信頼々々々
「────……ハル?」
夜六時、現実世界。
まず予想だにしなかった盛大な物語に巻き込まれながらも、とりあえずは諸々に一区切りつき〝三者〟が解散してから暫く後の今。
「んー……」
宿舎に身を置く計五人にて、グルリと囲む大テーブル。
洒落乙なプライベートリストランテ空間には似つかわしくない大鍋がズドンと中心に主役として置かれ、グツグツと心地よい音を奏でる団欒の夕餉席。
「どうかしたかい。ずっと呆けているようだけど」
「んー……や、別になんへも」
右隣のアーシェから声を掛けられ、しかし気のない声を返した俺へ、ふと気付けば食卓を共にする四人全員が視線を向けていた。
心配というほどでもないが、気遣いの言葉を向けてくれる四谷代表補佐……もとい、我らが専属シェフ千歳和晴こと和さん然り。
彼の横に同席しつつも、基本的には若者の賑いを静かにニコニコ見守っている和さんの御母堂にして宿舎管理人の円香さん然り。
でもって、現在進行形で俺の頬をつついている左隣。
あまり経験がなかったというジャパニーズ鍋をモグモグハフハフ堪能しつつ早々から、アーシェと同様に俺の様子を窺っていたニア然り。
全員が例外なく年上かつ俺とは比べ物にならないほどしっかり『大人』であるため、なにもなくとも集中的に目を掛けられがちなのが常である。
然らば、不覚。
「なにか、あった?」
「まあ、君に関して『なにもない日』は稀だろうけど」
「お鍋の気分じゃなかったかしら……?」
なにかある雰囲気を醸してしまえば、こうなるのは道理。ぼけっとせず普段通りの振る舞いを努めておくべきだったのに、なにをやってんだか。
言えないんだから、心配されないよう立ち回れっつの、俺。
「んー……────したら、じゃあ、和さん」
遅まきながら頭を回すこと七秒フラット。心配してんだか美味しいものに集中しろと怒ってんだか不明なニアの手を捕獲しつつ、
「ちょっと近々〝上〟に話があるんすけど、取り次ぎ頼んでいいですかね」
迫真の、カバーストーリー展開。
いやまあ実際のとこ『真実を隠すための嘘』でも『話を逸らすための適当』でもない、元より予定していた〝考え事〟の一つなわけだが……──
「はは、成程。上の空でソレをいろいろと考えてたのかな」
「まあ、はい」
だからこそ、偽りなく話が通る。
此処が『四谷』宿舎であると今なお知らないニアも同席しているため言葉を選んだが、和さんは俺の言う〝上〟を即座に自らの上司を指すものと理解した様子。
四谷徹吾氏────即ち天下の『四谷開発』代表様にして、他でもない【曲芸師】と【剣ノ女王】のシークレットクライアント。
そんでもって、忘れちゃならない関係性がもう一つ。
俺と偽装婚約関係を結んでいるソラ、もとい『四谷そら』の御父君。
顔を合わせる機会がある度、様々な意味で緊張を重ねる俺の無様を一つ残らず知っているのが千歳和晴という男である────つまり徹吾氏にアポイントメントの取り次ぎを頼んだ俺の胸中を、彼が如何様に想像するかなど知れたこと。
お義父様(偽)へ、一体どんな用事があるのやらと。
四谷代表補佐は例によって揶揄いの笑みを浮かべる────だがしかし。
「……性格悪い顔してるぞ和さん。年下に配慮したまえ」
「おや、失敬────っ、……母さん。あのね、これは友人としての戯れで」
「ごめんなさいね希君。うちの愚息は昔から悪戯好きでねぇ……」
母が隣に在ればこそ、いつもの如く俺が好き放題に転がされる未来は訪れず。容赦なき肘鉄が息子の脇腹を軽快に抉り、悪の年上は成敗された。
仲良し、大変結構である。
…………とまあ、千歳親子の目はサックリ誤魔化せたものとして。
「「…………」」
残るは、両隣。
いつも俺以上に俺を見ている御二方に関しては、追加の〝お話〟が必要そうだ。
◇◆◇◆◇
「────っしゃオラ単刀直入に行こう。私は〝秘密〟を抱えました」
『なにこれ?』
