上々開放感
アルカディアの世界における『天気』や『気温』といった要素には、基本的に時期の移り変わりといったパラメータ変動は起こり得ない。
それゆえ『天候変化』をフィールドのギミック的な一要素としている地域を除いて、遍くエリアの気候は基本的に不動が常である。
我らが【干支森】なんかは典型的かつオーソドックスな穏域型。
おそらくは森中という環境が反映されてのことだろう、ほんのり涼しめな気温設定。天気に関しても雨や曇りなど拝んだことは一度もなくサッパリした快晴続き。
比べて、此処。名称未定の仮称『湖』周りも同じく穏やかな気候で、ほんの少し気温が高いかな程度。ゆうて暑いまではいかず、過ごしやすい範囲の内だ。
昨日の夕方に見つけた時、そして今も快晴であることから天気に関しても現状ほぼ同様と見られる。一応どこかのタイミングで突発的ハリケーンでも飛来する可能性がないでもないのがファンタジーだが、その時はまあその時。
さておき、普通に考えて海水浴もとい湖水浴するには少しばかり気温が低い。
春か精々がギリギリ初夏辺りの雰囲気で冷たい湖の水に飛び込むなど、普通に考えれば風邪っぴき待ったナシお馬鹿さんの所業に他ならないだろう。
普通なら、な。
「ぃやーっほ──────ぃ!!!」
たったか、からのバシャバシャ、からのドザッパーン。
一連の流れに一切の躊躇いは見受けられず、小学生にも負けないようなテンションで盛大に湖面を賑やかしたのが誰かなど言うまでもないだろう。
そんなオレンジ色の背中を見送る俺が思うのは、ただ一つ……振袖、そのままで水に飛び込むんだなぁと至極どうでもいいことだけだった。
とまあ、現実的な身体であれば体調にダメージを負う可能性の高い暴挙だが、仮想世界における俺たちプレイヤーの身体は普通じゃないので問題ナシ。
頑強ステータスに大して数値を振らずとも、Lv.100へ到達したカンスト体であるという時点で基礎的なスペックは常人に非ず。灼熱の火山地帯や極寒の雪山地帯でもなければ多少の寒暖程度でどうこうなるものではない。
どころか、強靭な肉体に引っ張られ心地良く感じる『温かさ』や『冷たさ』の閾値がリアルと比べて遥かに広いため、冷たい湖の水とてなんのその。
体感的には現実で温度調整されたプールと何ら変わりはないだろう。ということで、諸々の水遊び的コンディションに関しては全く問題ないのだが……。
「……度胸あるわね。一ミリも躊躇がなかったわよ」
「あははー……まぁ、うん。序列持ち三人の安心感がヤバいのもありそう」
「私、戦力外だけど」
俺と同じくほんのり呆れた顔。戦士系プレイヤーと比べ無力虚弱貧弱な職人様が恐れ知らずに湖へ飛び込んでいった様子を見送った他三人の反応こそ然るべし。
環境的には問題ないが、しかし環境的に少々問題アリ。何故なら此処は非安全地帯。水温だの何だのよりも、余程注意すべきモノが────
「っうお、跳ねた……」
「獲物が入って来た、から?」
まあ、居るわけで。
個人的なアレで反射的にビビってしまった俺が一人。
そして本当に心から勘弁していただきたいのだが、水着とかいう逆の意味で恐ろしい防御力にて引っ付いて来ようとする駄妹が一人。
どこぞの赤いのへ見舞うよりかは気持ち優しめな頭部鷲掴みの刑にて進攻を阻み阻まれつつ、遠くの湖面で上がった水飛沫を暢気に眺める計二人。
然して、残る二人はお役目中。
「ま、心配ないか。バッチリ〝網〟は張っといたから、小魚一匹たりとも通さないわよ。破れるようなデカい奴の気配も少なくとも今は感じないし」
水着姿でも堂々華麗に〝糸〟を繰るのは、名高き南の【糸巻】様。
「んんんんんー…………────うん、大丈夫そ。ちっちゃいのも中くらいのも、近付いて来る気配は全然ないね。完全に怖がってるというか警戒して離れてる」
そして、パレオだけでなく追加でパーカーまで羽織り、堂々の対極にて身を縮めながら〝眼〟を光らせているのが、こちらも名高き西の【藍玉の妖精】様。
ニアは分類的には『感知タイプ』とはまた違うが、魂依器を解放して本気を出せば索敵において基本えげつない性能を発揮するのは知れたこと。
加えて大元のタイプは戦闘系ではなく感知系だという【糸巻】様こと子猫様なっちゃん先輩様による二重の意味での〝網〟があれば、安全確保に不足ナシ。
更に加えて……────湖に潜む水生【星屑獣】を警戒させる圧を放つ、超対極的なサイズ感の〝主〟が目もとい星を沿岸で光らせているとあらば。
「んじゃ行っといで、お嬢さん方。野郎のことは気になさらず。サフィーたちと遊んでるから本当にマジ一切合切なんも気にせず女子会するといいさぁどうぞ」
なっちゃん先輩の言う通り、心配ナシ。仮に問題が起きたとしても、なっちゃん先輩がこれまた文字通り現場にて『どうにでもする』ことだろう。
眩しい……布面積的な意味で正直ぶっちゃけ最も目のやり場に困る装いをしていようとも、彼女は栄えある南陣営の序列第七位様であるゆえに。
「アンタも来りゃいいのに。裏側なら歓迎してあげるわよ」
「 結 構 で す 」
ほらな、意地悪な笑顔で後輩を揶揄うのも物の見事お手の物だ。
しっしっと追い払うジェスチャーをかませば、わかっちゃいたが彼女も彼女でシチュエーションに多少なり浮かれてはいるのだろう。
普段であれば『縊る』と即座に糸が飛んできても不思議ではない生意気を見せたわけだが、子猫様は揶揄いの笑みを継続するままスタスタと湖へ歩いていった。
猫なのに水は平気なのだろうか────っと、
「ほら、お前も行ってこい。いくら粘ってもソレでスキンシップは許さんぞ」
「むぅ……」
いい加減に鬱陶しくなってきた妹分の拘束を解くと共に、これで勘弁とガシガシ乱暴に頭を撫でてやれば声音は不満気ながら満更でもない顔。
流石に今回は俺が退かぬと諦めたのだろう。ハッキリ言われてもなお執拗なリィナちゃんではなく、素直に身を離した妹分はとてとて湖に向かい……。
「…………」
「んぇ」
無言のまま振り向いたかと思えば、刹那の転身。
ほんの一瞬で纏う空気を一変させたアイドル様に間抜けな反応を見せた俺へ、少女は蠱惑的な微笑みを披露しつつ────ペラっと捲ってポージング。
「可愛い?」
それは果たして、トータルのことを言っているのか。
はたまた、誰かさん曰くの『可愛いお腹』のことを言っているのか。
いい加減にしろや、仕舞いにゃ泣くぞ俺。
「ハイ、カワイイデス」
「ふふ……照れてるの可愛いから、許してあげる」
さめざめと泣きたい気分だった。
んで、とてとてとてとて駆けていった無敵娘も水遊びに加わり────
「「……………………………………………………」」
残されたのは、都合二人。
目が合ったのは、魔の輝きを鎮めてなお煌めきを絶やさぬ藍色の瞳。
「………………どした?」
「…………う、うん。え、と……」
はて、さて。
こっから先は、天国か否か。
全員かわいい。