route:Team.B
『は? もう十層も登ったの???』
「まだ九層な。六十層の攻略は夕飯後」
斯くして、好調好調も絶好調の鍵樹攻略進撃初日における何度目かの休息。
仮想世界をログアウト、からの自室からもゲットアウト。足を運んだ四谷宿舎プライベートレストランにて、顔を合わせたニアへ進捗を報告すれば予測通り。
お上品にコトレッタを切り分けていたナイフを置き、シュタタタタと相変わらず見事な高速タイピングによって端末に連ねた言葉は驚き少々の呆れ偏重。
向けられた視線も当然のこと、またかコイツという色で満ち満ちていた。
「そんな目で見るな。これに関してはソラもセットだぞ」
『うん。だから、またかコイツらって顔ですケド』
「あぁ、そう……その辺も遠慮がなくなるくらい仲良しなのは、結構だけども」
重ねて、木登りは順調も順調。ペース的には伝えた者に漏れなく呆れられて然るべき攻略速度なのは間違いないので、ニアの反応も当然のことである。
勿論のこと、俺とソラだけの功績というわけではない。
「あの三人、やっぱ単純にぶっ壊れだな。三人セットっていう制約があるとはいえ、あれ以上の支援術士は未来永劫アルカディアに現れないんじゃないか」
と、掛け値なしに賞賛と畏怖しか湧かない北の〝巴〟然り。
「そんでもって、ゲンさんよ。あの人に背中預ける安心感ヤバい。マジで後ろに気兼ねなく暴れられるから、俺もソラさんもノっちゃって……前に出ても無敵だし」
と、周知の個性たる極度の対人上がり症……は置いといて。
これも周知の事実たる『東陣営の盤石』こと【双拳】様が台頭より世に積み重ねた、俺とは真逆方向にして本来の意味での信頼度然り。
「こりゃ、もしかしたらウチが百層二番乗りしちゃうかもなぁハハハ」
なんて、らしくもない冗談を宣える程度には戦力的な意味での不安はナシ。
今のところは聖女様もニコニコ俺を眺めながら加護を撒くだけで淑やかなものだし、聞けば双子ではなく一つ違いの兄弟とのことだった兄と弟も初対面の頃から変わらずフレンドリー。ゲンさんが微笑ましいのは常として……。
中々どうして、悪くない雰囲気のパーティだ。
────といったところで、俺の報告は了。ならばお次は、
「で、そっちは? どんなもんよ」
『んー?』
ニアが俺の進捗を聞きたがったように、俺も彼女たちの進捗に興味がある。
なんせ組分けを早々に終えた戦闘三陣営の俺たちが集会場から捌けた後、残ったアーシェおよびヘレナ女史……そして職人十席の密な会議により────
『姫は姫だし、キミのお師匠様は剣聖様だねぇ……』
選抜された四名。即ち【赫腕】【灼腕】【遊火人】そして【藍玉の妖精】を『緑繋』攻略第一幕に引き続いての職人枠としてキャリーすることが決まったトップ二人が、百層より舞い戻って第一層から再び怒涛の大進撃を行っているから。
どうやって舞い戻ったのかなんて、そんなもの。
百層到達から第三回星空イベント開始までの僅かな時間で、再び百階層を逆走攻略しただけである────まあ、うん。なにもおかしな点など在りはしないな。
『今朝から始めて、今あたしたち何層にいるか知りたい?』
「知りたいような、聞くのが怖いような……」
『それ、あたしが普段ずっっっっっと曲芸師に対して持ってる感情だからね?』
ま、なにはともあれ。
お互い歩みは順調そうで、なによりってことで。
◇◆◇◆◇
「とまあ、そんな感じだってさ。気が付いたらニアに追い抜かれてるかもしれん」
「あ、はは……流石ですね、ういさんもアイリスさんも」
その通り、流石ゆえの多忙を極めていると思しきアーシェ欠席の夕食後。再び仮想世界へログインした俺は、これも再び入場した鍵樹迷宮にて相棒と談笑中。
安全地帯と化した五十九層のボス部屋……ではなく、
