枝葉交絡
「んじゃ、ちゃちゃっと済ませちまうか」
そう言いヒョイと大きな椅子から降りた【灼腕】殿。自らの……『紡ぎ手』として事実、彼女のモノでもある語手武装の転機に際して随分と気楽な様子である。
その意外と合わせて『ちゃちゃっとで良いんけ?』みたいな顔を、無意識で向けていたのかもしれない。彼女は『暇じゃねえんだろ?』的な表情を返すままデスクを回り、小さくも貫禄ある少女アバターで二人並ぶ俺たちの傍へ来た。
「昔っから大事の直前でも緊張しねぇ性質なんだよ。気にすんな」
「後になってから、一人でアレコレ思うタイプなんです」
「るっせぇぞサヤカ。個人情報バラしてんじゃねえわ」
「貴女に言われたくありません」
で、仲良し延長戦を挟みつつ。
「ん」
「はい」
それもまた、並々ならぬ付き合いを思わせる様。
短い声音と素振りで以って求めた『紡ぎ手』に対し、見逃すことなく読み取った『担い手』が応える。然らば、両手を掲げたサヤカさんの前に顕れるのは本一冊。
表紙すらも捲ることのできないソレを〝本〟と称して良いものかもわからないが、しかしやはりそうとしか形容できない骨造りの本だ。
「コイツに関して、現状わかってることは二つだけ」
持ち主の掌に浮かぶ【序説:竜悠に記す勇名】を眺める俺へ、同じく姿を見守る持ち主の片割れが改めて、おふざけを引っ込め口を開く。
「一つは、わたしら三人以外に存在がバレちゃいけねえこと。……アンタが知ってなお在るってことは、諸々の了承は成ってるってことだわな?」
「あぁ」
そうなると信じたからこそ、……むず痒い話だが、願ってくれたからこそ、サヤカさんは躊躇わず俺にコレの存在を打ち明けたのだろう。
もし俺が聞いた上で拒否っていたら、この語手武装がどうなっていたかはわからない。思うに即終了即消滅みたいな話には流石にならんのではと推測しているのだが……まあしかし、勇気が必要だったのは間違いなかったはずだ。
怖気づくタイミングなど、とうに越えている。
その理解を首肯で伝えれば、こころさんはチラリと視線を横に。その先にいるのは他でもない、ほんのり嬉しげな微笑みを頬に宿した相方様。
ほんのり控え目なのは、散々揶揄われた後だからだろう。それを見て取り、少女アバターは隠さず抑えず愉快そうな笑みを一つ、浮かべて次へ。
「二つ目は、進化の形っつぅか諸々が普通の語手武装とは違うってとこ。コイツは『経験の蓄積』というよりも『条件の達成』で次へ進むタイプなんだ」
「うん?」
と、初手では理解できず首を傾げれば、
「『序説』段階が一切なんの力も持たない置物ってのも大概アレだが、つまり何も成していない置物でも進化できるってことだよ。今からな」
追加補足。それで大体わかった。
「……あぁ、え? あ、そういう感じ?」
「そういう感じ」
「そういう感じになるそうです」
即ち、これから始まるのは〝本〟に名を刻むだけの儀式というわけではなく。
「────んじゃ、ちゃちゃっと済ませちまうぜ」
畏れ多くも俺を〝主人公〟として選定した物語が、三年以上もの時を経て、ようやく次のページへと進む儀式でもあったらしいということだ。
斯くして、奔るは熱。
俺たち〝三者〟の中心。サヤカさんが掲げる【序説:竜悠に記す勇名】へ、こころさんが手を翳した瞬間。彼女の小さな身体から灼炎の魔力光が溢れ出した。
「っ……」
微かな圧を伴い、強い光となって可視化されるまでの魔力。出会う職人がアレばかりだから不思議なことではないと以前まで認識していたが、立派な異常。
突風を巻き起こす俺の相棒もそう。なにか力を行使する前段階でさえ魔力の動きを以って『現象』を引き起こすのは、アルカディアにおける一種の才能だ。
カグラさん然り、ニア然り。ならば総合的な技術では二人の上を行くと評判の【灼腕】殿がソレを披露しても不思議ではないが、つくづく思う。
俺も魔工師の端くれになった今では、余計に、思う。
戦う力こそ皆無か、あるいは乏しくとも。彼女らも正しく〝怪物〟だと。
「〝筆者〟────アンタに問う」
然して、灼炎の主が軽妙に言の葉を紡ぐ。
「アンタにとって〝物語〟ってのは、なんだ?」
「……誰しもに、寄り添うモノです」
それは用意されていた言葉か、はたまた即答できるほど胸に信ずる言葉か。唐突な問いに迷わず応えたサヤカさんへ、こころさんは首肯を一つ。
「〝主人公〟────アンタに問う」
ならば次、顔と言葉が向けられるのは当然のこと俺。
「アンタにとって〝物語〟ってのは、なんだ?」
「…………」
勿論、答えなんて用意していなかった。サヤカさんのように即答などできない。
けれども俺には、そう難しい問いでもなかったから。
「──────〝今〟」
ポツリと、単語を一つだけ。
返して応えれば、左右に並ぶ『担い手』と『紡ぎ手』の反応は……。
「ふふ……──思い知りましたか、こころ」
「あぁ……──わたしの負けでいいから、惚気は仕舞っとけよ」
それぞれに、笑み一つずつ。
大変お恥ずかしいが、満足のいく解答を提示できたようで何より────なんて、儀式の一端を恙無く満たせたのだろうと一息つく暇もなく。
「最後。〝製本者〟……は、まあアレだ────」
灼炎が奔る、煌光が迸る。
それらの収束する〝本〟へ手を翳すまま、少女が再びニヤリと、僅かな時間でも既に見慣れた実に似合いの不敵な笑みを披露した瞬間。
「────この〝腕〟で、語らせてもらう」
光が生み出す熱と共に、物語のページが捲られた。
歩む全てが物語。




