理解進捗着々
「────いやまあ、そうですね。聞くのも歌うのも嫌いじゃないですけど」
声音の調子が、少し軽い。
昨日の『用事』とやらが関係しているのだろうか。きっと、そうなのだろうなと微笑ましく思いながら〝彼〟を眺めていたら目を逸らされた。
切ない。けれども、光栄。
「サヤカさんは歌、上手そうですね」
警戒、されていた……されている、のは承知の上。自分の振る舞いが殿方や、その周囲の人間にとって、基本的には困らせる類のモノであることは理解している。
「こう……周囲一帯を浄化しそうだなぁ、なんて」
けれども、このところ。
私の知る〝彼〟は、私の識る通りの〝彼〟らしく、警戒しながら困りながらも私を見て理解を得ようとしてくれている。冗談も、向けてくれるようになった。
嬉しい。心が沸き立って、少女のように、はしゃいでしまいそう。
私は今、物語に触れている。
我慢など、自分の心を誤魔化すなど、どうすればできようものか。
「………………え、と。な、なんです? どしました?」
なんて、まるで小説のページに穴を開けてしまうくらいに。
あまりにも夢中で見つめ過ぎて、また〝彼〟に目を逸らされてしまった。ままならない────しかし、これでむしろ良いのかもしれない。
私の望みには、ちょうど良いのかもしれない。
「や、別に悪いなんてことは。ただまあ、すいません、そのですね……」
私は〝彼〟に……────
「お目々ガン見は、程々にしていただけますと……」
目を向けられるのではなく、目を向けていたいだけなのだから。
◇◆◇◆◇
「────……申し訳ない。一対一を許してしまうとは」
「いやいや、全然、マジで。割と平和にお喋りしてただけだし、そこまで頑張ってくれなくても──……ぁ、これ、俺が手を出すのを警戒してたりも」
「あ、それはないですね」
結局、ほわほわ聖女様との突発対談は三十分程度でサッパリと終わった。
理由は単純明快。申し訳なさそうに頭を下げたショウと、一応の確認として小声で囁いた俺の深読みをバッサリ切ったレンが合流したからである。
「失礼ながら、ハルは既に〝他〟へ目を向ける余裕なんてないでしょう。俺もレンも、そっちの方向では全くもって心配してないので大丈夫ですよ」
「それは本当にそうなんで心から信頼していただいて結構です」
なんて、俺が兄弟と話している最中。
無遠慮な言葉が飛び交う輪に話題の中心人物がいるはずもなく、当のサヤカさんは少し離れた場所で自らの調伏獣と俺のサファイアを可愛がっていた。
ペタリと床へ座る彼女を、揃って守護する従者が如くの光景。
身体を巻くようにして背後から首を伸ばし、鼻先を撫でられている星影の霊馬。そして逆サイドの正面、聖女オーラに当てられたのか警戒することもなく首を垂れ嘴を撫でられている星影の竜……なんというか、控え目に言って、
「ぇ、お宅のお姉様、本当に聖女やってらしたりします?」
「……まあ、なんというか」
「基本、人も動物も分け隔てないというか」
「なるほど生物特効の魔性…………や、もう、あれは単純に〝光〟か……」
「「恐縮です」」
「なにを恐縮されたのかは知らんけども」
控え目に言って、ただの絵画。
なんだあの慈愛の微笑み。うちのお師匠様に勝るとも劣らない────
「…………」
いや、負けてない。ういさんだって負けてない不敬だぞ弟子。
「なるほど、これが」
「噂に聞く『適当なことを考えている時の曲芸師』ですね」
「俺の噂バリエーションどうなってんの?」
「「はは」」
「仲良し兄弟め……」
と、交友値の蓄積は軽快順調。相変わらず二人の敬語は取れないものの、もう距離感は完全に気安い男同士の友人だ。揶揄われもする。
二人掛かりがデフォなので、基本的に勝てないのが困りものだ。
「……まあ、なんです」
「ハルも、ある程度は姉がどういうアレなのか理解してくれたと思いますが」
然して、今度は多少なり真面目寄り。視線を移ろわせた二人に釣られ、俺も向こうで調伏獣たちをニコニコと甘やかしている〝姉〟に目を向ける。
「「悪い人じゃないんです。ただ困った人なだけで」」
「だから仲良しか」
慣れつつはあるが、やはり笑ってしまう兄弟シンクロ。そんなお決まりにツッコミを入れる戯れを挟みつつ……。
「わかってるよ。二人がサヤカさん大好きだってことまで含めてな」
「「シスコンではないです」」
揶揄い返せば、この反応。一般的な序列持ち(?)に比して大人しいキャラだと思っていたが、中々どうしてショウもレンも癖がないわけではないらしい──と、
「あ、ごめん、用事できた。俺ちょっと行ってくるわ」
先刻サヤカさんより頂戴したモノと同じ、鈴の音を伴うシステムの通知。それが示すメッセージを視界の端で展開した瞬間、俺の最優先事項が更新された。
「了解です」
「今日の攻略は、予定通りで?」
「あぁ、いつも通り夜七時からで頼むな」
言いつつ、立ち上がり、
「んじゃっ」
「「お疲れ様です」」
俺は二人へ一時的に前腕部が寂しくなっている左の手をヒラヒラ振りつつ、向こうで竜と馬を愛でている聖女様にも挨拶すべく歩いていった。
一旦ジャブで次へ進む。