兄貴分
「────んはーい! それではニアちゃ誕生日おめでとうパーティ二次会を始めまーす!!! はじめまっしょーう! ぃえーいっ!!!!!」
「……なぁ。まさかとは思ったけど、この人もしや」
『うん。酔っぱらってるように見えるじゃん?』
「素面なんだなコレが。いや、軽く飲んでるのは正解なんだけども」
到着十分前に最終連絡を貰っていたゆえ、諸々の準備は隅々まで完璧。
ならば三枝さんの言葉通り『二次会』の開幕を勿体ぶる必要はなく、各々が席につき所狭しと馳走を並べた卓を囲んだ瞬間に場は完成した。
「もー、ネタバラシが早いよぅ」
「うわ演技かよアレ。こわ……」
然らば……ほんのり漂うアルコールの香り、紅潮した頬、普段より僅かに大きな声量、更に常の三割増しで蕩けるような甘ふわボイス。それらの材料から酩酊の状態異常を察知した気になった俺を、名女優様が揶揄うまでがオープニング。
「どんだけ飲んでも酔わないんだぜコイツ。飲酒デビュー半月で『いくら飲んでも酔えなさそうだからジュースと変わんないねコレ』とか生意気を宣うレベルだ」
『ひよちゃん多分あたしのママより強いもんねー』
「えぇ……『画家兼アイドル声優兼イラストレーターArchiver(酒豪)』……?」
そんな三枝さんに親しい関係性から来る遠慮ナシの呆れ顔を向けつつ。しかし一瞬後、はやっさんとニアの目はスイっと吸い寄せられるように卓上へ向いた。
やめてくれ。振る舞う以上は一定の自信を持って用意に当たらせてもらったが、そんなあからさま期待に満ち満ちた目で見られると落ち着かない────
「…………男に言うのもアレだけど、いい嫁さんになりそうだなハル君は」
と、おそらくは純度百パーの感心でしみじみ呟いたイケメンを先駆けに。
「このレベルになると『嫁』を超えて『お母さん』だと思うんですけど」
と、おそらくは純度百パーの揶揄いで楽しげに笑む彼の従妹を二の矢に。
「………………」
まあ、なんだ。勉強してたのも練習してたのも、内緒にしてたから。
驚くのは無理もないというかサプライズ成功ってな具合だが……言葉なく目をキラッキラさせている、主賓様の無言を締めに。
「……ぁー、観賞用じゃないぞ。ないんで、食べてくれ。どうぞ、お好きに」
出揃った反応に無様な照れを返せば、生暖かい笑みは二人分。
ニアちゃんはと言えば、小学生ばりに目前の料理群────ピロシキやらボルシチやら定番イメージを飾るモノを筆頭に、コツコツと手当たり次第に修得してきた様々なロシア料理の山に意識を奪われている様子。
斯くして……『いただきます』代わりの、横目がチラリ。
当然のこと頷き促せば、ガッと掴み取ったスプーンで以って目前の皿から鮮やかな赤色の煮込みスープをパクリと一口。
それを迫真の澄まし顔で、内心は少なからずの緊張と共に見守った俺は、
「────ぃてっ、なにっ、ヤメロこら行儀悪いぞっ……!」
隣席より、おそらくは『おいしい』代わりの頭突き連打を頂戴して。
「…………なんも言わん方がいいんだろな」
「そうだよ。無粋は厳禁だよ隼人君」
正面席からは追撃の生暖かな微笑みを頂戴しつつ、胸を撫でおろしていた。
◇◆◇◆◇
「────完全に合格だハル君。キミならニア太郎を嫁にやっても惜しくない」
「ニア太郎……」
ニアの誕生日を祝う二次会が始まってから早一時間強。
ガッツリ食事系の料理を各々が好きに通過し、今は軽食やツマミの類をつつきながら行き着くあてもない散らかり放題の会話を楽しんでいた頃合い。
「はやっさんは……なんだ。ニアに対しても兄目線、で合ってる?」
「まー、なぁ。ひよが小っさい頃からの親友ってなわけで俺も幼馴染みたいなもんだし、傍で成長を見守って来たって意味では……ま、兄貴面かもな」
そんな兄上殿から『炭酸が欲しい』とオーダーを受けたため、四谷宿舎内の無人コンビニ……もとい、ご自由にお持ちくださいルームへと足を運んでの一幕。
二人いる宿舎管理人の片方。千歳母子の母こと円香さんが在庫云々を含めた施設管理を行っている俺たちの呼ぶ『コンビニ』は、菓子類などを筆頭とした日持ちのする飲食物等。他にも幅広く日用品などを置いている便利倉庫。
呼び名の理由は、在庫管理作業の負担軽減として持ち出す品をピッとやる工程が存在するから。空間全体の雰囲気は、設備の質が馬鹿高いだけの単なる倉庫だ。
俺も唐突にカップ麺やらジャンクな味が欲しくなった際は世話になっている。
────という解説をしたら興味を持ったのか「俺も行く」からの、今。
ペットボトル……ではなく、乙な瓶入りの炭酸ジュース。あとは朝まで騒ぐ可能性を考慮して、若さゴリ押しで健康に蹴りを入れる夜食用の袋菓子やら何やらを幾つか。目に付いたモノを二人で適当に提げカゴへ放り込みつつ、興じるは会話。