「本当に、東陣営は単体戦力の格が違うなぁ……」
「ほぼ完全にキャリーされてるね、僕ら。手を出す余地が見当たらないし」
と、今日の攻略が始まってから何度となく聞いている感心の声を零す兄弟と、彼らに守られながら「ふふふ」と穏やかに場を見下ろしている聖女様。
こちらもすっかり気の抜けた顔をしている支援役の御三方を引き連れて、身を置いているのは紛れもない戦場────即ち、鍵樹第六十層迷宮区の只中である。
ならば会話の後ろ。ドゴーン、ズガーン、ボガーンと、そりゃもう賑やか極まるBGMを奏でているのが誰かといえば当然のこと。
「……なんかこう、ゲンさんはアレだよな。ういさんやアーシェとは若干別方向だけど『無敵』って言葉が似合うよな。流石は俺の体術教官」
「体術教官は、関係あるんです……? いえ、無敵っていうのは同感ですけど」
単身にて。一般基準の六人編成ならば秒で圧し潰されても不思議ではない規模の怪物津波を、双つの拳にて磨り潰している【双拳】殿だ。
「ッ────」
無声の気合い、右拳が唸る。
然らば荒ぶは轟音と衝撃。まるで見えざる巨人の剛腕に攫われたが如く、振るわれた正拳の正面に在ったエネミー群がゴッソリと吹き飛ばされて光と散る。
「────ッ」
無声の気合い、左拳が猛る。
然らば劈くは空間と敵手。まるで突風に千切られる木の葉が如く、振るわれた薙拳の軌道延長に在ったエネミー群がバッサリと殴断されて光と散る。
言わずもがな、ムチャクチャな光景。しかし我らがイスティア序列持ちや親しい者ども、そして彼のファンであれば十分に見慣れた光景でもある。
東陣営現序列第九位【双拳】────またの名を憧憬の体現者。
その身に宿るは、身体一体型……どころではない稀品。
どこぞの【銀幕】に並ぶ超稀少『魂依器』が宿るは、その全身。一度は分かたれた魂依の器と再び全てを結び合った彼は、言うなれば仮想世界唯一の魂依器人間。
第六階梯【夢追ノ魂願】。秘める権能は努力成立の確約。
簡単に言えば、彼の武人が胸に秘める〝憧れ〟を形と成した魂依器は────
「───────ッ」
億を優に超える気の遠くなるほど地道な修練の果てに、あんな風に拳一発で化物どもを容易に吹き飛ばす……単なる拳圧を生み出せるようになることも、
「ッ──────」
はたまた、こんな風に。地を叩く掌底一発で化物どもを容易に転ばせる大地揺れを引き起こせるようになることも……────果ては、
「むぅんッッッ──────‼︎」
重ね突き放った双拳より、もうそれ拳圧ってか完全にビームだろとツッコまざるを得ないファンタジーを放てるようになることも、全て。
本人の熱意と膨大な努力によって、実現を可能とするモノである。
然して、本人自体が魂依器と化している……つまりは『本人そのものが装備品として枠に重複してしまう』がゆえ一切の武装を身に着けられないなど、なにそれギャグかと言いたくなる制約やら他の能力やら諸々あるのだが────
ま、とにもかくにも。
「おつかれゲンさん。ナイスファイト」
「む……あぁ、すまん。少し手間取った」
「…………えと、あの。ど、どの辺りが、手間取った判定なんでしょう……?」
彼も彼で、イスティアンの鑑であるってなわけだ。
然して綺麗サッパリ大群エネミーが一掃され、開けた目前にはボス部屋の扉。
俺&ソラとゲンさんで一層ずつ前衛後衛を交代しての攻略道中は、六十層へ至ってもなお進撃速度に陰りは見えず。互いに支援の手を挟む余地もなかったため、結局は見守るだけで交互に休憩していたようなものだ。
ので、支援役様方の加護も併せて疲労もなんもかんも驚くほど微。ってか無。
この扉の先に座すのは例によって格が違うと予想される十層刻みの階層主ゆえ、流石に今回は全員共闘の形になるだろうが……各員のコンディションは十全だ。
