仮説を越えて
「────ハル。折り入って頼みがある」
「なんすか」
「アンタの姫様が毎日のように剣をせがんでくんの、なんとかしとくれ」
「俺に言われましても……」
呼ばれて向かって即到着。文字通りウッキウキで駆け込んだ神創庭園プレイヤー主街区は【陽炎の工房】セーフエリア支部のとある一室。
俺が通い慣れた個人工房の片割れ。質素簡素実用一本な職人気質を感じる馴染みの部屋へ顔を出すや否や、俺を迎えたのは用事とは何の関係もない愚痴であった。
なんとも珍しい、おつかれ専属魔工師殿である。
連日アーシェ&ういさんによるウルトラハイパーキャリーで木登りに勤しんでいるはずだが、どうも攻略とは別口の案件に参らされているらしい。
「作ってあげればいいじゃん。実は満更でもないだろ」
「冗談じゃないよ駆け出しの頃とは違うんだ。序列を持たされた今になって性懲りもなくポキポキされちゃ、身も心も〝名〟もボロボロさね」
「なら次の目標は、人造不壊属性武器ですね」
「軽く言ってくれるねぇ……」
既に紅玉兎武器っていう近い存在があるわけだし、俺の〝桜〟みたいな人造神器を生み出すよりか現実的な気がしないでもないが……と、
赤銅色の瞳が言っている。挨拶は以上、さあ出せと。
然らば気が逸っているのは俺も同じこと。いつもの如く早速本題に取り掛かるとしますかね────ってなわけで、インベントリから取り出したるは、
「ちょうど、前回から半年くらいかい?」
「短いようで長かったなぁ」
「ちなみに、現状で〝真説〟に到達した最速記録は十四ヶ月だよ」
「……ぁ、あっという間だったなぁ」
コトリ、卓を鳴らす白金の腕輪。
進化待機状態を意味する仄かな発光現象を湛え、一時的に装備不能となった我が……否、我らが語手武装【仮説:王道を謡う楔鎧】に他ならない。
「ま、アンタの場合は化物先達どもに成長をアホほど加速させられてる面があるからね。初期の一人歩き……二人歩きの速度に関してはともかく、現状の成長速度に関しては一応の言い訳がないでもないんじゃないか」
「言い訳て」
フォローなのかなんなのか微妙な言葉を並べつつ、カグラさんは既に俺を見ていない。口にしたのも十中八九ほぼほぼ思考の籠もっていない適当だろう。
それで結構。今は〝紡ぎ手〟として在ってくれたら重畳だ。
「一昨日、すぐに対応してやれなくて悪かったね」
「いやいや。お互いに攻略途中だったわけですから」
【仮説:王道を謡う楔鎧】が経験蓄積を終えたのは、つい先日のこと。
第八十四層ボスこと【六刀阿修羅】の顔面を粉砕したのが二重の意味でのフィニッシュブローとなった。まあタイミングについては、特に意味のない偶然だろう。
『序説』から始まり、今の『仮説』を経て『真説』へ────経験値の稼ぎについては辿って来た道程からして十二分だったのは予測通り。なればこそ至った今に驚きは少なかったが……予測が利かないのは、こっからだ。
なんせコイツ、大剣から腕輪へと奇想天外な進化を遂げた前科があるわけで。
「ハル」
「うん?」
「今回の〝道〟は一本らしい。……定まったね、どうやら」
「っは、そっすか」
だからこそ、面白い。楽しみは天井知らずだ。
「今すぐ、やるかい?」
「勿論だとも」
「だろうね。なら、今回は要求品が二つばかりある」
それはおそらく『魂依器』が階梯を進める際に要求することのある進化素材と同様のモノ────そう言って、カグラさんが指差したのは、
「……コイツめ、投資に足る進化をしなかったら許さんからな?」
俺の両手足を護る、黒銀の特級ユニーク製作武装。
手套【神楔ノ閃手】および、深靴【神楔ノ閃脚】であった。
「寄越しな、始めるよ」
「あぁ、任せた」
だが装備者たる俺も、製作者たるカグラさんも苦笑いは滲ませつつ躊躇わない。
なぜかといえば、そんなもの────俺が初期から共に歩んできた武装の中で、コイツほど真摯に素直に俺の期待に応え続けてきた優等生はいないからだ。
「────────」
卓に並ぶは、腕輪が一つ、手套が一揃え、深靴が一揃え。
たった一つの起源から生まれ落ちた三つの武装が、斯く輝く【遊火人】の焔に呑まれて仄かに……──強く……──そして、激烈な輝きを放ち始める。
然して、その傍ら。
紅の魔工師が従える〝熱〟に頬を撫でられること十数秒後。
卓上に在ったのは、ひとつ。
「「………………」」
紡ぎ手と担い手、共に咄嗟の言葉は浮かぶことなく。知識量が微妙な後者は元より、アルカディアプレイヤーとしては堂々の最古参たるカグラさんとて同様に。
仕方のないことだ。今に至っても仮想世界にて存在が確認されている語手武装は、先日お披露目された【剣聖】のアレを含めても僅か六件。
いまだに未知の塊であるコンテンツであるからして、名高き元職人主席様をして〝なにか〟が起きたら驚き興味深く首を傾げる他ないのだから。
然して……──譲り合ったりはしない。
