樹上を見据えて
アーシェ本人も議事の進行等を容易くこなす能力は持っているが、やはりというかなんというか序列持ちにとっての『取り仕切り役』といえば彼女である。
「まずは皆様、第三回ワールドイベントの方お疲れ様でした。つきましては当件に関しまして、何事か報告共有を要するものがございましたら、会の初めに」
それゆえ、堂々つらつら並べる言葉で以って場を動かしていくヘレナさんの会議進行に、口を挟む者など存在する訳がな────
「あの震動。関係してんのは誰だ?」
────……くも、なかったようで。
おそらくは会議ついで、開幕の頭でイベント間に在った各々の報告を共有しておこうという運びだったのだろう。しかし彼女がソレを言い切る前に、逸ったのか単に遠慮ナシなのか……まあ、性格ってか性質を考えるに後者。
手は上げず、ただ声を上げたのは、我らが東陣営の序列第十位。
用意された席にドッカリ座り、足を組み肘掛けに肘を突いて見事お手本のような我が物フェイスを披露している【銀幕】ゆらゆら。
気の抜けるプレイヤーネームに反して、纏う気配は剣呑一歩手前の荒っぽさ。そこまで含めて彼あるいは彼女の俺様ムーブはファン垂涎のアレなのだろうが……。
「…………なに見てんだ。別におかしなことはしちゃいねぇだろが」
「なんで俺個人に向けて言ったの?」
ハイハイいつものと微笑ましいモノを見る顔を向けるか、あるいは気にすることは何もないとばかり話の流れを耳で追うか。なぜかピンポイントで威嚇された俺を含めて、ゆらの振る舞いに気圧される者など此処にはいない。
「────ひぃっ……!?」
「ビビる必要ねぇぞ雫。アレはそういう芸風だ」
いや一人いたわ。西陣営の職人たちが集まる席の最中で、緑色幼女こと【雨音一粒】殿が極悪銀幕フェイスに慄いていらっしゃる。
その傍で彼女を宥める第三席【灼腕】殿が似たようなサイズ感ゆえ、より一層に哀れな小動物感が引き立てられていた。可哀想に────
「それについては」
「多分だけど、私たちが原因」
なんて、早速わいのわいの騒ぎ出すには早過ぎる。そう落ち着いて判断したのだろう、声を上げて場を取り成したのは連ねて二人。
【剣聖】と【剣ノ女王】と、剣の名を冠する頂点の並びだった。
「簡潔に説明すると、以前から話していた『大迷宮』をクリアした」
「最奥に座していた〝ぼす〟を、アーちゃんと二人で下して参りました」
そして始まるアーシェ先導、時々お師匠様のほわほわが混入した事情説明。ほぼほぼ前者の手腕によって簡潔かつ迅速な報告がされていき……──
「────以上。……お披露目は、説明した通り先になるけれど」
「ふふ……お楽しみに、です」
「「「「「──────────……」」」」」
会議の『ついで』の一発目。もうこれ以上はないだろってレベルで俺たちの度肝を抜く戦果を語った剣冠二人は、それぞれほんのり満足げに言葉を終えた。
で、それを受けて。
「…………成程な」
一人で勝手に〝なにか〟を納得した様子の【銀幕】ゆらチョロに関しては、もうちょいアレコレを仲間に語っても罰は当たらないと思う。
思うが、まあ今更のこと。彼あるいは彼女の諸々を知り、友情からの放置を決め込んでいるのは果たして俺だけではないようで。
「はぁ……では他に、要共有の情報を持っている方はいらっしゃいますか?」
おそらくは、慣れ切った〝主〟の無茶苦茶っぷりに対する溜息一つ。特に話の発端へ質問を向けることもなく、ヘレナさんが議事を進行する。
ゆらチョロ放置の異議もなく、また別に手を上げる者も特にいなかった。
「それでは、わけのわからないトップ二人のアレコレは脇に置きまして」
「……ヘレナ?」
「なにやら酷いことを言われたような……」
「早速ですが、本題に移らせていただきたいと思います」
こういう場で立ち回っている姿を見るたび思う。【侍女】様つよい────とまあ、俺も周りも『本題』に際して気を引き締め直すとしまして、と。
「イベント以前に話を共有しておりました通り、これより序列持ち各位による鍵樹攻略の本格化を開始いたします。ご質問等は如何でしょうか?」
今度こそ、手も声も上がらない。然らば女王様は静かに頷き、
「では、改めましての確認を────西陣営を除く三陣営序列持ちの皆様は、揃えて鍵樹五十階層の攻略を終えた段階ということで間違いございませんね?」
追従する頷き、即ち肯定が三十余り。
スケジュールを組んでイベント前日に丁度五十階層の攻略を終えた俺たち同様、戦闘可能三陣営の序列持ち全員が時期を決め攻略階層を揃えたのが準備段階。
例外はなく、直接戦闘を本領としていない者……例えば、今もってか場に赴いてから延々と謎に熱の籠もった視線を俺に照射していらっしゃる聖女様こと【玉法】様も含めて、東南北の総勢三十人プラスアルファが任務を達成したことだろう。
プラスアルファの内訳は、我らがクラン【蒼天】の非序列持ち人員。名を叙されていないのが不思議極まりない俺のパートナー様は勿論のこと、先日の『緑繋』攻略戦において序列持ちに追従し得る戦力と判断された期待の新星カナタ君だ。
「「………………」」
なお二人とも、俺の両脇の席で至極お利口さんに沈黙遂行中。
その様子だけ見れば、ただただ愛らしい少女と愛嬌の色濃い少年。しかしながら双方の実力を名持ち全員が認めたゆえに、二人の席は用意されている。
────言わずもがな、別に『準序列持ち』と呼ばれるような実力ラインにいる強者が現在のアルカディアに二人だけ、ということではない。
過去に序列称号を拝した元序列持ち、例えばロッタなどのプレイヤーも候補には上がったが……今回は『目的地』に記されている参加可能人員数が推定六名という前提条件の下、トップ戦力との連携その他を鑑みて二人が呼ばれた形だ。
ま、かのヘレナ女史の采配とあらば内からも外からも異議は挙がらないだろう。
ともかく、正確な総数は序列持ち全員……から、既に百層攻略を終えているアーシェと我が師を除いた二十八名プラス追加二名の三十名。
現状最高戦力と称して差し支えないだろう、三十名。
「結構です。それでは────」
その攻略ラインを示し合わせた理由は、ただ一つ。
「序列持ち総員の迅速な鍵樹百層到達を目指すため、組分けと参りましょう」
特別の名を冠するとて……否、冠するからこそ、我らは歩み続ける遊戯者。
この世界に向ける目は、いつだって疾く駆ける道を探すままに。
「はぁ……………………ったく、クソめんどくせぇ」
「ボクは木登りより冒険がしたいんだけどなぁ……」
なんて独り言を零しているのは、東の旅人と北の【旅人】────ま、十人十色。モチベーションの多寡も多少は仕方ないだろうってことで一つ。
それでもノルマは果たして集合には応じるルーちゃん。偉い。
ちなみにチョロはソロで五十階層まで登りました。怖い。