「……懺悔?」
ってなわけで食後、午後七時まで残すところ十分ちょい。
鍵樹攻略のスケジュールに合わせた早めの夕食を普段通り終え、ここ最近の常ならば大人しく各自の部屋へ解散からの各々ログインが正常な流れ。
なのだが、恥ずかしながら違和を感じ取られてしまった以上は最低限の言い訳が必要。……なにを以って必ず要するのかといえば、そんなもの。
俺が個人的なモヤ付きを解消するため、それ以外に由など在りはしない。
「んで誠に申し訳ないんだが、言葉通り『秘密』なので秘密です。君たち二人にもソラさんにも言えません断固お口チャック案件ですマジごめんなさい」
『なにこれ???』
「………………告解?」
それゆえ、戸惑うニアとアーシェの反応は至極自然。
珍しくってか下手すりゃ初めて俺が俺の手で俺の部屋に二人まとめて連れ込んだかと思えば、いきなり正座して訳のわからないことを宣いだしたのだ。
そりゃ首を傾げて然りってなもんだろう。
「………………………………ハル?」
「はい」
「なんの話?」
重ねて、然り。そりゃそうよ────けれども、また重ねて、必ず要する言葉を連ねて彼女たちに筋を通しておかないわけにはいかない。
聖女様には悪いが、俺の現最優先事項は『主人公』ではなく『男』だから。
「…………マジ、言葉通りなんだよ。言えないことを抱えた。言えないわけだから、まあ言えない。曰く『永遠にってわけじゃない』らしいんだが……」
だから、許される範囲で心を砕いておく義務がある。口が裂けても『主人公』らしい格好良い様とは言えないが、絶対に置いてはおけないこと。
とはいえ、正直そこまで重々しくアレコレ考えているわけではない。
俺が自ら放った言葉の責任を取る。その心持ちでサヤカさんの申し出を受け入れたこと自体に後悔は現時点で無いし、以降もすることはないだろう。
俺一人の思考に則った話ではあるが、完全に自我百パーで決めたつもりもない。仮に『秘匿』を共有できたなら、反対票など皆無だろうと信じられたゆえの決だ。
────まず一人目。ソラは、おそらくだが喜ぶ。
俺の相棒はパートナーが他人から認められるという事象が甚く嬉しいらしく、その場その場で怒ったり拗ねたりなんかの一幕があれど最終的には笑顔で締めだ。
まず間違いなく、俺が保身で申し出を断ったとして褒めたりはしないだろう。
────次に二人目。ニアは、おそらくだが喜ぶ。
俺の専属殿は俺が他人から良く見られるという事象が基本は鼻高々らしく、その場その場で怒ったり拗ねたりなんかの一幕があれど最終的には笑顔で締めだ。
まず間違いなく、俺が保身で申し出を断ったとして褒めたりはしないだろう。
────そして三人目。アーシェは、おそらく堂々と胸を張る。
ただ一言「そう」と言って頷いて、どことなく誇らしげな無表情で『それでこそ』とばかり真っ直ぐ俺に微笑んで見せることだろう。
まず間違いなく、俺の辞書に保身なんて文字は無いと信じ切っているはずだ。
ってなわけで……────今に至っては、流石に自惚れさせていただく。
「結論、とにかく何も言えないということを伝えておきます。…………判決は?」
『えぇー……? いや、なんのことか結局サッパリわっかんないけども……』
「……そう、ね。判決と言われても」
彼女らが俺読み熟練度を日々どうしようもねぇくらいの速度で磨き上げているのと同じくらい────彼女らへ視線を返す、俺もまた。
『キミが決めたことなら、別に? お好きにどうぞとしか……』
「あなたが決めたことなら、好きにすればいい」
そんな言葉が返って来るであろうことは、当然のこと知っていたのだと。
『ぁそれはそれとして、誠意は受け取るよ?』
「楽しみにしてる」
「ハイ……」
勿論のこと、追加の文言も含めてな。
信頼度が双方向カンストしてるからコレもうどうしようもねぇ。
なにしても全部がイチャつき直行便の線路と化すよ。