告白、自覚、次へ進む
「────改めまして、お呼び立てしてしまい……」
「そういうのいいですって。パーティ組んでる仲じゃないっすか」
例によって鍵樹迷宮内部で合流したサヤカさんに連れられ、やって来たのは地味に初入場となる北陣営のプレイヤー戦時拠点。
青空と同じ色を以って天へと伸ばされる手のような、五本の巨大な高塔が撚り合わさる独特な形状の城────【悠園の高城-フュリガンド-】にて。
俺は案内された談話室にて、要望通り二人きりで聖女様と向き合っていた。
……申しわけない話だが、いまだに彼女に対する苦手意識は若干なり残っている。しかし一週間も続けて戦場を共にしていれば流石に信頼や慣れが生まれてくるもので、エメラルドの瞳に真っ直ぐ見つめらても圧までは感じなく……──
「………………」
「…………ぇ、えーと……?」
────なっていたはずなのだが、今日は少々なんというか様子が違う。
俺をジッッッッッッッッッッと見つめてくるのは普段通りではあるが、今の彼女からは……なんと言ったものか、こう、アレだ。
謎に、意気込みを感じるというか。
「……──ハル様」
「ぁはい」
といったところで、始まるらしい。
改めて名を呼ばれ身構えれば、テーブルを挟んだ向こう側。イスティアのソレと基調となる色だけが異なる青の部屋にて、ソファに腰掛ける【玉法】が微笑む。
「私は、今から〝告白〟をいたします」
「へぁッ!?」
「ですが、それはハル様が恐れている類のモノではございません。なのでどうか心穏やかに、安心して、お聞きいただければと思います」
「は、ぇ、ぉ、おぅ……りょ、了解す」
微笑んで、天然か否か。一発目から早速のこと俺を動揺させつつ。
「では……まず初めに、私のことを知っていただきます」
彼女は悠々と、語り始めた。
「────読書が好きな子供でした」
「…………」
俺は勿論、ただ黙って聴く構え。
しっかり前置きがあったのだから突然の自語りというわけでもない。何か理由があるのだろうから、真面目に聞かなければ失礼千万だ。
「学校でも、どこでも……いつだって、一人は居るタイプでしょう? 暇さえあれば延々と図書館に籠もって、あらゆる物語を制覇してしまうような『本の虫』は」
頷く。図書カードが何枚も何枚も重なって、エライことになってる人な。
「〝物語〟に憧れていたんです。……より正確に言えば、憧れているんです」
そして一度、息継ぎをするように目を伏せて、
「私はずっと、御伽噺に……」
聖女様……ではなく。
「────夢の世界を翔ける、主人公に」
そこにいるのは、きっと、無垢な少女のような夢見人。
「……〝恋〟ではありません。ですが、やはり〝恋〟なのかもしれません」
「………………」
「おそらく私は、一生涯、この〝熱〟を抱き続けていくのでしょう」
話は始まったばかり。いまだ言葉数は少なく────けれど、正直に言って、もう既に十分すぎるくらいであった。十分すぎるくらい、なにかは伝わって来た。
それくらい、今の彼女は……いや、違うか。
「…………サヤカさんは、アレですか」
「はい」
思い返せば、これまでと何ら変わらない。
彼女の瞳は、ただ無垢に純真に、ずっと〝ひとつ〟だけを見つめていたから。
「ハルを見てるわけじゃ、なかったんすね」
「………………────はい。そして、いいえ」
頷き、首を振って、
「お慕いしています。貴方ではなく、主人公を」
有言実行。彼女は〝告白〟を口にする。
「……私が仮想世界へ赴いた理由は、物語に触れるため。現実ならざる夢の世界で、御伽噺の主人公のように羽ばたく『誰か』を探すため」
そのもの、恋を口付けるように。
「決して越えることの叶わないページを隔てることなく、この身で憧れに出会うため……言葉を交わしてみたい、できることなら心も交わしてみたい────」
少女のまま、彼女は健気に微笑む。
「そんな、御伽噺みたいな夢を、叶えたかったんです」
開いた瞳に今、探し続けていた『誰か』を映して。
「……………………………………………………………………」
然して、俺は、
「……………………そう、ですか」
戸惑いを表に出すでもなく、謙遜で夢を茶化すでもなく、ただ頷いた。
頷いて、納得を示した。
「…………とてもとても、失礼なことを言ってしまうかもしれませんが」
「超絶レアですね、聖女様の失礼発言。なんです?」
そんな俺に、サヤカさんはクスリと嫋やかに笑んで、
「……貴方が自覚を持ってくれているのが、嬉しいです」
失礼というかなんというか、ただただ俺が恥ずかしい文言を宣った。
……そりゃ、ねぇ?
「まあ、はい…………全力疾走してきた道のりは、丸っと『記憶』してるんで」
「ふふ……どうぞ、自信を持ってください」
流石にこれで『自覚』してなかったら、無自覚系どころの話じゃないだろうと。
「貴方は、少なくとも私の目に映る貴方は────立派な『主人公』ですよ」
今の自分が、決して『脇役』の道など歩んでいないってことはさ。
だから、畏れ多くも納得する。恥を堪えて受け入れる。堂々と正面から『夢』を語られちゃ、逃げることも笑うこともできやしない。
なんたって、いつだか自分でも偉そうに叫んでしまったものだから。
「…………『夢の世界なんだから、」
「勝手だろうがなんだろうが、夢見る奴が正義なんだよ』……大好きな言葉です。まだ会ったこともないのに強く肯定された気がして、夢中になってしまいました」
「はは、参りましたね……」
決定打だ。俺は、この人から逃げられない。
この人が語った憧憬を、責任もって受け止める義務がある。
「────初めに、って言いましたよね」
「はい」
「なら、主人公への想いを語った理由がある」
「はい」
夢に輝くエメラルドの瞳を見返す。
理由を知って……──我らが大将殿の思惑通り識ったことで、俺はもう彼女に圧を感じない。感じるのはただ、羞恥が少々程度のモノだ。
そのくらいなら、堪えて笑うのは慣れている。
「それ、教えてください。あと、和解まで少し掛かっちゃいましたけど」
だから、もう安心して手を伸ばす。掌を差し出す。
「期待を裏切らないよう頑張ります。よろしくサヤカさん、改めて」
「……はい」
いつものように、片手に両手。
包み込む〝熱〟の内訳を理解した今、どんな心持ちで応じればいいのかなど明々白々────ファンサと確定したのであれば、お赦しも貰えるだろう。
貰えるといいな……ってなところで、
「話、進めましょうか」
「……はいっ」
本題の方を、お聞きしましょう聖女様。
〝候補〟に上がったのは主人公で四人目。
トラデュオの対銀幕戦視聴でトドメを刺され、確定して今に至る。
完膚なきまで下心ゼロ見守り重点の光。




