今の二人
実装もとい〝萌芽〟を経て仮想世界に顕現した『鍵樹』の内。
果たして如何ほどの高みへと続くものやら、見上げても歩んでも全貌の見えぬ樹路の迷宮にプレイヤーが挑み始めてから早一ヶ月弱。
表に名を現さない強者が足を踏み入れている可能性はゼロではないが、第五十層まで辿り着き更なる先へと歩を進めた者は知る限りでは『序列持ち』だけ。
訂正、加えて序列持ちに匹敵する極僅かな例外だけ。
ともあれ、短い期間で三十層を突破して『上層』へと至っている者たちが現時点では一般カテゴリでの頂点層。そしてその最精鋭ですら三十一層から始まる地獄の大空間無限エネミー津波に手を拱き、攻略を遅々と詰まらせているのが実情だ。
つまるところ、三十一層以上が『上層』と呼ばれているのは世間が未だに〝先〟の情報を手にできていないがゆえのこと────満を持して五十一層へと足を踏み入れた瞬間、俺たちは真なる鍵樹上層域というものを理解した。
広大な通路で構成されたアホみたいな規模の大迷宮。そのアホみたいな広々通路を埋め尽くさんばかりに襲来する多種多様かつ手強いエネミーの大群。
そして時々、降格雑魚という名の過去に相対した鍵樹ボス。
本当に、詳しく、語るまでもないことだが、いろんな意味で頭おかしい。
もうコレ常時逃走重点が正攻法だろとしか思えない物量および質の暴力。真っ向からのガチ攻略を想定したデザインとは思えず、ともすれば俺たちは現時点で鍵樹頂上を目指すための攻略ピースを欠いているのではと疑わざるを得ない様相。
地獄というのも生温い難易度、世に言う理不尽ゲーの類だ。五十層までは一般枠でも四柱出場者などの最上位層であれば挑みようがある範囲ではあったが、流石に『こりゃ六人編成じゃ無理だろ』と俺たちは即座に意見を一致させた。
さて。それでは、張り切って攻略を開始してから計十時間弱。
非一般枠が今どこにいるかといえば、
「せぇ────‼︎」
「────んのァッ‼︎」
息を合わせるための掛け声ではなく、威気を発するために紡いだ声音。
斯くして剣一振りに手が四つ。三メートルを優に超える刃長に相応しい長柄に力を連ね、主の権能およびステータスおよび半身のステータスが束ねられた砂塵の大剣が閃き────空間を打ち揺るがすは、衝撃と轟音。
『──────────ッッッ』
相対するはギラギラと光沢のある鈍色の鱗を輝かせる〝竜〟のヒト。第六層で戦り合った『竜闘士』ことリザードマンではなく、マジ寄りの竜人。
長い首、太いが縦横無尽しなやかに動く強靭な四肢、ぶっとく長大な尾。そして凶悪な角を備えた刺々しい面に納まっているのは、縦に裂けた鋭利な瞳孔。
鍵樹迷宮、第五十九層ボスエネミー【至龍 エルヴァド】────体高五メートルを超えるであろう巨躯そのものとて只人では太刀打ちできない凶器の癖して、その身を超える極大剣を巧みに操る『馬鹿つよボス』の具現が如き存在。
そんな存在と刃を打ち合った俺たちは、勿論のこと────
「ッふ、ぅう……────ッ‼︎」
「────オッッッラぁア゛ッ!!!」
負けるわけが、ねぇんだよなぁ?
『ッ────‼︎』
確かに、間違いなく、知性を感じさせる竜人の瞳が眇められた瞬間。身体も意識も別々それがどうしたと力を合一させた俺たちの〝剣〟が拮抗を破る。
二人分のステータス、プラス【仮説:王道を謡う楔鎧】由来の膂力、プラス俺の技術およびスキル全開の推力諸々、プラス相棒の技術およびスキル全開の推力諸々────そしてダメ押しにプラス、俺のアバターに力を与える天秤の加護。
なんもかんも全部を重ね合わせるなんざ、今に至っては朝飯前だ。
なお現在は夕飯休憩直前のタイミング……なんてアホ思考は置いといて。
「────」
言葉は要らない。俺は前へと進むのみ。そうすれば、
「────ッ!」
ほらな、相棒は隣にいる。
そして、天秤は此処に在る。
その剛手より大剣を弾き飛ばされ、地響きと共にたたらを踏んだエルヴァドの懐へ飛び込むと共に……外転出力『廻』臨界収斂、解放。
更に両碗《拳嵐儛濤》全弾斉射六百発および《天歩》並びに《天閃》重ねて『纏移』全開出力────四凮一刀、試製無刀術。
「《鼓》ぃッ‼︎」
着弾は竜の土手っ腹。然らば並のボスどころか低級であればレイドボスですら揺るがすであろう瞬間超連鎖浸透撃が巨体の内部を突き抜けて……間断なく。
「《天歩》」
再点火一歩、向かうは天井。
「《双剣の円環》」
天秤が、傾く。
「《地轟ノ巨塔》ッ‼︎」
顕現するは、赫灼たる炎砂の巨剣。押し固められた溶岩の如く暴虐な熱と輝きを放つ、塔と見紛うばかりの魔剣が往くのは……当然のこと。
〝主〟が見定めた、討つべき〝敵〟の命。
然らば、半物半魔に加えて物質貫通の無法を備えたソレが【至龍 エルヴァド】を透り抜ける────そうして一瞬後に訪れるのは、
『ッ……────ゴ、────────────────ァッッッ!!!!!』
燃え滾る炎砂の巨剣が、その身に秘める威力の全て。それを防ぐ術なく余すことなく全身に摺り込まれた竜人の、哀れなまで〝死〟に近い絶叫。
そして、天秤が傾く。
「────『ならば〝王権〟は我に在りて、首を垂れるは不要なり』」
三十レベル分、跳ね上がった魔力を身体に抱いて。どうにかこうにか思考の端っこで留め置き続けていた唄を継げば、手中に揺らぐは水禍の大剣。
魔法士上級技能こと『発動保留』……──の、修得前段階。
中級技能『詠唱休符』の繋ぎにて《千遍万禍》発動。からの、
「 顕 現 解 放 」
楔鎧掌握。Ver.千遍万禍。
「《玉奪の輝剣》」
天井より振るうは水輝の霊剣。降り落つは瀑布の如き斬撃概念の雨霰。
然して語手武装の権能を上乗せされ、瞬間着弾時に標的を基点として追従持続する〝斬撃の檻〟と化した《千遍万禍》の内。
『────────────────────』
死を目前とした、竜の瞳が鮮烈に輝いた。
瞬間、
天秤が、傾く。
「《氷剣の円環》」
膨れ上がる情報圧。満身創痍の竜人が開け放った顎の奥で煌めく種火。
ゲーマーならば誰もが『最後の脅威』を想定して然るべし。警戒を以って慎重に一歩退き、来る〝なにか〟を乗り越えるため身構える場面に在って────
俺の隣を駆ける相棒は、竜の眼前より一歩も引かず。
「《霜葬の千剣碑》」
その身に侍らす氷剣の花を、至竜へと静謐に贈り手向けた。
◇【至龍 エルヴァド】を討伐しました◇
◇第五十九層の攻略を確認しました◇
はい前菜。
え、なに。他の人たちなら呆れた顔でボス部屋の端にいましたけども。
聖女様は誰かさんの勇姿を生で見られてニッコニコ。