炎宴に踊る蒼天の星 其ノ肆
耐久値の存在しない『魂依器』は、武装特効などの効果を合わせて瞬時一点に馬鹿げた負荷を喰らうでもない限り〝破損〟という形に陥ることはない。
なので盛大な釘打ち程度で【真白の星剣】の剣身が砕かれることはなく、魔人の身体へ突き立った白剣は巨塔の鋒となって炎躯を確かに穿っただろう。
我が魂依器は床代わりで足蹴にされたとあらば、容赦なくノータイムで顔面へ柄頭を叩き込んでくる『嫌と言えるタイプの剣』……なので一応ほんのり扱い注意ではあるのだが、しかと〝武器〟として運用する限りは割かし大らかだ。
「…………ぁ、あとで謝った方が、いいでしょうか……?」
「へーきへーき。むしろ【剣製の円環】の魔剣に関しては『オラ掛かってこいや』くらいのスタンスだと思うよ、アイツ負けず嫌いだから」
つまり、後退して並んだ俺へ投げられたソラさんの心配は杞憂というもの。
つまり、今の俺たちが気にするべきは目の前に在る脅威のみ。
着弾から数秒。轟音、静止────からの瞬時赤熱を経た砂塵の極大塔がボコリと粟立つ。それはまるで、水の内から浮かんだ泡が弾けるように。
刹那、己が威力で以って鋒を砕き喪失するまま壁面に掛かっていた魔剣は、端から端までを余すことなく溶解させて四方八方へと千々に弾け飛んだ。
『────ッィヒ……』
「ッハ、まぁだ笑える余裕があるかよ」
然して、勢いよく飛来した硝子の飛沫から当然のように俺たちを守ってくれる反射光……【鏡法】殿が操る〝鏡〟の概念を信頼するまま目を向ける先。
こちらもまた当然のように五体満足で立つ姿を見せ付ける【炎の魔人 ヴォルキドゥン】は、鳩尾に半ばまで埋まった星剣をそのままに肩を揺らして笑っていた。
効いてないぞ、とでも言わんばかり────だがしかし、システムは正直だ。
「さっきよりは、通ってるな」
「ほんの少し、ですけどね……」
注視すれば奴の頭上に表示されるHPバーには、先程までのミリ削りと比べればだがハッキリとしたダメージが刻まれている。それは今の連打が有効だった証。
誠に結構。殴れば減るなら殴り続けるのみ。
そしたらまあ、なんか知らんが、ようやく〝なにか〟をしようと思い立ったらしい魔人が轟々と唸りを上げて〝火力〟を蓄え出したので……。
「『廻れ水渦、撚り集え波濤────」
いざ第二ラウンド、返し手を整えよう。
「────像なき盾は心意に宿り、容なき刃は現に揺らぐ』」
基本威力的には中位に分類されるも『総合的な応用性および万能性』を加味してギリギリ高位に位置付けている《メイルストロム》は、いろいろと悪いことを企みやすい水魔法カテゴリにおいても三本の指に入ると言われる悪戯性能を持つ。
それは例えば、周囲の水を呑み込むことでインスタント大魔法と成り得る簡単お手軽が過ぎる拡張性なども然り。しかし、それよりもなによりも……。
他ならぬ【曲芸師】の手に在って、飛び切りの悪さをしでかす特性は一つ。
『────────ッ!』
おそらくは突撃のプレモーション。
ゆらりと身を屈め、口のみならず全身から可視化されるほどに滾る熱波の息を放ち、炎を体現する魔人が一歩を踏み出そうとした瞬間のこと。
────それもまた、効いてねえぞアピールの戯れか。
「《メイルストロム》」
抜こうとする素振りも見せないまま、突撃の同行者にされかけていた俺の置き土産。つまり、術者の武装を基点として遠隔で水禍の大輪が顕現する。
そう、輪。即ちソレは【真白の星剣】を胸に埋め込まれたヴォルキドゥンを中心として発生した円であるがゆえ、荒れ狂う水が直接奴を襲うことはない。
だがしかし、
「そら、ドカン」
無問題。標的は奴本体ではなく、奴が撒き散らす馬鹿馬鹿しいまでの〝熱〟だ。
雰囲気と情報圧から、触れるどころか近付いただけで『三法』の加護を貫通してダメージを貰うのが容易に想像できるほどの圧倒的な熱量。
そんなモノの至近に突如として〝水〟が生まれたのなら……しかもそれが、かの【水俄の大精霊 ラファン】より祝福を受けて爆増した出力を以って、超圧縮された大質量の水であるならば────この世界で何が起こるかは、言わずもがな。
『──、』
魔人の突進は勿論、その声すらも届かず。ただ爆音と水蒸気と轟風のみが押し寄せる只中で、咄嗟に俺の手を掴んだ傍らの相棒を支えるまま目を凝らす。
凝らして……成果に一つ、ほくそ笑んだ。成程なるほど────
「ご覧ソラさん。アホかてぇけど、殴り方の融通は利くらしいぞ」
「……普通は、そんなに叩き方のバリエーションなんてないと思うんですけど」
まんまと一歩の腰を折れた瞬間に確信はしていたが、晴れゆく水蒸気の向こう側で更に減少したHP表示を視界に捉えて結論一つ。
立ち振る舞いは終始なんというか気味悪いの一言だし、絶やさず纏っている何かしらの『鎧』は相変わらず。だがやはり、総合的に評してしまえば……。
「余裕だな?」
「もうっ……さっき危なかった人の台詞じゃありません、よ!」
特に、負ける気はしない。
先の死にかけ案件を棚に上げて笑みを向け、然らば当然の如く可愛らしいツッコミと苦笑い交じりの微笑を頂戴────同時に、左右散開。
空けた隙間を突き抜けたのは、勿論のこと【双拳】様の轟砲連打。斯くして、とうとう自発的に笑みを歪めた魔人のリアクションは……──
まあ見た目によらず、頭に熱の上るペースに関しては随分のんびり屋なようで。
ここまでされて、ようやくもようやくぶちギレた様子。自らの胸より抜き放った杭を忌々し気に投げ捨てるまま、脚部より赫炎を炸裂させた魔人が豪速で跳ぶ。
速度はそこそこ。まあ一般人なら対処がキツいかなというレベルだ。
身一つ、ゆえに向かう先も一つ。標的に定められたのは……なんというか、ショウとサヤカさんを除いて四者四様に好き放題ド突いてはいたけれども。
「ッハ、そうこなくっちゃなァ‼︎」
まあ自然。言葉も添えて特段に敵愾心を稼いだと思われる、俺だった。
ちなみに物語最初期からブレず主人公が対エネミー戦で乱暴な煽り文句を叫びがちなのは、アイデンティティである「一緒に楽しもうぜ」という我儘が『意思のあるとしか思えない振る舞いの怪物たち』にも無意識に適用されているから。
基本的に口が悪くなるのは相手、つまり『とにかくプレイヤーぶっ殺す』というエネミー共通のノリに引きずられているがゆえのことである。
そんなの読み取れるわけないだろ。
※オマケ
多くの人に正しく読まれていないであろうメイルストロム君の詠唱読み正答。
『廻れ水渦、撚り集え波濤、像なき盾は心意に宿り、容なき刃は現に揺らぐ』