つまるところ、無敵のパートナーと無敵の先輩に加えて〝巴〟の御三方による無敵の加護も在るとあらば何が待ち受けていようと負ける気がしない。
戦力過多も過多、少なからず相手が気の毒になってきた────
「ご苦労様です、此度も実にお見事でした」
と、後方より歩み出て……というか、運ばれてきて、相変わらず他五名を見下ろす位置から、ほわんほわんと笑顔および労い並びに称賛を振り撒く聖女様。
何者に運ばれてきたのか、何故に物理的な位置が高いのか。それは彼女が立派な〝馬〟に横座りで腰を預けているからで、ではその〝馬〟が一体全体なんなのかと言えば彼女が調伏している【星屑獣】に他ならない。
サイズ感は現実的な成馬と同程度。しかし蹄と尾の部分が炎のように朧に揺らぐ不定形の影となっている姿からわかる通り、歴とした幻獣タイプ。
オマケに俺のサファイア、ソラのルビィやニアのヴィス。
そして先日の『緑繋』攻略でお披露目されていた【群狼】の従える大狼モナークに次ぐ、確認されている中では五体目の能力持ち特殊個体だ。
で、
そんな気高く神秘的な雰囲気マシマシの幻獣に見初められ、いよいよもって『聖女様』としての格を確固たるものとしているサヤカさんに笑顔を向けられて、
「………………ぁ、あぁ……」
此処におわすは照れゲンさん。こっちもこっちでいよいよもって萌えキャラである────と、そんなことはさて置いておき。
「さて、行きましょうか。今回は流石に俺たちも見せ場くらいあるでしょう」
「仮に無くても、そろそろ無理矢理にでも働いておかないと恥ずかしいよね」
とかなんとか言いつつ、ぶっちゃけた話アホほど馬鹿げた埒外の支援効果で間違いなく俺よりもソラよりもゲンさんよりもパーティに貢献している御三方の三分の二が、心持ち張り切っているような顔で扉へと手を掛けた。
重ねて、この場にいる誰にも疲れはナシ。
ならば兄弟二人の手に待ったの声を掛ける者などいるはずもなく。
「っし……んじゃ、まずは俺が突っ込みますんで」
「……あの、ハル? 私を置いてかない程度で、お願いしますね?」
「背中は任せろ。機を見て俺も前に上がる」
ぞろぞろと続き、見上げるような巨大な扉の隙間から踏み入った広間。
空間を満たす暗闇に恐れも怖れも畏れもなく、互いが齎す安堵に甘えて緊張感のない言葉を交わしながら……身を投じた、階層主の間にて。
待ち受けていたのは、部屋の中央と思しき位置で揺らぐ火の粉。
然して、刹那。
「────……成程ね。ま、人型には違いない」
炸裂したのは、光と熱。
一瞬にて暗闇を吹き飛ばし、広間を煌々たる轟炎の明かりで満たしたのは鍵樹迷宮第六十層階層主────至極単純たる、そのエネミー名は、
「【炎ノ魔人】……」
斯くして、ぽつりと名を呼んだソラの声音を皆が聞くと同時。
十メートルを優に超えるまで膨れ上がった大火とヒトとの争いが、幕を開けた。
ちょっと予定変更してハルソラのメインディッシュ明日に移します。
でも明日も連投になるから許してくれるよね。
【夢追ノ魂願】魂依器:第六階梯
本文で記したことが全て。
努力すればするほど絶対に本人が強くなる、ただそれだけの魂依器。
ただし成果が確約されているとはいえ、その成長率は第六階梯に至ってなお口が裂けても芳しいとは言えない微々たるもの。修行すれば絶対に強くなれる、努力を止めなければ絶対に強くなれる────果たして、その確約を信じて気の遠くなるような修練の道を一歩、また一歩と歩み続けられる人間がどれほど存在するものか。
ちなみにネーミングの由来は指パッチン。
ゲンコツさん自身には噛み合わない由来だけれども、彼の原動力たる〝憧れ〟やら何やらが複雑に絡み合ってベストミーニングになっていたりいなかったりする。