日常並行
「────おっ、よう不良」
「あっ、ゲームで学校サボる不良だー」
「結構な挨拶だな君たち……」
翌日、火曜日の朝。大学の講義室で顔を合わせるなり、俺は気さくな友人であり頼りになる仲間の一員でもある二人組に速攻で揶揄われていた。
なんの件かは言わずもがな。昨日、大学を欠席したことに他ならない。
「ま、むしろ登校のが欠席扱いになりそうな世だけどな?」
なんて、話調子は冗談のようでありながら。現在の常識に照らし合わせると、恐ろしいことに的を射ている文言を宣うスポーツ青年然とした遠山俊樹。
「あっちもこっちも暇がないねぇ、ノーゾミン」
そして、見慣れたニヤニヤ満面。今日も今日とて周囲男子学生の視線を集めながら、目もくれず自由に気ままに生きているのだろう黒髪美人こと葦原翔子。
然して後者の方に袖を引かれ、ストンというかズドンと隣に座らされながら。
「「どこまで行った?」」
「……九十層。おはよう」
「「よー」」
念のための、ヒソヒソ声。
俺が昨日を丸ごと攻略に充てたものと思いこんでいる二人は同時に『あれ思ったよりも』と控えめな進捗に首を傾げつつ、適当に挨拶を返してきた。
まあ、言ってないから当然のこと。
ソラ然り、アーシェ然り。残る【藍玉の妖精】とも俺が現実で交流を持っているだろうことは既に薄っすらバレているだろうが、確定情報には至っていない。
それは世間だけではなく、友人たちに関しても同様。わざわざ引き合わせる理由がなく、ニアも俺の友人に会う理由などないので知り合う機会はゼロ。
ならば、馬鹿正直に話すことではない。
ゆえに、今日の俺は真実『昨日ゲームで学校をサボった奴』に違いないのだ。
「しかしまあ、一週間そこらで九十層まで行くかぁ」
「二週間いらなかったねぇ……はー流石さすがっ!」
ともあれ、話すべきでないこと以外は丸っと共有するのがチームというもの。
私的なアレコレを除いて【曲芸師】の活動をほぼほぼ把握している二人は勿論のこと、現在鍵樹迷宮を序列持ちパーティが蹂躙していることも知っている。
アーカイブ用の録画データを渡すたび、二重の意味で悲鳴を上げられる毎日だ。
「例によって、後で土日の分と合わせて美稀に渡しとく。目ぇ通しといてくれな」
「うひょえー……」
「積みデータが増える一方だぜ……」
然らば、今回も同様に……なお、
「………………」
「……え? なんか悪い顔してない?」
「……またなんかやったかコイツ」
話すべきでないこと以外は丸っと共有が常とはいえ、前提にあるのは気の置けない友人関係。たまには日々揶揄われる側の俺も悪戯を仕掛ける側に回る。
つまり昨日、進化したばかりの我が語手武装で以って大暴れを披露した事実はサプライズ案件。作業場こと四條邸宅で存分に驚けばいいだろう────
◇◆◇◆◇
「────おはよう」
「おはよう希君。……昨日、おつかれさま?」
「こっちは大変結構な挨拶だぁ……」
二限目の講義前、まだギリギリ朝。
講義室で顔を合わせるなり気持ちのいい挨拶と笑顔を二つ向けられて、俺は片一方の幼馴染ペアとは信頼のカテゴリを異にする親友ペアに和んでいた。
ともあれ、あちらには一切なんのこっちゃ理解不能だろう。
比して穏々とした挨拶に気の抜けた笑みと意味不明な言葉を零した俺に、揃って「?」と首を傾げた女子二名に「なんでもない」と首を振りつつ。
「おはよ。────はい楓、これ頼むな」
今度はグイグイ袖を引っ張られることもなくストンと平和に腰を下ろしつつ、鞄から取り出したUSBをお洒落ふわふわ女子こと四條楓へと差し出す。
然らば複合企業グループ『四條』ご令嬢にして、俺こと【曲芸師】の実質的なマネージャー役となっている楓さんはと言えば……。
「ぁ、うん、はい。確かに拝受いたしました」