「お祖母さん繋がり、って聞いてるけど」
「あぁ、そそ。婆ちゃんとエリさんの画家繋がり。昔からの付き合いで、有一さんとの出会いも婆ちゃんが演出したとかなんとか……その辺は、詳しく知らんけど」
エリさん、もとい【エレナ・ヴルーベリ】さん。
有一さん、もとい【七咲有一】さん。
それぞれ界隈では名の知れた、画家である妻とアートディレクターである夫の芸術家夫妻。言わずもがなニアことリリアニア・ヴルーベリ嬢のご両親だ。
ちなみにニアは常より母方の姓を名乗っているが、別に有一氏が婿入りしたわけではなく両方の苗字……というか、両国それぞれの名前を持っているらしい。
んで、そっちの方が色濃く受け継いだ容姿にも合っているし『可愛いから』と、父の要望もあって基本的には外国名の方をスタンダードにしているんだとか。
なお日本名は知らん。
いつか本人が教えてくれるらしいが、いつかはいつ訪れるのやら────
「して、ハル君や」
「うん? こんなにいらんかな」
なんて、俺が無意識のまま薄っすら現実逃避をしていた折。
「そだな────少なくとも俺に対して、そんな緊張しなくていい」
「………………はて、なんのことやら」
見事に図星を突かれて顔を逸らす年下と、見事に図星を突いてカラカラ笑いながら肩を叩いてくる年上。年齢は置いといても、立場的な上下関係は明白だ。
いや上下関係というか、立場の強弱というか、なんというか。
「言ったろ、合格だって。兄貴面からも文句は出ないよ安心したまえ」
彼視点。俺は可愛い妹分を誑かした、悪い男なわけで。
「そう言ってもらえると、救われるというか……」
「救われたって顔してねーぞ若人よ」
「聞いてなかったけど、はやっさん歳いくつっすか」
「二十九」
「思ったよりガッツリ大人だった……」
「ひよの奴に『もうすぐオジサン予備軍だね』って言われて、こないだ喧嘩した」
それは従兄殿のみならず、世にいる三十代の皆さんに喧嘩売ってるぞ三枝さん……なんて、現実逃避Part.2なる思考を思い浮かべていると、
「諸々、仕方ないさ。ままならないもんよ惚れた腫れた云々なんざ」
まだまだ若々しい兄貴分に、頭までボフボフと乱暴かつ親しげに叩かれた。
そういった部分まで彼が俺を気に入り心を開いてくれているのが察せられるが、だからこそ避け得ず生じる罪悪感からは逃れられない。
今に至り、俺だって仕方ないとは思っている。そういう運命だったのだと割り切ってはいる。その上で『かかってこいや』と吹っ切ってはいる。
────しかし、そうした顔を堂々と見せる相手は選ぶべきだ。
紳士であるというのなら、真摯に向き合うと決めたのなら……俺は、俺を特別だと言ってくれた三人の〝周囲〟に対しても心を尽くすべきだと思うから。
「はやっさん」
「なんだいハル君よ」
なのでまあ、その内の一人。
紛うことなきニアの兄貴分である彼に、表明しておく意思は一つ。
「ぶん殴られても文句は言わず、その上で誠意を以って向き合わせていただく所存くらいの覚悟でおります。ゆえ、どうぞ見極めてくださいますればと……」
「いつの時代の人間かな?」
一言一句、本音も本音。ニアに関して言えば彼だけではなく、お父上である有一さんにも機会があれば同様の言葉を示すつもりである。
別に有一さんではなく、お母上ことエレナさんに蹴り倒されても構わない。
そう、構わないんだ。
「後悔だけはさせません、俺を好きになってくれたこと。それだけは、絶対に」
なにがあろうとも、己自身に誓ったことだけは、違えるつもりなどないから。そこだけは、安心して見守っていてくれと宣う傲慢を貫くことを決めているから。
「っは、いい男だぜキミ。悪い男でもあるかもしんないけど、モテるのは納得」
然らば、俺には勿体ないと思える評価を頂戴して。
「んじゃ腹を割って話したところで、ぶっちゃけニア太郎を今どう思ってるかなんてのも吐いとくか? 安心しろ俺の口は堅いんだ安心して全部ぶっ放せ」
「安心しろって二回も捲し立てた辺りが最高に安心感ねぇな……」
「ちな、従妹に尋問された場合に限り黙秘は保証できない。アイツ俺が乗り物に触ろうとするか親友のことで隠し事すると即座に察知するんだよ。ハル君をバイク旅行に誘った時も速攻バレて翌日に説教されたんだぜ? エスパーかよマジ怖い」
「兄貴感喪失まで爆速じゃなくていいんだよハヤガケ氏」
一つ仲を深められたのかなと、小さな安堵と共に緊張を手放しつつ。男二人でピッピッと、代金の要らぬレジ打ちをこなしていった。
いいキャラしてる。
ちなみに『ニア太郎』とは幼少期のチビニア(天使)と初対面した折あまりの可愛さに「え? お人形さん?」と心底ビビり倒したハヤガケ氏こと隼人君がド緊張を鎮めるために意図して編み出した気の抜ける呼び名が定着したモノ。かわいい。