別枝の紡担
「────あぁー………………」
諸々、話が一応まとまってから十数分後のこと。
まあ自覚はしていたが俺って奴は単純だ。秘密もとい胸の内ってか『在り方』を聞くに至り一気に親しみの増した聖女様に誘われるまま、やって来たのは西陣営。
こちらも北と同じく自分で足を踏み入れるのは初。ノルタリアが〝青〟ならばヴェストールは〝緑〟と、穏やかな陣営カラーに彩られた街並みに映える赤……。
いや、赤ってか、言うなれば〝灼〟熱の色。
【隔世の神創庭園】はプレイヤー主街区【セーフエリア】に建つ『豆腐』とは趣の異なる、それなりに凝られた外観の巨大建築物。
アルカディアにおいて知らぬ者などいない、かの【陽炎の工房】に並ぶ二大職人ギルドの片割れ────その名も堂々ズバリ【Guild】本部の一画にて。
「あぁー…………」
とまあ、俺がなにを以って間抜けな声音を垂れ流しつつ『意外』からの『疑問』からの『納得』へと思考をスライドさせているのかといえば……。
「────あんだよ、どういう反応だソレ」
巨大な職人ギルドの巨大な拠点の一画、より詳しく言えば最頂点。
執務室ライクな広々空間に置かれた大きなデスクに備え付けの大きな椅子、そこへチマッと座っていた小さな姿が『製本者』であると紹介されたのが理由。
「いやー、あの……ほら。カグラさんに。ウチの『紡ぎ手』様と語手武装云々の話を初めてした時、依頼を取り次いでやろうかって名前を出されたもんだから」
「ん……? あぁ、アンタ、語手武装は複数契約できねぇって思い込んでんな?」
「え? できんの?」
「できるぞ。少なくとも、職人側はな」
とまあ、そういうわけで。
懐かしき過去。カグラさんから仲介を提案された彼女曰く『アタシよりも上にいる職人』────現西陣営序列第三位こと【灼腕】様の御前。
……言い換えれば、
「お恥ずかしい、知らなんだ」
「ま、無駄知識の範疇だ。無理ねぇさ」
他ならぬ【序説:竜悠に記す勇名】の『紡ぎ手』様の御前。
サヤカさんが『竜の骨』と出逢ったのは三年前。ならば俺が【神楔の王剣】から素材を手に入れた時点で、既に彼女は別件の契約者だったはず……という『なぜカグラさんが紹介しようとしたのか』に関する勘違いクエスチョンは正された。
考えてみりゃ存在を秘匿してんだからカグラさんが知るわけないのか成程。なんて、一人で勝手に納得していたが別にそういうアレではなかったらしい。
そうなんだ。できるんだ。複数契約。
ならばもしかすると、職人側だけではなく使い手側も……────
「しっかし、まあ……」
と、さて置きだ。
【灼腕】殿。こころ……さんが、柘榴色ショートヘアの下で輝く金色の瞳でジッと俺を見る。相も変わらず、ちんまい御姿に似合わぬ貫禄を放つ御仁だ。
「サヤカお前、やっぱそういう趣味なんじゃねぇか」
然して、こちらへ目を向けつつも言葉は横へ。意味の捉えられない文言を名指しで投げられたサヤカさんは、俺の隣で穏やかに────
「…………」
ニコニコほわほわと微笑んでいる……かと思いきや、またまた珍しい顔。
ほんのり恥ずかしげに頬を染めて、なにも言わず、こころさんの目からも俺の目からも、なにかを誤魔化すように視線を逸らしていた。
いや誤魔化すようにというか、触れてくれるなとでも言うようにというか。
「アレにフラれて次はコレとか、もう言い逃れはできね────」
そして、刹那。
「うぉっ」
「…………」
『「──────」』
突然のことに驚く俺。無言の聖女様。そして無言にさせられた【灼腕】殿。
なんの前触れもなく顕れたのは、眩く透き通る光の檻。大きな椅子ごとソレに囚われた少女が何事かを喋っても、声は全く外へ届かない。
斯くして、これこそ敗北宣言だろとでも言わんばかり。光牢の内にてニヤっと性格の良い、もといイイ性格の笑みを浮かべる『紡ぎ手』を他所に。
「……ハル様」
「は、はい」
光魔法。
そして、息をするように自然かつ無気配の無詠唱。
『担い手』様にして聖女様こと【玉法】様が如何なる序列持ちであるかを正しく理解している俺は、ツッコミもなんもかんも呑み込んで大人しく頷いた。
正座をしようか一瞬なり悩んだ。素晴らしい圧である。
まあしかし、別に俺が彼女をおちょくったわけではないので……。
「こころがアレコレ言うでしょうが、全部ウソです。とても、意地悪なので」
「了解しました」
下手なことをしなければ、コレが俺に向くことはないだろう。
そんでもって、牢が解かれ始まるは気心知れた会話劇。
「……全く。変わりませんね、貴女も」
「『貴女も』ってこたぁ自分のことも実質的に認め」
「一時間ほど封印して差し上げましょうか?」
「はーおっかね。なーにが聖女だよ、光属性の魔族だろ」
「……本当に失礼ですね貴女は。あと、聖女は私が名乗っているわけでは」
「満更でもねぇくせによ」
「………………」
「どうした聖女様いつもの勢いがねぇじゃねえの。ようやく見つけた主人公……いや、勇者様の前で淑やかでも気取ってんのか? なんだよ可愛いとこもあ」
「…………」
『「──、────」』
僅かな時間でも大体わかった、仲良しだコレ。
然らば飛び入りの俺が二人の関係を心配する必要は皆無なのだろうて、やはり大人しく見守っておこう。どうぞ心ゆくまで戯れてくれ────
そうして心穏やかに観賞すること、数分の後。
「いや悪ぃな【曲芸師】。どうもコイツ見ると揶揄わずにはいられなくってさぁ」
「全くもう……ハル様も、お暇ではないんです。いい加減に本題へ入りますよ」
彼女らが擁する〝物語〟との出逢いから数えて、最低でも数年来。
これ以上ない形で結んだ絆の様相を紹介してくれた凸凹コンビは、片や悪戯っぽく。片や気恥ずかしげな微笑を揃えて、取り残されていた俺に向き直った。
悪戯ニヤニヤ天上職人×天然ほわほわ聖女様。
いいぞ。
いいぞ。