作品の出来を初めに確かめるのは、腕を振るった職人が担う仕事だから。ゆえにカグラさんは一拍の間と余韻を挟んだ後、それを────
幅広のバングルから、華奢なブレスレットへと姿を変えた品を、拾い上げた。
瞬間、
「ふ、っはは……!」
触れることで識ることのできる仮想世界の常。
己が手によって生み出した作品を呑んだ器を手に、己が手によって道を歩ませた器を手に、その存在を余すことなく理解したのだろう彼女は笑声を散らす。
そんな様子を傍らで見守る俺の、胸中を満たす感情など言うまでもない。
「はぁー……────ハル」
「ん」
「やっぱアンタは、……いや」
即ち、期待を飛び越えた勝ち確のファンファーレ。
「アンタとアタシは最高だ」
傑作をこさえれば割かし素直にテンションをぶち上げる専属魔工師殿であるが、流石に堂々そこまで言ってのけたのは……少なくとも俺の記憶にはない。
であれば当然、逸り極まる心を晒して差し出した手に、
「ぶ、っはは……!」
自信しか見受けられないドヤ顔を披露する『紡ぎ手』様から品を受け取った瞬間、俺も俺で彼女と全く同様のリアクションをなぞるに至った。
「ッ、なにこれウケる。大丈夫か???」
「大丈夫じゃないね。大丈夫じゃないよ。情報をぶちまけるのが今から楽しみだ」
アルカディア十八番の、瞬間脳内インストール。
仮想脳に迸った中々アホらしい情報量を改めて精査するまでもなく、示されたカタログスペックは端から端までヤバいことしか書かれていない。
いいね。いいじゃねぇの。
「どっちの腕にする? アタシがやったげようか?」
「左、だな。もうコイツの定位置だから」
申し出を断る理由などなく、一度は手渡された〝品〟を再びカグラさんの手へ戻す。渡しながらテンションのまま二人して思わず固い握手を交わしてしまい、顔を見合わせては『なにやってんだか』と笑い合った。
そうして、彼女の手によってブレスレットが俺の左腕に納まる。
さっきのは依頼人への授与式。しかしながら今度のコレに関しては……────
「いくよ」
「ドンと来い」
『紡ぎ手』と『担い手』による、ささやかな祝勝の儀式。
◇【真説:王鍵を謡う契鎧】の身体合一を承諾しますか?◇
◇※この操作は半永久的に撤回することができません※◇
答えなど決まっている。
YESだ。
そう、頭の中で響いた『神の声』に堂々と宣った瞬間。
「っ……!」
手首に嵌められたブレスレット────『身体合一型魂依器』ならぬ仮想世界史上初の『身体合一型語手武装』となった〝基品〟が、俺のアバターに溶け込む。
言うなれば、先の姿は『担い手』の身体と融合する前の待機段階。仮説を抜けて真なる説へ辿り着いた俺たちの語手武装の正体は、この先に在る。
基品が姿を消した後、次なる変化は俺自身に。左腕が指先から肩へ至るまで淡く発光すると共に、仄かな熱がアバター全体へと回り仮想の心拍がリズムを早める。
「落ち着きな。身体合一型魂依器のソレと全く同じ現象だ、心配いらない」
「び、ビビってるように見えましたぁ……?」
どちらかと言えば興奮が勝ち過ぎていて、自分で自分の様子は意識できていないかった……と、そんな軽口を交わすだけの僅かな時間で。
「お」
「そら、ね」
儀式は呆気なく幕を閉じ、光は止み、俺の身体には平穏が戻ってきた────斯くして、勿論、当然のこと……この手に訪れたのは『常』だけではない。
「グローブとブーツの補填は利きそうかい?」
「わかりきってるだろうに……」
揶揄うような声。いつにも増して茶目っ気を見せびらかしているカグラさんは、実のところ俺よりもテンションが上がっているのやもしれない。
ならば、此度も実にいい仕事をしてくれた礼の代わりだ。
「では、ご覧あれよ……!」
芝居掛けて、左腕を振るう。
今日まで、長い間とは言えなかったかもしれないが、攻めでも守りでも存分に活躍してくれた手套の姿はない。もうすっかり腕に馴染んでいた、バングルの頼もしい装着感と重みもない。加えて、先に溶け込んだ腕輪の姿もない。
けれども、手の甲。
────顕れた、仄かな光を放つ〝刻印〟に、全てが在る。
「鎧と成せ────」
起動承認、完全着装。
「【真説:王鍵を謡う契鎧】」
左腕は、あくまでも依り代。かの語手武装が身を宿したのは俺のアバター丸ごとであるからして、変化に際する基点というものは存在しない。
然して、変遷は瞬きの間。
まるで思い切りよく絵に色を塗るように、あるいは波が砂浜を呑み込むように。ザァッと騒々しくも軽快なサウンドエフェクトを鳴らして顕現するは────
白金の、騎士鎧。
鏡など見なくてもわかる。
痛いほど肌に感じる『力』を全身に纏った、この姿を見る者は……。
「……っは。そのまんま、人間サイズの【神楔の王剣】だね」
皆一様に、我が『紡ぎ手』殿と同じ言葉を口にするであろうと。
実戦披露は直近。
語手武装において始まりとなる『序説』は赤子。
次なる『仮説』は幼い子供という前提を以って、お楽しみに。