炎宴に踊る蒼天の星 其ノ弐
「それでは僭越ながら、まずは僕が────!」
察するに、魔人が大人しくしている内に自分は検証を終えるべきと判断したのだろう。俺の号を聞き入れて一発、真っ先に構えたのは兄弟が片割れ。
北陣営序列第五位【剣法】のレン────大きく弧を描いて振るわれた左腕に淀みはなく、その眼前にて形作られるのは刀印と呼ばれる印相の一種。
所謂ところの、忍者ポーズ。
だがしかし、その身に宿す力は決して忍ぶ類のモノではない。
「〝剣法招来〟」
鍵言に従って溢れ出でた力に舞いはためく法衣の奥、胸元に秘めた首飾が光り輝くと共に『三法の連なり』ではなく『単一の個性』が顕現する。
然らば、
「「──────」」
阿吽の呼吸。構えを整えた瞬間のこと、言葉も視線も交わすことなく〝剣〟の足元に眩いばかりの反射光が生まれ、その身体を豪速で跳ね飛ばした。
流石に脚で食ってるような俺と比べてしまえば、まだ常識的な範囲内。けれども純戦闘ビルドではない事実を加味すれば十二分に驚異的な速度の一歩。
そうして〝鏡〟の権能を借り、彼の姿は一秒を以って敵の目前。【剣法】が披露する『攻撃行動』は……真っ向からの、体当たりだ。
第六階梯魂依器【三法御剣・燕呑】。
結界構築の柱としてではなく、一つの魂依器として秘める権能は────レンを基点とした周囲五メートルにおける、単一概念の顕現および掌握操作。
その名も【剣法】が従える概念とは、言わずもがな〝剣〟に他ならない。
「────ッせい‼︎」
気勢一発の着弾と同時。広間を劈くのは鈍い激突音と聞き紛うばかりの重低音と化した、夥しいまでに撚り重なった斬撃の多重サウンドエフェクト。
あくまで顕現するのは概念……というか、現象のみ。
つまりどこぞの【大虎】の四肢と似た形で、レンの〝剣〟は姿を現すことなく『剣が獲物を斬り付けた』という事象のみが世界に刻まれる。
それゆえ、俺たちの目に映るのは────
「怖っわ」
「……見えない、剝き出しのミキサー…………」
ノーモーションでジッと【炎ノ魔人】の土手っ腹を睨むレンの姿と、彼を基点に吹き荒ぶ不可視の剣撃がメチャクチャな勢いで魔人の炎身を斬り散らす光景。
とまあ、アレだけでも十分に上澄み戦士と肩を並べられるレベルの『力』ではあるのだが……────やはりというか、なんというか。
キラリと、再び反射光。
「ッ……いや、ダメですね。手数で一点突破みたいな解法ではないようです。物理でも魔法でもない概念ダメージも特効ではないらしい────ショウ、ありがと」
「おつかれレン」
いやはや見事な兄弟連携……ともあれ、爆速で行って帰ってきたレンの戦果は俺たち同様のミリ削り。物理耐性も魔法耐性も用を成さない特殊攻撃こと【剣法】の〝剣〟を以ってしてアレなら、やはり何かしらギミックの存在が濃厚か。
…………んで、
「マジ、どういうスタンス……?」
【炎ノ魔人】は、いまだ動かない。
ここまで来ると、豪快に襲い掛かって来そうな見た目に反して完全なる謎解きボスの可能性すら有り得────………………………………ちょっと、待て。
会敵より数分、なんか、こう……なんというか、
「ハル、あの……」
「あぁ、うん……」
なんか、暑くね?
現実比強靭無比なアバター、だからこそ。
「……ハル様。申し訳ないのですが────」
許容範囲の閾値が、常識よりも遥かに広いからこそ。
「────たった今、結界の護りを熱が上回りました」
「ですよねぇ……」
気付いた時には致命的という事態が、俺たちには割かし起こり得るのだ。
言葉通り申し訳なさそうな聖女様の申告を受けるまでもなく、アバターの肌が身を灼く熱を、瞳がステータスバー下部に点灯するデバフを認めている。
然して特級の加護に守られているはずの各員は一人残らず瞬時に汗だく。恐らく、あと一分も経たない内に流すのは汗ではなく生命になることだろう。
即ち、今。
「ゲンさん!」
「応ッ……!」
失敗している俺たちには、既に猶予など残されていないらしいってなわけだ。
判断は反射の即座。別に今までも舐め切って甘えた立ち回りをしていたつもりはなく、不気味な振る舞いをする初見の敵を冷静に読み解いていただけのこと。
それが不正解であると突き付けられたのならば、
「合わせるぞソラ‼︎」
「ッ、はい!」
こっから怒涛で以って、引っくり返せばいいだけのことだ。
「────────────ぜぁアッッッ!!!」
気の利いた技名など己には似合わぬとばかり、清々しいまでの咆哮と共に【双拳】が打ち放つは全力の正拳突き────然して、空間を磨り潰すは波動砲。
可視化された『気』の塊。スキルも武装も介さない単なる拳から放たれた、プレイヤーなど掠っただけで消滅しかねない馬鹿げたエネルギーの奔流が
「《水属性付与》ッ!」
「《光属性付与》ッ!」
漫然と、悠然と、凶悪な面に緩やかな笑みを浮かべるまま。ただ立ち尽くして矮小なヒトを睥睨する【炎ノ魔人】の鳩尾に轟音を上げて着弾した瞬間。
「共撚ノ杖剣っ……Ver.1────」
後へ続いた光輝は、空の色。
「────《蒼天》ッ‼︎」
次撃着弾。
水光の大輝剣が【双拳】の大技によって揺らいだ炎躯の〝傷跡〟に閃を描き、
「試製無刀術ッ……!」
続くは『決死紅』の燐光を引き連れた俺。振り上げるは、多段《天歩》助走からの瞬時円周突撃にて稼いだ推力および豪速回転の遠心力を全て喰らわせた右の踵。
外転出力『廻』臨界収斂。
加えてダメ押し《天歩》並びに『纏移』解放、および刹那を以って限界値へ蓄力を跳ね上げた《ルミナ・レイガスト》特殊アサルト《威風慟導》起動────!
