それは地獄か楽園か
〝夏〟といえば、なにか。
根本の素がアレゆえ『暑い』と、一切の面白みがない感想が一発目に浮かぶ俺みたいなのは置いといて。多くの者は大体こういった答えを返すだろう。
『お祭り』、『花火』────そして『海』と。
『海』とは良い響きだ。過去のトラウマがアレゆえ『こわい』と、もうどうしようもねぇ感情が一発目に浮かぶ俺みたいなのは置いといて。まあ一般的には多くの者たちの心を惹くモノと言えよう。母なる海、避暑の海、大いに結構。
そんでもって海を思い浮かべ、また多くの者が連想の先で〝夏〟といえばを言葉にする折。勢い余って、こう答えてしまうことも少なくはないだろう。
それ即ち……────『水着』と。
「んどうっっっっっっっっっっっですかぁ!!!!!」
堂々の、仁王立ち。
なんかもうキャラ立ちゆえに全くもって意外感のない行動をなぞり、俺の前に立ったのは普段に増して喧しもとい眩しいオレンジ色が一人。
その普段とは違う姿……例えば彼女のファンなどであれば目にする栄誉を泣いて喜ぶのであろう眩い姿を見て、というか『逃がさんぞ』とばかり見せ付けられて。
まず、俺が口にするのは、ただ一言。
「……………………………………………………お似合いです」
とにもかくにも、女性は褒めろ。それで世界は上手く回る。
バツイチ三十三歳アイスクリーム屋の店長様より賜った薫陶に、今日も今日とて学を叩き込まれた男は逆らわず従っていた。
「ふっふーん! そうでしょうとも!!! ────ちなみに可愛いか綺麗かだったらどっちですかねぇハルさんの素直な感想をノノミちゃんはご所望です‼︎」
「えぇ……」
結果、追加を要求されて俺は死んだ。とかく今の世の女性というものは、哀れな男を振り回し引き摺り回すものである────
さて、といった地獄な一幕が強制展開される流れと相成ったAM10:00。朝っぱらから何処へ来たのかといえば、昨日に見つけた〝とある場所〟だ。
サファイアの背に乗り、拠点から全速三十分弱。我らが【干支森】を飛び出し、広大な草原を眼下に翔け抜け、北へ北へと一路カッ飛んで行った先。
有名な『地球のヘソ』の如く大地に鎮座する一枚の超巨大な岩山。その上に存在する、ささやかな自然の緑に囲まれた大きな大きな水溜まり。
『海』ではない。陸に囲まれて存在するそれは、巨大な『湖』であった。
雰囲気的には手放しで褒められる良も良。鬱蒼とまではいかず程よく周囲を囲む草木は嫌味なく涼やかさを演出しており、背の高い木々がないゆえ岩山の上……つまり高所から見渡せる景色も控えめに称して絶景の一言。
肝心の湖に関しても、外周部は丁度良い浅瀬が続いており急に水深がガッといくこともない『どうぞ遊んでください』とでも言わんばかりの造り。
一切の淀みなく透き通る水は清浄で美しく、ニアと共に魔工師の目を用いてアイテムとして鑑定したところ驚き桃ノ木アホみたいに澄んだ水質だった。
現実基準で言えば余裕で人が飲めるレベル。
そして、なにより目を楽しませる特徴として────っと、
「あら~? あらあらあら~? なーんですかジッッッと見ちゃってアレですかノノミちゃんの魅力によーぅやく気付いちゃったんですかそうなんですねぇ! いいですよハルさんなら特別ですどーぞ隅々まで目に焼き付け────」
なんか五月蠅い。
オートマチックで虚無な現実逃避に走っていたが、そのものバカンスにもってこいなロケーションに来たりてノリノリなオレンジ色は逃がしてくれないらしい。
で、なんだっけ……可愛い or 綺麗だっけ?
