秘匿、秘密、次のページへ
日々の周囲からの持ち上げや、己の頭が記憶している今へ至った道筋の全て。それらを以って俺は納得したが、ぶっちゃけ割とアレな話ではある。
人としてならば『あなた自身を見ているわけではないですよ』なんて告白は、まあ普通に考えれば失礼なカミングアウトに類するもの。
またオタ……趣味に熱心である者としてならば、加えて趣味の対象が〝ヒト〟であるならば。本人に対して『あなたを偶像として見ています』なんてガツガツ自分の内心をアピールするような行動は、あまり褒められた真似ではないだろう。
だからこそ、察せられる。
わざわざ大事な話があると俺を呼び出した彼女は、まず間違いなく、ただただ己が欲を満たすためだけに自己紹介をしたわけではないのだろうと。
なぜなら、彼女もまた人格を保証された人間であるからだ。
「────ハル様」
俺が納得し受け入れる様を見てホッとしたのか、珍しい表情で小さく息をついたサヤカさんが顔を上げる。……然して、早々に普段通り。
エメラルドの双眸は、あっという間に彼女らしい余裕を取り戻して俺を見た。
「不躾ですが、今から私が開示することは、他言無用でお願いいたします」
見て、次弾前置き。またなんかとんでもないことを打ち明け始める気配を感じたものの、ほんのり声音に籠められた真剣味を感じ取り俺も居住まいを正す。
「俺が、誰かしらに不誠実を働くことになる案件では……」
「ご心配なく。ありません」
「なら、オーケーです」
それが事実である限りは約束する。当然そんなニュアンスも視線と声に含ませてもらったが、彼女は『それで十分』と言うように微笑んで頷いた。
そして、改めて小さく息を吸い────
「では……──現在確認されている語手武装は、六つ。ご存知ですね」
「……ぇ、あ、そ、そうすね。はい」
話の予想が付かないなと構えていれば、案の定。アタリすら付けられていなかった俺へと、サヤカさんは予測の外にあった『話』を切り出した。
「その事実が意味するところは、ハル様も察しておられると思います」
この人、実は割かし言葉足らずなところがあるのかもしれない。人並外れた読書家とのことだが、会話に『行間』を実装してしまうのは無意識の癖か否か。
けれどもまあ、俺も最近は他人が伝えたいことを読み取る技能が向上している。
「…………まあ、はい。そうですね」
ゆえ、なんとなく話の流れは察したよ。
「確認されているモノが全部ってわけじゃないだろうな、的なことでしょう?」
ってね。なれば答え合わせの解に記されたのは、微笑み一つだった。
「個人的な意見ですが、間違いないと私は考えています。……折良く並外れた〝力〟を手にしたハル様ならば、正しく理解していらっしゃることでしょう。この世界の語手武装という存在は、他より抜きんでて『特別』なモノと」
「はは……えぇ、それはもう、深く深く」
魂の分け身こと『魂依器』と同格、ともすればそれ以上にも成り得る存在。ヒトと共に歩みを世界へ刻むことで進化してゆく、物語を具現するモノ。
「であればこそ、他と比べて特異な〝枷〟を持つモノも在りましょう」
それもそう。俺の【真説:王鍵を謡う契鎧】とて、ノーリスクで昨日の大暴れ蹂躙劇を開演披露できたわけではない。今も代償は消化中だ。
……といったところで、本格的に話の流れが見えてきたな?
