炎宴に踊る蒼天の星 其ノ陸
アルカディアにおいて、パートナーシステムの恩恵に与る者は稀である。
それは全体のプレイヤー人口に比しての話ではあり、相方持ちを一纏めに数字で表せば、それなりに大きな数にはなる。が、やはり珍しいことに変わりはない。
契約を破棄する手段が存在しない取り返しのつかなさ、それゆえ誰もが現実めいて〝告白〟を躊躇いがちなのも一つの要因だろう。しかしそれより、なによりも。
パートナー足りえるというお墨付きをシステムから頂戴するために必要な『親愛度』のハードルが、それはもう見上げるほどに高いからだ。
過去に確認されていた『初めて知り合った同士から契約可能となったまでの最短期間』は約四ヶ月。【試しの隔界球域】踏破によってシステムが解放されたと同時に契約可能となった、現実世界から続く縁故同士を除いて、約四ヶ月。
その一件さえ後に続く二位に大きな差をつけての首位であったがため、プレイヤーたちが抱える『パートナー』に対しての特別感は殊更のモノだった。
それ即ち、つまるところ……────例えば出会ってから一ヶ月足らずで、共に隔界球域を突破した瞬間、システムに認められたような者たちが現れたとすれば。
「もう…………何も考えずに、流石と評しておけばいいのかな……」
「文字通りのぶっちぎりレコード保持者、だからね……」
異次元の以心伝心を見せ付けられたところで、先行するのは納得の感情。
レンが振り、ショウが答える。常にニコニコと上機嫌な姉の守護役に控えながら、言葉を交わす二人の視線の先に在るのは現最速契約者たち。
それはまるで理によって時と共に並び動く、見上げた空の『星』が如く。
なんの違和も感じさせず、ただそれが当然とばかり、むしろ何を不思議に思うことがあるかと甚だ惚け果てるか、空恐ろしいまでに同期した動きで。
荒れ狂う生きた炎を相手取り、名を体現する蒼天の星二つが躍っている。
ショウたちと同じく呆れたようにソレを眺め、もう完全に遠慮を捨て去ったのであろう【双拳】の拳撃連打は賑やかなBGM……あるいは、水面に映る星を遊ばせる高波の如く。本来であれば主役足りえる者の援護を受けて────
「「──────ッ!」」
言葉を要さないなど当たり前。
最早その視線すら合わすことなく。
読み取っているのは、互いの思考か。感じ取っているのは、互いの呼吸か。はたまた、あるいは、そんな理など関係ないと蹴飛ばす確実なる以心伝心か。
惚れ惚れするまでの完璧な同期、ほとほと恐ろしいまでに隙間のない連携。
信を以って配慮されることなく届けられる、轟拳の波濤をも呑み込むような勢いで自由気ままに飛び荒ぶ春風。そして、その隣に並ぶ金色の煌めきが炎を散らす。
片や、満面。
片や、淑やかに。
それぞれに全く似ていない、しかしどうしようもないほどお似合いな笑みを浮かべながら、全力の冒険に心を躍らせているパートナーたちを見て……──
浮かぶ言葉は、一つだけ。
「……楽しそうで」
「……なによりだね」
「ふふ……」
機嫌のよい姉の微笑を締め括りに、三法は無駄話を収めて見守るのみ。
見えた結末は、あと何秒後に訪れるものかと思いながら。
◇◆◇◆◇
────残りゲージは一本と少し。警戒を続けている行動パターン変化の兆しはないまま、根本の対逸般性能ゴリ押しで暴れ回る魔人をド突き回すこと早数分。
ゲンさん、ソラ、そして俺。実質的に『序列持ち』三人分の猛攻だ、如何な十層刻みの強ボスと言えど抗えないのも無理はない。
というか、コレに抗えてしまえるようなら本格的に一般プレイヤーお断りが過ぎる。ゲームバランスが来いってな具合ゆえ、当然の運びと言ってヨシ。
もう既に一般バランスを逸している気がしないでもないが、そこはアレだ。
アルカディア特有のいつもの。どうせ俺たちがボス毎に文字通り無数存在する攻略法の最難関を引き当てたとか、そんなところだろう。
ま、なにはともあれ。
「どッ────」
「────せいッ!」
行儀の悪いドロップキック&お行儀の良い剣麗一迅。
迸った【神楔ノ閃脚】の足裏に鼻っ面を、閃いた《千剣の一つ》の剣尖にて土手っ腹を。それぞれの直撃にて痛打され、もう何度目のことか吹き飛んだ【炎ノ魔人 ヴォルキドゥン】が炎焔を散らす────ならば必然、もう一つ散るモノ。
ゲージ消失、残すは最後の一本。
然らば訪れるのは、流石に無いこたないだろう強ボス様の悪足掻き形態……──
────などでは、なく。
「っしゃオラこのまま完封するぞッ!」
「はいっ!」
無敵のパートナー様と手を取り合って実現する、怒涛の詰めだ。
『──────────ッッッ‼︎』
二人重ねた視線の先。これまた何度目のことか、壁に叩き付けられた魔人が雄叫びと共に赫炎の大柱を噴き上げた瞬間。
《転身》および《纏身》起動。
「「『天地繋ぐ絆心の永遠』」」
重ねて【蒼天を夢見る地誓星】強化効果、起動。
更に、重ねて、
「《氷剣の円環》ッ!」
虚空より出でて咲き誇る氷華の嵐、連ね束ねて行先は俺。
魔力、充填。
【紅より赫き杓獄の種火】励起形態────〝剣理下賜・氷剣〟。
「「せぇ、の────‼︎」」
揺れる白髪の先に灯る白蒼の氷輝、揺れる白が四の黒が四にて八尾と相成った狐の尾。並びて成るは、相棒の調伏獣たる小狐を交えた三者掛かりの魔剣操作。
灼熱を撒き散らす大炎柱に対する、極冷を以って侵す剣嵐の猛吹雪。
────この世界における〝火〟と〝氷〟の関係は、幅広いゲームで適用されているであろう『お約束』とは少々異なるモノとなっている。
東陣営で言うところ【無双】と【熱視線】が良い例だ。
〝氷〟を溶かし尽くす〝火〟が優位……ではなく、それぞれ相反する『熱』を操るという対極関係こそがアルカディアのベーシック。
即ち、それぞれが天敵たる対等。
そんな二属性が激突した際に勝利を決する要素は一つ────
出力の多寡、それだけである。
無数の剣華が更なる大輪の花を模る氷獄、無尽蔵かの如く魔人の底から底から湧き出してくる炎宴。衝突から互いの熱を奪い合う拮抗が続いて、十数秒。
そして、二十秒。
三十秒。
〝最後の悪足掻き〟……つまるところ正しく命を燃やして成す限界行動に、真っ向から正々堂々と成した理不尽を叩き付けること、三十秒。
そこが、おそらくの限界時間。
揺らいだ拮抗を瞬時に喰い破り、敵の何もかもを奪い去ったのは────
◇【炎ノ魔人】を討伐しました◇
◇第六十層の攻略を確認しました◇
・報酬が贈与されます────【緑宝ノ盟珠】を獲得しました。
◇秘匿忘楔【炎ノ魔人 ヴォルキドゥン】の討伐を確認しました◇
・報酬が贈与されます────【炎魔ノ宝雫:魔賜】を獲得しました。
勢いを失った炎の塔を、その輝きごと静謐に呑み込む無尽の嵐であった。
耐えれば勝ちのゲームありがちクライマックスをゴリ押しで潰す。
それがアルカディアの序列持ち。
序列持ちというか、ハルソラ。