再始動
【Arcadia】────仮想世界アルカディアを内包する世界唯一のVR機器。
筐体とゲーム名が同一ゆえ稀に「ややこしい」などと言われることもあったりなかったりするらしいが、実のところ『アルカディア』は正式なゲーム名ではない。
正しくは、かの仮想世界にゲームとしてのタイトルは実のところ存在しない。
【Arcadia】と名付けられたVR機器によって実現された世界。その世界に開発も運営も先住者たちも名を付けていなかったがゆえ、招かれたプレイヤーたちが仕方なく機器の名称ままで『アルカディア』と呼び始めただけの話……と、
まあ、そんな具合に。サービス開始から約四年という月日を経て、そういった歴史やら小ネタやらが文字通り無数に乱立する常識を逸した夢のコンテンツ。
世に出て以降、注目も話題も止むことはなく。
やれ未来人が作った、やれ地底人が作った、やれ宇宙人が作っただのと、そのものの存在を問う根本の議論さえ尽きることなく溢れているのが平常運転だ。
然して、そんなオーバーテクノロジーも甚だしい機械仕掛けの箱舟について日夜『ありえねー』と語られている目玉要素の一つが、時間加速技術。
現実比1.5倍の速度および密度の時間が流れるアルカディアにおいて、プレイヤーが体感する十秒は十五秒と化すという理屈不明の超技術。
理屈不明にして、意味も不明。
今なお世界中で仕組みを研究されている【Arcadia】の稼働理論云々について人類の理解度進捗は、ただただ恐ろしいとしか言えない迫真のゼロ。
世界有数の知者がネジの一本までバラバラに分解して、得られる知見はハテナが一つのみ。著名な科学者が口にした『これはベッドだ。とても寝心地の良いベッド。僕に理解できる機能はそれだけだ畜生』という感想が過去に流行したらしい。
勿論のこと時間加速に関しても、肩を竦めて苦笑い以上の所見は語られず。
その代表的な超常機能は『絶対安全』という四谷開発の保証ほぼ一つを傘に、今日も今日とて現実よりも忙しない仮想世界を動かしている。つくづく恐ろしい。
斯くして、そんな感じの完全無理解で恩恵に預かっているわけだから────
「────……で。キッカリ一時間、と」
これで三度目ではあるものの、帰還に際して一切の現実味がないのも致し方なしといったところだろう。ファンタジーここに極まれりだ。
三泊四日のサバイバル……もといウルトラ快適森間バカンスを終えた後。
メンバー各位との別れを惜しみつつ、アナウンスに従いログアウトすれば出迎えたのはイベント出発より一時間後の自室の天井。
現実比1.5倍どころの話ではない。ワールドイベント【星空の棲まう楽園】参加者を抱く時の流れは、実に百二十六倍であるからして。
もう本当に無法も無法。笑うしかない。
そうとも。俺たちプレイヤーは、腹の底から大笑いするまま『ありえない世界』を提供してくれる未来人あるいは地底人あるいは宇宙人……あるいは〝神様〟に、ただただ無知蒙昧を許容して特大の称賛を贈るのみだ。
「…………………………っはぁ」
今回も楽しかった。それでいい────と、いったところで未来予知。
「……っは。あーはいはい、知ってた知ってた!」
自動で扉を開閉してくれる夢の箱舟より一時下船。もうすっかり順応した仮想と現実の劇的身体能力格差を乗りこなし、向かうべき先は択ナシにて歩み迷わず。
現在時刻は午後十時。ま、訪ね人も許せる時間だろうて。
然して玄関口。扉を開ければ、立っていたのは当然のこと呼び鈴で俺を呼んだ誰かさんが一人……────ではなく、二人。
『やっほーおつかれー』
片や、つい先程までイベントフィールド『鏡面の空界』で顔を合わせていた専属細工師殿こと、緑眼ふわふわキャラメルブロンドのリリアニア・ヴルーベリ嬢。
そして片や、
「────三日ぶり。ハグしていいかしら」