ならば先の展開が絵として思考上へ浮かぶと共に、避け得ず仮想の肌が粟立ち始めるのを感じた。なにを由来とする鳥肌かなんて、そんなもの────
「たとえば、そう……──〝存在の秘匿〟を要するモノ、など」
なにかを捧げ持つように掲げられた聖女様の両手に、ソレが現れる未来を、
明確に、描けてしまったからに他ならない。
「…………七つ目」
形容するのであれば〝本〟────表紙があり、背があり、その内に含む地がある構造。けれども決して開くことができないと思えるのは、材質が理由。
魔工師の目を用いずとも直感でわかる。
それは、何者かの『骨』から削り出された、本の容をしているモノ。
「【序説:竜悠に記す勇名】────私が出逢った、私の担う物語です」
先日の場で公開された、かの【剣聖】が担う一つ。
【真名:外天を愛せし神館の秘鍵】に続く、未確認語手武装。
「出逢いは三年以上前のこと。序列を賜って時期が浅い折、遥か東への遠征中。弟二人と見つけた『竜の骸』が由来です。……正確には竜とわかる様相とは言えないほど朽ちてはいましたが、品と成り冠した竜悠と雰囲気で竜と仮定しています」
そして、彼女は語る。
「ショウとレンは私が語手武装の素材を手に入れたことは知っていますが、私が如何なる語手武装を持っているかは知りません。製作を依頼した『紡ぎ手』の方より、完成するや否や『誰にも何も言うな』と連絡をいただいてしまいまして」
それを、秘匿していた理由を。
「二人きりで会い、受け取り、私も納得しました。これは〝三者〟を世に秘匿することで力を宿し蓄え続ける類の……──秘密の書であると」
「……三者?」
「〝筆者〟と〝製本者〟……そして〝登場人物〟」
瞳が、俺を見る。
「つまりは、ただ一人の〝主人公〟」
「成程…………大体、把握しました。いやまあ、薄っすらとですけども」
文字通り『存在を知られることが力の喪失に繋がる』とか、そんな類の制約がある代物なのだろう。そりゃ秘密のまま抱えとくのも当たり前、そんなものを手にして理解した彼女が同類の存在を確信しているのも自然なこと。
やっぱり結構いそうだな、未確認の語手武装保持者────
とまあ、それは今さて置き。
「したら、アレですか。その〝三者〟とやらは、逆にアレコレ知っていないとダメ的な条件付けが…………あぁ、いや、違うな。そういうことか」
こういうのは、自分の頭で謎解きする瞬間こそ楽しいものだ。
そこはおそらく読書が好きなサヤカさんも理解があるところなのだろう。彼女はニコニコしながら、思考を回す俺を見守っていた。
「他に対する『存在の秘匿』が力を宿す条件なら、逆に内輪の三者では『秘密の共有』を設定することが力を起動する条件……的な感じだったり?」
「ふふ、流石です」
答え合わせは、再びの丸。今に至る流れから口にした俺の推理を嬉しそうに受け取り、サヤカさんは両手の上に浮かんでいた〝本〟を優しく掴み取った。
「敢えて追記するのであれば、私以外の二者に関しては【序説:竜悠に記す勇名】の存在という秘密を共有するだけで問題ありません。けれど私に関しては追加で一つ……秘密を、力の代価として支払う必要があります」
「それが、さっきのカミングアウトですか」
別に茶化したつもりはないのだが、そう言うと彼女は────
「……勿論です。必要がなければ、あんな恥ずかしい告白は、いたしません」
紛れもなく、初めて見る表情。
ほんのりと頬を染めて、普通の少女のように照れてみせた。
「………………」
大丈夫。お姉さん系のコレ系には我が師のアレソレで大分耐性を積んでいるのだ。この程度で心を揺さぶられるクソ雑魚青少年は遥かな過去に卒業済み。
意外と可愛いとこあるな聖女様とか思ってない。
「…………んっ、──そういう事情ですので、ハル様」
「ぁはい」
「私も恥を忍んで……見守るべき〝主人公〟へ胸の内を曝け出すという無粋を呑み込んで、今日こうして秘密を打ち明けている次第です」
「はい。……え、と?」
「ですので────……あの、ですから…………」
重ねて、意外と可愛いとこあるな聖女様とか思ってな────
「……秘密にしてくれないと、私は恥ずかしくて、死んでしまうかもしれません」
紅潮、伏顔、上目遣い。常とは少々異なるが魔性。
────流石聖女様と思ってしまった俺を、誰が責められようものか。
【真説:黒翼を仰ぐ影布】テトラ君
【真説:賛歌を噤む枝杖】レコさん
【哀愁:登場インターセプト】誰かさん
【真説:王鍵を謡う契鎧】主人公
初期も初期に【序説:永朽を謡う楔片】を含めてカグラさんが語った『確認済み語手武装』五つに含まれているのは上記四つ。
お師匠様の【真名:外天を愛せし神館の秘鍵】はトラデュオで世界初公開の未確認語手武装。聖女様の【序説:竜悠に記す勇名】も然り。
確認済み五つのラスト一つは下手すると最終章まで出てこない。
草。
それはそれとして聖女様かわいいので主人公は無罪。
かわいいだろ、かわいいって言え。




