部屋を隔てて、触れる熱
で、五分後。
「────ふヴェッ」
俺は先の一撃に続き、再びクッション爆撃を受け止めていた。
どこでといえば、当然のこと顔面で。
何処でといえば、現実ではなく仮想世界。通い慣れた工房の入口で。
「……眠てぇの押してリクエストに応えたってのに、なにしやがる」
「っふーんだ」
然らば、ずり落ちた柔らかな凶器を両手で受けつつ。開いた視界中央にてソファでふんぞり返っている本日の主役様へ半眼を送る。
今日は何をしても許されると思っているらしい。口にはしないが、小憎らしいことに大正解────とまあ、午前二時過ぎ。ド深夜の三次会は仮想世界にて。
現実でプレゼントは渡したので部屋に帰ろうとする俺をニアが引き留め、あと一時間とゴネられるもダメ無理ごめん寝ると断り、なら三十分と強請られるも無理ダメごめん寝ると断り、不毛な押し問答を続けた果てに……。
なら寝ていいから会いに来て、と。素敵な我儘を言われて今。
「ん゛っ!」
「『ん゛っ!』じゃないんだよなぁ……」
一人用ソファの一体どこへ座れというのか。既に自分が占領している椅子をバシバシ叩きながら俺を呼ぶニアに、今日の俺は逆らえない。
眠いのは事実。目を閉じれば今すぐにでも寝落ちしそうなのも事実。
……けれども、まあ。
シュバッ、ガシッ、ドスンッ、ボスンッ────
「……食虫植物かな?」
「んへへ……」
立ち上がり、捕らえ、放り込み、蓋をする。
まんまと俺が近寄った瞬間に展開された低ステータスアバターとは思えぬ見事なアクションの末に、獲物をソファに捕らえ上に乗っかったニアちゃんはご満悦。
ぶっちゃけ、避けようと思えば簡単に避けられた。寝惚けた頭でも虚弱貧弱な細工師殿の暴挙を軽くあしらうなど朝飯前。……しかし、重ねて、けれども、まあ。
「三十分だぞ」
「なら、仮想世界換算で四十五分だね」
「屁理屈を言うな」
今日くらいは、このくらいなら。
先ほど渡したばかりのプレゼントを使われずとも────なんて諦め許してしまうのは、おそらく多分きっと半分以上もう頭が寝てるからだろう。
そのはずだ、間違いない。
ついでに、胸に摺り寄せられる頭を、手が勝手に撫でてしまっているのも。
きっと眠いせいだと、そういうことにしておこう。然して────
「四十五分も、なにすんの」
「おしゃべり」
「十分くらいで力尽きて寝落ちしそうなんですけど俺」
「もう、なんだよー……そんなに疲れてる? 頑張ってくれたの?」
「超頑張った。ケーキ作りとか特に人生で五十二番目くらいに頑張った」
「なにその順位。冷静に考えたら凄いんだろうけど喜びづらい」
「素人があのクオリティ仕上げたって部分から頑張り度合いは察してくれ」
「まあ……凄かったねアレ。本当に宝石みたいだったよ、ちょっと引いたもん」
「青いケーキって、食欲的にはどうなんだと俺も思った」
「スイーツならアリじゃない? どうやって作ったのアレ」
「まずパーツを作ります」
「ぁ、やっぱいいや。面倒臭そう」
「聞け。『宝石を模ったケーキでも作って驚かせてやるかと』驚きのアホな発想を思い浮かべたがゆえに死ぬほど苦労した俺の馬鹿げた四苦八苦を聞け」
「綺麗だし嬉しかったし美味しかったでーす!!!」
「あぁ、そう……なによりでございますよ…………」
「こら目ぇ閉じないのー。まだ寝ないであと四十五分だよー」
「おいカウント進めろや。もう数分は経ってるだろ」
「キミ、なんでそんな料理できるの? や、料理ってか、なんでもできるの?」
「無視…………なんでもはできないだろ。できないこと結構あるの知ってるだろ」
「泳げないとか?」
「泳げはする。自然界にある超デカい水溜まりに入るのが無理なだけ」
「今度さ、プールでも行く? 泳ぎ教えてよ」
「まずお前が水着で戦闘不能になるから無理だろソレ」
「っ……そ、それは、どっちが戦闘不能になるのかな?」
「お前だって言ってるだろ。俺が二度も無様を晒すと思うなよ」
「ちぇー、なにそれ可愛くない返し。で、なんでそんなに万能なのかなキミはー」
「万能ってほどでもないと思うけど……まあ、バイトで経験値を積んだから?」
「それはちょいちょい聞くけどさ、そんなにいろんな仕事してたの?」
「まあ。勉強と並行して空き時間を上手いこと埋めようとすると、一つ二つのバイト先を確保するだけじゃ融通が利かなくてな……」
「んへぇー」
「それプラス夏休みだとかの長期休暇は割のいい短期バイトを片っ端から受けたりもしてたから、自然と数多の現場を渡り歩く感じに」
「ほぇー」
「つっても、都合も良くて雰囲気も良好な職場に出会えば居付いてたから、高二の終わり辺りからは大体固定だったけどな。受験勉強もあったし」
「ふーん」
「貴様さては聞いといて大して興味ないな」
「ぇ、そんなことないですけど。一つ注文があるとすれば……」
「なに」
「お喋りに夢中になってもいいですけど、手は止めないでいただけると」
「…………ヒトの頭を撫で続けるって、体力いるんだぞ結構」
「なーに言ってんの、スタミナおばけの【曲芸師】様。……それで? アルバイト。具体的にはどんなのやってたの? 気になるのはホント」
