炎宴に踊る蒼天の星 其ノ伍
────さて、よくわかんねぇ振る舞いをする上よくわかんねぇ未知の能力を擁するエネミーが突っ込んできた場合、ヒトはどう動くのが正解か?
そんなもん大抵の場合、大人しく後退もとい全力のとんずらを堂々と披露せしめるのが賢明なプレイヤーの手本というものだろう。
だがしかし今の俺には逃走も置いといて、とりあえず切れる手札がある。
新入り任意アクティブ《アルテラ=ノーティス》起動。
瞬間、頭へ叩き込まれるのは第六感のインスタンス拡張子。然らば、まだ少しばかり馴染んでいない新たな感覚が齎す些細な違和を蹴飛ばしつつ。
視線正面、追尾するは赫炎の魔人。
突進行動に際して駆動する奴の身体から生じる癖を『記憶』して、脳内フォルダへ確度百パーの知識を一つ叩き込みながら────
閃く〝勘〟に身を任せるまま、振り被られた炎腕に合わせて回避行動。
後退はダメ、左右もキツい、伏せれば消し炭……──オーケー、ならば直上だ。
判断を刹那に踏み切った瞬間、いまだ目で見て捉える限りの情報からは腕を一杯に伸ばしたとて俺に触れられない距離。しかし突進時の蹴り脚と同様に魔人の肘部が炸裂すると同時、そこに関しては見事な速度で赫灼が迸った。
然して、無造作かつ暴力的な所作の薙ぎ払いによって起きた事象は、
「────ははーん?」
床を熱波が削り鳴らす劈音および、奴の前方不定形広範囲に生じた一瞬の陽炎。
真上からだと、よく見えた。そしてソレを凝らした目で改めて捉えるに至り、まあなんとなく奴が持ち得る権能の正体が見えた気がしないでもない。
────っと、なんだよ突然やる気満々じゃねぇの。
〝勘〟の警鐘、然らば《天歩》。次々と頭へ浮かべた行先の中から正答と思しき一つを選び取り、今度は右に続いて左を振り被った奴の死角。
つまりは背後へ、瞬間着陸。そして数えて一秒弱。
『──────ッ‼︎』
ちょこまかと目前から消えたチビに対する憤りか、あるいは既に着火してしまった左肘の爆裂推力を止められず無駄に腕を振るうことへのイラつきか。
再三〝勘〟と相談しつつ【仮説:王道を謡う楔鎧】を装着した左手を攻撃モーション遂行中のヴォルキドゥンの背部へ押し当てていた俺は、
「ふぅむ……」
左手を含むアバターに被害は頂戴しないまま、目前で見当違いの方向に『陽炎』を放つ姿をバッチリ目に焼き付けた後《天歩》再点火。
と、ついでに臨時の第六感を閉ざしつつ。
「大体わかった────多分、熱の物質化っすね」
斯くして後方。【双拳】および『三法』の並びで控える仲間の元へ文字通りの一足飛び、そして告げるは至近にて検証した推測を一つ。
んで、そんな俺の端的かつ唐突な言葉を受けて……。
「「成程」」
「おかしな手応えのカラクリは、それか」
「まぁ、流石ですハル様」
なんかもう無条件で俺の言を肯定する疑いがある若干一名の称賛は置いといて、頼もしいばかりの男性陣からは揃って納得の声が三つ。
そりゃもう、全員が『序列持ち』こと逸般人。
身体を張った至極あからさまな実験劇を見ていたのだから、各々の思考で迅速かつ精細に答えを導き出すなど朝飯前のことだろう。
勿論ゲンさんも含む。
萌えキャラではあるが、戦闘IQは当然のこと激高いんだよ俺の体術教官殿は。
「んじゃそゆこと、でッ!」
言葉と思考を交わしたのは十秒足らず。そして魔人の注意は、その間を怒涛の魔剣投射によって繋いでくれたソラさんへと移っている。
ならば俺のすべきことは一つだけ。
「ハイぃっせぇ────!」
「っ────のッ!」
大切な相棒へ熱量の高過ぎるちょっかいを掛けようと手を伸ばす輩の、横っ面を張り飛ばすのみ。不気味なニヤ付き魔人は美少女おさわり厳禁だぞコラ。
天秤が揺れ動き、駆けるアバターへ力が宿る。
然して刹那。十秒前に俺へと向けていた赫灼を再度右腕に集めていたヴォルキドゥン────その、おそらく今に限って大して熱くない炎の顔面を、
「ぶッッッ飛べオラァッ‼︎」
掌底一閃。お師匠様直伝の浸透撃こと《震伝》の直撃を以ってぶち抜いた。
「っとまあ、そんな感じです」
「わ、ぇ、わかりますけども……!」
ゲンさんたちに端的な言葉で伝わるならばソラに関しては明確な言葉さえ不要と、そんな確信の下。一撃を終えた左手をヒラヒラ振りつつ、攻撃行動の最中に真横からの一撃を受けて綺麗に吹っ飛んだ魔人を見送りながら……。
悪い意味での適当に対して返ってきた、望みの反応に笑みが滲んだ。
『熱の物質化』────つまるところ奴が操る炎熱は、その全てが明確な物理的接触判定および質量を伴う〝物〟と化すのではないかということ。
俺たちの度重なる攻撃を阻んだ不可視の『鎧』も、ハッキリと床を打ち轟響と震動を生み出した『拳』も、双方そう仮定すれば納得はいく。
でもって、付け入る隙として肝心なのが『操られた熱は物質化する』という点。
全身が炎で出来ている奴の撒き散らす熱が全て物質化しているのであれば、そもそも至近に近付くことすらできないはず。ならば権能が作用するには何かしらのルールがあるわけで、それについても先の攻撃行動を観察すれば大体は察せられた。
簡単に言えば、奴が至近に纏っている『鎧』が常時発動型。そして身体の熱を一転収束させて、その先へと伸ばす『手』が任意発動型なのだろう。
一応でも推理が届いてしまえば単純な話だが、諸々が不可視という激つよ要素も相まって中々に強力な能力。どこぞの虎もそうだが見えない致命とか反則である。
────とまあ、そんなところで。
「ま、そういうわけだから」
「わかりますけど! 言葉にするなら適当以外も言ってくださいっ!」
ザックリとだがネタは割れた。ならば、ここからは真に攻略のターン。
「んじゃ序盤グダった分、巻いてこうかッ!」
「あの、ほんとに、さっき危なかったの忘れないでくださいねっ!?」
可愛い相棒との連携をメインに、疾く魔人墜としを成し遂げようか。
なお権能の推理は置いといて、現時点で攻略の運びは百パーセント間違っている。
か、解法が無数に在るのは良ゲーの証だから……。