「あー……俺、酸っぱいのが少し苦手なんだよね。嫌いじゃないんだけど、柑橘類って昔から自分では滅多に食べないんだよ。ミカンとかオレンジとか」
「は? ぇ、ん、な、え???」
「ただ、ほら。お菓子とかでオレンジ味とか食べると、あの唯一無二の爽やか風味に対して「やるなコイツ」的に感心ってか見直す瞬間があるんだよね」
「ちょっと待ってください。なんか聞いたことある────」
「そんな感じ。以上」
「終わった!!? ちょっと待ってくださいよ今のなんですか! またですか! 可愛い綺麗どころか、まーたポジティブなのかネガティブなのかすらッ‼︎」
可愛いも綺麗も死ぬほど言われ慣れているだろうて、今更なぜ俺なんかの素直な感想などを求めるのか理解不能……ということにして、明言は迫真の回避。
別に、他の女性に極力そういった言葉を掛けないよう気を遣ったわけではない。単にノノさん相手だと面倒臭そうだと思っただけだ。
人、これを『日頃の行い』云々と言う。
……いやまあ、ぶっちゃけ可愛いと思うし綺麗だとも思うよ。なんせ元アイドル様、現実ほぼそのままでも容姿は輝いていらっしゃるのは当然のこと。
纏う水着も仮想世界有数の職人【彩色絢美】が腕を振るったモノとあらば、役者も衣装も超の付く一級品だ。そりゃそうだろう。
なんだろうね、この振袖水着。初めて見るタイプだが浴衣の清楚さと水着の涼やかさ、そして両者の方向性が異なる華やかさを両取りした見事なデザインだ。
まず間違いなく〝和〟を作品主題とする彼女が手ずから仕立てたモノ。これに関しては流石としか言いようがないクオリティである────さて、
「あれ、アンタ着替えないの?」
思考を飛ばしての現実逃避からノノさん弄りの現実逃避で不毛な梯子を行ったとて、慈悲無き現実は目前に現れるのを待っちゃくれない。
背中をつついたのは、普段と変わらぬ子猫様の声。
湖を正面に地べたへ胡坐をかいて黄昏ていた俺の、わざわざド真ん前に回り込みドヤ顔仁王立ちを披露したノノさんがアホなだけであって、本来ならば彼女のように後ろから声を掛けてくるのがシチュエーション的には正解だ。
そりゃもう、こんな風に────
「………………………………………………………………………………わぁ……」
覚悟を決めて振り向いた男が、刹那で覚悟を粉微塵にされるまま、視界に広がった光景に複数の意味で心臓を絞られるような感覚を味わうまでセットでな。
秒で脳裏に浮かんだ言葉など、ただただ『眩しい』の一言だけである。
俺は生憎、おそらく無限に種類が存在するのであろう水着の種類および名称なんてものに関する知識がない。精々がビキニやワンピースといった一般常識レベルの名前を当たり前に知っている程度のモノだ。
だからこう、なんだ。全員なんか違う形をしていますねくらいのことしか思えないわけだが、それ即ちトップレベルの服飾魔工師二名が各員にバッチリ似合う品を用意したということに他ならず……──だから、そう、なんだ。なんですか。
「っ……、……………………」
「感想、は?」
真っ直ぐ一発でパチッと視線が合い、バッと目を逸らしながらノノさんの影に隠れてしまったニアちゃん然り。相も変わらずの無敵っぷりで躊躇わず距離を詰め、至近から俺の顔を覗き込みつつ容赦なく感想を求めてきたリィナ然り。
そんでもって、おふざけノノさんとは違った雰囲気で自信満々堂々と立ち振る舞う……白髪と、それに負けず劣らず白い肌を晒す子猫様も然り。
「…………………………………………か」
もう本当に、諸々、言わずもがなだろコレと。
わざわざ口に出して言わなくてよくないですかダメですかそうですかと諦め悪く睨めっこに挑んだ結果、余計に目を焼かれてダメージを喰らった馬鹿一匹は。
「可愛らしいですよ、お嬢さん方」
「なに言ってんの?」
照れが限界突破した挙句に台詞と口調が同時にバグり、無事なっちゃん先輩より不審者を見るような目を向けられたのだった。いっそ殺せ。
「ちなみに、ナツメちゃんが着てるのはタイサイドビキニで所謂ところの強者しか着れない攻め攻めスタイルです。ニアちゃんプレゼンツ────でもってリィナちゃんのはフリルワンピース……と見せかけて、上のヒラヒラをペラッと捲ると可愛いお腹が見えちゃうトップ&スカートです。これもニアちゃんプレゼンツ!」
「捲る?」
「捲るわけねぇだろ逮捕されるわ」
そして始まる怒涛の水着解説 by 【彩色絢美】とかいう地獄。ヒラヒラを摘まみながら妖艶な笑みを向けてきた妹は本当にもうお前が逮捕されろ。
「でもってハルさん的メインキャストぉう!!!!!」
「ちょっ!!!!!???」
そしてそして、満を持して差し出される藍色娘。
もとい、期間限定のようなそうでもないような具合の真っ赤っか娘……なんてのは、おそらく俺も現状は他人のことを言えない体たらくゆえお互い様か。
いっそ殺せ。
「はーいニアちゃん水着ver!!! クロストップにビキニボトム! オマケに着てるとむしろエロ────ッげっふんゲフン!!! なんかこう余計に魅力的だよねと噂のパレオ装着ノノミちゃんプレゼンツですよィエーイ!!!!!」
いっそ殺せ。
頭から煙を吹き出しているニアも、おそらく心は同じ、そんな顔をしていた。
ここは外界より切り離された静謐なる湖。今に至って見渡せる風景は、様々な意味で華やか極まる『これぞバカンス』といった様相……────
なお現在、時の頃は迫真の十月。
〝夏〟ではなく〝秋〟なのだが、つくづく仮想世界は夢の世界であるらしい。
色は各自のパーソナルカラーをご自由に想像していただいて。
妹<<<子猫<藍色娘<柑橘類。
紅五点になった場合、奴は真ん中に納まる。