリ肌で感じ取れる程度の些細な周囲空間の違和感。随分とまあ粛々としたモノであったが、俺もソラも揃って気付ける類の予兆はあった。
しかし、威力が見合っていない。
地を揺るがし空を軋ませた今の〝なにか〟────おそらく、まともに喰らえば一撃お陀仏か良くて瀕死だろう。この野郎いきなり飛ばし過ぎである。
つまるところ、お互い様。
「────ぬゥンッ‼︎」
間隙を埋める〝拳〟の波濤。大挙して押し寄せた【双拳】の連弾が空気を歪ませるほどの圧を以って、意識は動けど身体は動じぬ女神像へと怒涛の着弾。
並のハーフレイドボスであれば容易く揺るがす馬鹿げた威力……だが、
「……成程。なんかタネが」
「ありそう、ですね……」
僅かに下がって観察する先。十を超え二十を超える空翔ける拳打に晒されてなお、可視化された生命力ことHPの減りは微々たるもの。
……いや、それどころか。
「っ……オーケー。暢気に観察してる暇は無さそうだ、なッ!」
「合わせますっ!」
ほんの少しずつ、逆行している。つまりは、HPが自動回復し続けている。
────性能的にも感情的にも、それ一番ボスエネミーに持たせちゃいけないやつ。アルカディア以前からゲームに親しんでいる俺だけでなく、ソラとて抱いた思いは同じだろう。ゆえに、共に苦笑いを置いて再び床を蹴飛ばした。
蹴飛ばした、その瞬間。
「「────《片割れを映す》ッ‼︎」」
既に互いの片腕に納まる双盾が、音高く分かたれ金鎖が奔った。
俺は右腕、ソラは左腕。パートナー専用装備【双護の鎖繋鏡】――秘める能力はSTRステータスの統合および、一部感覚の同調共振。
そしてソラのアバターを見慣れた頼もしい燐光が包み、更なる劇的な能力向上。
《天秤の詠歌》起動。
然らば、参らん。
「「────〝剣星一刀〟……!」」
左手抜刀【早緑月】────《天歩》および《天閃》並びに『纏移』の並列起動、疑似『縮地』成立。結式一刀、七の太刀改《煌星》……──
更に改めぇッ!!!
「「────《宙星》ッ‼︎」」
《鏡天眼通》金右開眼、加速倍率三倍。ルート構築、挙動設定、覚悟完了、
いざ、踏み切り。
一斉展開した千の刃。正確に規則正しく一糸乱れず敵を中心とした真球を作り出す魔剣の内へ、飛び込んだ流星が地に墜ちず跳ね回る光となって駆け巡る。
重ねた連携訓練にて、全ての魔剣の挙動は隅から隅まで『記憶』済みだ。
俺の脚が足場を誤らず捉える自信、そしてソラが正確無比な魔剣操作を誤らぬ信頼。共に十二分なれば振るう脚にも振るう刀にも躊躇いはナシ。
重ね重ねて、更に。
この魔剣の宙球は、歩まぬモノ相手には意味を成さない『牢獄』だけに非ず。
星が線を引くたびに、宙を離れた星屑が追撃となって連鎖。足場から刃へと役割を転じた砂剣の悉くは翔ける俺に紐付けされ、敵を逸れることはない。
ハルソラ連携技〝剣星一刀〟その壱、空間制圧無尽連鎖剣《宙星》。
────技術というよりも互いの才能および恵まれた武装の能力を前面に押し出した、お世辞にも行儀が良いとは言えない馬鹿馬鹿しいまでの力技だが……。
確かなことは、一つだけ。
こんなもんを喰らって、なおも澄まし顔でいられる化物は────
『 』
さしものアルカディアにも、まあ早々いないだろうってなところである。
ハルソラ連携技〝剣星一刀〟
ソラハル連携技〝剣理下賜〟
例によってドイツ語カッコイイの主人公ノリで名付けられた下はともかく。
上に関しては元々二人掛かりでお師匠様うい様【剣聖】様に剣を届かせるため、随分と前から考案&訓練が始まっていたアレなので名前を因んでる。
流れ星と魔法の剣、まずは手を取り合って【剣聖】に追い付くべく。
ちなみに《宙星》は対【剣聖】様の相性がよろしくなかったので初見で破られた。