真面目半分の芝居半分といった様子で、恭しく物を受け取った。
「進捗は?」
そして、奥の席から眼鏡を好奇心でキラリと光らせ訊ねてくるは彼女の親友。
アーカイブ動画編集のディレクター……というより、マネージャーである楓に対して【曲芸師】のプロデューサーに成りかけている梶沢美稀。
「九十層」
「……〝土〟だった?」
「だった」
「…………四属性コンプリート報酬?」
「あった」
「………………ん、予想通り」
俊樹&翔子と比べて穏やかなペアでありながら、オタク度合いでは二人に大差を付けているのが楓&美稀のペアだ。自分の考察が正解だったと答え合わせをされて表情薄く満足げな親友を、ご令嬢様が微笑ましい顔で見ていらっしゃる。
なお、トータルで一番アレなのが誰かは……────
「……希君?」
「今日の昼飯なんにしよっかなー」
「いい加減、わかるんだからね。今、失礼なこと考えてたよね!」
安寧のため、心に秘めておくとしよう。
◇◆◇◆◇
「────ってなわけで、近々ほぼ間違いなく予定が空きそうです」
「「「「おー」」」」
斯くして講義後、昼休み。弁当勢皆無なグループで普段通り食堂の賑いに一役買いつつ、各々エネルギー源を確保して集まったテーブル席にて。
「だからまあ、ちょい前に言ってた通り……──諸君の献身に対する労い的な意味を込めて、どっかで時間を作ろうと思う次第です。はい」
「「ぃえーい!!!」」
「楽しみ」
言葉通り以前より……具体的に言えば、鍵樹攻略を開始して四人に盛大な負担を掛け始めた頃合いより。仲間内でチラホラ話していた件について取り上げると、例によって直接的な盛り上げ役こと俊樹と翔子から歓声が上がった。
ついでに控え目に美稀。楓は隣でお淑やかにニコニコしている。
「とりあえず今週の平日中には締めるつもりだ。なので、最速直近にするなら今週末の土日いきなりでも俺は大丈夫……だけども、四人の予定は────」
「「ぃえーい!!!!!」」
「ぃえーい」
「マネージャー、通訳」
「あ、はは……土日でいいって、言ってるんじゃないかなぁ…………多分?」
最後の良心、楓さん。
なお正体を現わせばトータルで一番アレなのは────
「のぞみくん?」
「待って今のは結構ポーカーフェイス頑張ったんだけど」
「なにを頑張ってるのかな、もうっ……!」
誰も彼も俺読みスキル伸ばし過ぎじゃない?
ぇ? なんなの? 最近の俺ってそんなにわかりやすいの? これでも高校時代は『春日君ってなに考えてるのか以下略』云々それはさて置き……。
「まあ、そんなわけです」
「ぁっ、サラッと流した……!」
「ので、アレコレ希望があれば各自それぞれ言ってくれーってことで」
────仮想世界も大事だが、言わずもがな現実世界も大事。
「はいっ! アレコレなんでもいいんですか!!!」
「元気だな翔子君。俺に実現可能なことなら大概は許そう好きに考えたまえ」
「はいっ! 容赦ナシでオッケーな感じっすか!!!」
「元気だな俊樹君。掛かってこいよ、自分一人で稼いでるなんざ思ってねぇぜ」
「はい。ソ────陽ちゃん同行とかは……」
「ぁー……返事は待ってくれ美稀君。お伺いは立ててみよう」
なにも友人への感謝および仲間への労いだけではなく、ぶっちゃけ単に俺自身が学生として青春を満喫したいのが本音の大部分。
然らば、当然。
「……はい。ボウリング行こ、希君」
「逆襲の無様鑑賞会は勘弁願えるか楓君」
「無様鑑賞会に一票」
「ぁ、無様鑑賞会は同じく私も一票‼︎」
「おい友情結託は卑怯だぞ女子……!」
「年貢の納め時だなド下手ボウラー」
「ド下手ボウラーよせよ……ッ!!!」
あっちの俺も、こっちの俺も、誰が言ったか『暇』は無いのだ。
んじゃ、ちゃちゃっと百層を目指しましょうねー。