「いいぞ。ほらニア、お姫様が熱烈なハグを御所望だ叶えて差し上げろ」
純白の髪にガーネットの瞳。今日も今日とてリアルでも現実離れした色合いが眩しい、世界の姫ことアリシア・ホワイト嬢の並びであった。
◇◆◇◆◇
「さて、無駄だと思うが言っとくぞ。君たち夜遅くに無警戒で男の部屋に押し掛けるのは甚だ如何なものかと俺は思う次第であるからして────」
『もういいのー? もっとするー? ほれほれ遠慮は無用だぞー!』
「もういい、十分。……十分って言ってる、ニアがしたいだけでしょう」
「ハイ出ました無視。聞いてすらいない」
何故に他人の部屋へ来といて当人ガンスルーでイチャついてんのかと、それはまあ戯れで焚き付けた俺が悪いので好きにやっていただいて構わない。
お茶だって出すさ。イベント終了と同時に当然の如く秒で押しかけてきたのには予想が叶って呆れもしたが、来訪自体は予定していたことだし文句もない。
というのも、順風満帆ここに在りってな具合で終始ただひたすら楽しく……まあ、うん────俺だけ水着女子たちと水遊びに興じた(興じてない)という特大の罪過を理由に二日目の宴で現役アイドルとデュエットを強要されたとか、同じく二日目の夜に到来した『夜襲』が初日を頑張り過ぎたゆえのことか一気に〝竜〟参戦までステージがカッ飛んでおり阿鼻叫喚のお祭り騒ぎになったとか、三日目の朝に性懲りもなく俺の寝顔を観察するだけでは飽き足らず何を血迷ったかコッソリ添い寝を敢行しようとした駄妹が『それはアウト』と藍色娘に現行犯逮捕されたとか、とかとかなんとかアレなイベントも盛り沢山ではあったが、
ま、基本は楽しく羽を伸ばさせていただいた星空イベント第三回の来たる前。
「二人とも……ニアはコレとして、ハルも余力がありそうね」
「おうよ。なんといっても、頼もしいメンバーで溢れてるからな我らがグループは。流石に初回みたいな地獄絵図連弾からの疲労困憊コースは完全に卒業したぜ」
とかなんとか言いつつ、最終日。
つまり先程まで十二支ボス格勢揃いの『大群』という表現では生温い星空の津波を相手に、メンバー総出にてガチの全面戦争を演じていたのは内緒の話。
正直、なっちゃん先輩こと【糸巻】殿を招待していなかったら無被害は危うい域の難易度だった────とはいえ、俺も四ヶ月前からは随分と成長しているので。
「予定通り十一時からだろ? 全く問題ない。【曲芸師】は参加にチェックだ」
嘘も偽りもなく元気は満点。
精神的には三泊四日の休日を得て普段より充足しているまであるゆえに、わざとらしい元気アピールを披露して笑いを誘うくらい朝飯前である。
「そう、わかった」
なお正面、脇もといゼロ距離に激懐き美少女一名を侍らせる姫は迫真の無表情。慣れていなけりゃ読み取れないとかじゃなく、これは完全に無の表情なやつ。
アーシェにダル絡みするのに忙しいニアは見てすらいない。哀れな男である。
とまあ、馬鹿の馬鹿は置いといて。
一時間後、集合は南陣営ソートアルムの集会場。イベントで英気を養ったか張り切って疲労を抱えたかは各々それぞれだろうが、そこは責任感があるというか基本的に義理堅く真面目な性質を備えている『序列持ち』のこと。
おそらくは、ほぼほぼ欠席もなく総勢四十人プラスアルファが集うことだろう。
なんのためにって、そんなもの────
「ハル」
「うん?」
「お茶よりハグ」
「いろんな意味で勘弁してください」
「ニアごとでいいから」
「ニアごとでいいから???」
『あたしはべつにいいですけども!!!!!』
「お前はアレだろ実は既に眠いんだろ。大丈夫か起きてられるか?」
一旦さて置いていた、鍵樹攻略再開に関する作戦会議をするために他ならない。
とかとかなんとかアレなイベント盛り沢山はアルカディアン諸氏の心に在るよ。
それでは第六節、張り切って参りましょう。