「ゆうて、そんな物珍しいのはやってないぞ。コンビニ店員……は初期も初期で即辞めしてNG枠に放り込んだけど、まあオーソドックスに飲食関係のスタッフとか、業務が複雑じゃない類の販売店スタッフとか……」
「短期バイト? とかいうのは?」
「夏なら海の家のスタッフとか」
「なにしてんの水溜まり恐怖症」
「別にいいんだよ、遠目に見るだけなら怖くないんだから」
「んで、お店の店員とかばっかり? それでそんなに万能になる?」
「だから万能は言い過ぎ……まあ、なんだ。俺の場合、バイトから派生する繋がりが結構いろんなとこに取っ散らかったというか」
「うん……?」
「自分で言うのもなんだが、なんか俺『仕事場』では好かれる性質らしく」
「…………」
「そんな目で見るな。そういう話には縁なかったよマジで。好かれたってのも年上メイン。それもお兄さんお姉さんとかじゃなくてメッチャ上の方ばっか」
「偉い人?」
「…………まあ、有体に言えば? んで、仕事場で仕事をして気に入られたからには『仕事をする人間』として好感を持たれたってなわけで」
「そうなんでしょうねー」
「なんだその顔、俺は必死に頑張ってただけだぞヤメろ。……で、人を雇ってるような立場の人ばかりだから横の繋がりが誰も彼も広いんだろうな。ちょいちょい〝紹介〟だとか〝依頼〟だとかをされる機会があったというかなんというか」
「んんー?」
「短期というか、ド短期? 個人的なお願いみたいな感じで小遣いを貰うような機会が、あったりなかったりといいますか。そんな感じで」
「……なにそれ、ちょっと面白そうな話になったじゃん。例えば?」
「いろいろやったけど……わかりやすいのは、家庭教師とか」
「は?」
「『面白そう』から『面白くなさそう』への移り変わり早くない???」
「男の子ですか? 女の子ですか? 可愛い女の子ですか?」
「聞いといて断定するかのような三択やめろ」
「可愛い女の子?」
「……いや、まあ、そんなことはどうでもいいだろ。俺がバイトだけじゃなくて勉強も頑張ってるの、面接で事情を話した人たちは知ってたからさ。歳が近い相手なら小金を稼ぎながら復習にもなるだろって、すげー厚意百パーというかで」
「歳の近い、可愛い、女の子なんだ」
「………………可愛い云々は、客観的意見になるから置いといて。言ってるだろ『そういう話はなかった』って。俺、どちらかと言えば嫌われてたから安心しろ」
「ビックリするほど嘘くさくて四十五分が四時間五十分になりそう」
「朝じゃねえか。勘弁してくれ」
「ぇー……? なにをどうしたら女の子がキミを嫌うのさ」
「逆に俺のこと一体なんだと思ってんだ。仮想世界じゃアレコレ奇跡みたいな噛み合い方したってだけで、俺は基本的に対異性経験値に乏しい雑魚だぞ」
「ひよちゃんとは一瞬で仲良くなったくせに」
「それは【曲芸師】とかいう信頼の下地あってのもんだろ。高校時代の春日希は、周りも顧みずに己の欲望へ邁進爆進直進するだけのアホ男子だったんだよ」
「……それはそれで、見てみたいけど」
「っは、御免だね。────ってわけで、カテキョ初日の挨拶以降ほぼほぼ私語もなく目も合わせてもらえなかったというのが無二の事実だ。つまり俺は無実」
「……………………それ、さぁ……」
「なんすか」
「……や、まあ、いいけどさ。わかんないし」
「ぇ、なんすか……」
「ちなみに、歳近いって、いくつの子」
「一個下────ぃてっ、おまッ……! 鼻をグーはダメだろ!?」
「っふーんだ! 手、止まってるんですけどぉ!!!」
「こいつマジ……!」
「なーんだよキッチリ青春してんじゃん! なにが灰色の青春か!」
「だから何もなかったって言ってんだろ!? むしろ精神的にきつかったわ想像してみろ陰キャ男子が目も合わせてくれない一個下の女子に必死になって勉強を教えてる様を! 地獄以外の何物でもねえだろうがよ!」
「あたしだって一個上の先輩に家庭教師してもらったことないのに!」
「心の底からなに言ってんだ貴様さては眠いんだろ!」
「もう怒った! もっと撫でろ抱き締めろぉ! ついでにこの際だから全部まるっと吐きなさい高校時代の余罪を一つ残らず全部ぅっ!!!」
「余罪ってなに────おい、こらッ、やめ……‼︎」
斯くして、斯くして、夜は更けていき。
一人用ソファの中で二人。いつ、どちらが先に寝息を立て始めたのかは……。
「「……………………────」」
俺もニアも、覚えていない。
いい誕生日だったね。
なおウチの主人公は少々自己認識が訳アリでバグっているだけの非鈍感系なので、好かれているかどうかの判断はつきます。ゆえに家庭教師を頼まれていた一個下の後輩もとい『【小山 内和】さん十七歳。主人公の最終バイト先の居酒屋〝なごみ〟を経営する小山夫妻の一人娘にして、別の高校に通い生徒会で書記を務めている黒髪ミディアム前髪ぱっつん文系女子なお基本おとなしめだが実は気が強く頑固一徹』が主人公にホの字であったという事実は存在しません。
ルート分岐後だからね。残念だったな。