そら、ご馳走してやんよ全部乗せぇッ‼︎
「────《神斧》ぃッ!!!」
着弾、着弾、そして爆裂。
音を置き去りに迸った【神楔ノ閃脚】が叩いたのは、やはり【炎ノ魔人】直前にある〝空間〟……しかし手応えは激甚かつ成した影響は過去最大。
魔人の巨躯が、鳩尾を蹴り上げる衝撃に浮いた。
各々代わる代わるの全力殴りでダメ、単身の超連撃でもダメ、ならば次は刹那ほぼほぼ同時の三連撃による一点連鎖攻撃だ。コレは流石に多少は効────
「────【紡ぎ織り成す金煌の衣】ッ‼︎」
瞬間、俺は死にかけた。
というか、魔剣の足場を駆け抜けて間一髪で俺を抱き庇ったソラさんの神判断がなければ、間違いなく死んでいた──……と、
そう薄っすら理解できたのは、激烈な炎の光が視界を埋め尽くしていたから。
「っ、ぅ……ッ!?」
【藍玉の妖精】謹製の【蒼空の天衣】が備える瞬間絶対防御の金光によって直接的なダメージこそ免れたようだが、爆発した【炎ノ魔人】の身体から放たれる激甚の衝撃波が俺を抱えるソラの身体を吹き飛ばす。
ならば当然、次は俺の番。守られてばかりじゃ相棒が廃る。
《フラッシュ・トラベラー》起動。
更に《星月ノ護手》起動、承認。
受け答えも確認も必要ない。ソラが俺に向ける全幅の信頼を疑わない────然らば護手の加護は、俺の手を取り身を委ねる者を安息の揺り籠へと抱き込む。
……とまあ、そんなこんなで、
「ッぶねぇ!? なんだアイツ馬鹿じゃねえの反則だろ初見殺しはよお!!!」
「……それを、お前が言うのか」
ズシャァッ! と着地、からの絶叫。
一瞬にして訪れた死地を脱して仲間の内へと舞い戻り、心のままに文句を叫べば珍しくゲンさんからツッコミを頂戴した。……と、それプラス、
「────っ…………び、ビックリ、しました……!」
バキンと割れた空間の裂け目より現われ出でるソラさんも、どちらかと言えば俺寄りの心境らしく胸を押さえながら心中を述べる。
なにがどうなって何が起きたのかサッパリわかんねぇ……ってのはまあ初見のボス全てに共通する常であるから仕方ないとして、それにしてもアレはないだろと。
ソラさんマジおソラさん。初見対処で生き残ったの奇跡だろコレ────
「…………なんで、今のをどうにかできるのか……と、ともあれ、見えましたね」
「そ、そう、だね……うん。方向性は、見えたかと」
と、揃って仮想の心臓をドキバクさせている俺とソラを他所に。
ショウから始まりレンへと続き、呆れ慄き等その他諸々の感情をピッタリ同期させつつ〝解法〟の手掛かりを得た兄弟が言う。
然り。唐突に酷い目には合わされたが、ゲーマーあるいはアルカディアンであれば攻略の方向性を察せられる材料が幾つも転がり込んできたのは僥倖だ。
一定値のダメージに対する反応行動。
そして、それに連動してリセットされた周囲温度。
そしてそして────気のせいでなければ、一回り縮んだ【炎ノ魔人】の姿。
相も変わらず、魔人は余裕ぶった態度としか思えない様子で佇んでいるが……成程。これが奴なりの『儀式』なのだとすれば見方が変わる。
つまるところ、
「……まだ始まっていなかった、ということでしょうか」
「でしょうねぇ……」
額に残った汗を楚々とした所作で拭いつつ、サヤカさんが呟いた言葉が全て。
俺たちが勝手に張り切っていただけで、まだ戦いは始まっていなかった。これはそう、おそらく……────戦の前に置かれた、挑戦の資格を問う前座だから。
時間制限アリの壁打ち、PvEゲーム十八番の『DPSチェック』というやつだ。
「んにゃろう、ふんぞり返りやがって……」
オーケーオーケー、そうとわかれば話が早い。
「ソラさん、全開でヨシ」
「あ、はは……了解、です」
最初から、別に攻撃が効いていないわけではなかったのであれば。
「────《地轟百塔》……‼︎」
面倒な儀式は安全圏から、秒でスキップさせていただこうか。
普通に対処ミスって全滅からのリスタートでもいいと思うんですけどね。
なぜ初見で生き残ってサラッと看破してギミックを灰燼に帰そうとしてるんです。
ってことで、大幅予定変更。ハルソラの見せ場ピックアップでカッ飛ばす予定だった【炎ノ魔人】戦、思いのほか楽しい感じなので全編ガッツリ描きます。