星が雪崩れて恐れ無し
────VM10:00。
即ち、現実比五割増しの速度で時間が流れるゆえ一日が三十六時間ある仮想世界における三十四時。日付が変わるまで残り二時間のタイミング。
【星空の棲まう楽園】開催時にて例外なく全てのプレイヤーに対処を要求する定時イベント。通称『夜襲』は言わずもがな催しにおいての目玉要素であり、またグループ全体の最終的な報酬量に直結するスコアを稼ぐためのお祭り騒ぎでもある。
定刻、星屑の獣たちは光り輝く【星屑の遺石】を求めて猛進する。その津波を食い止めると共に、来たる連中から更なる遺石をぶん取るのが『夜襲』の概要だ。
で、貯め込んだ【星屑の遺石】の量に比例して襲撃の最終規模が決定されるイベントの仕様上、日中の狩りとは比べ物にならないレベルで戦果を見込める夜にどれだけ稼げるか気張れるかが、ぶっちゃけ全てと言っても過言ではない。
ここで手を抜くなり防衛偏重で討伐を重視しないといった立ち回りは、意図的に襲撃規模を絞ることで平和なバカンスを過ごしたいグループに限られるだろう。
つまるところ、基本的にプレイヤーの『夜襲』に対する意気は一つ。
一匹残らず殲滅あるのみ。それが可能か否かはグループ毎の戦力によるだろうが、まあ意気込みだけは大抵ほぼほぼ似たり寄ったりだろうってな具合────
だから、まあ、うん。
張り切るのは、毎度のことに違いないのだが……。
「「「「「────────────────ッッッ!!!!!」」」」」
「男って生き物は……」
大盛況ってか狂乱混沌にて締め括られた宴会ライブステージより暫し後。
初日の襲撃が始まってから大体二十分程度が経過した頃合い、俺は物見櫓の高みより戦況を見物しながら呆れ二割の慄き八割を口から零していた。
前後左右、どこに目を向けても在るのは蹂躙劇。まだ初日ゆえ『猿』『狼』『猪』と出現する【星屑獣】が控え目ラインナップなのも要因ではあるだろうが、それにしたってもう完全に一般人主体の戦闘風景ではない。
やはり気迫。この仮想世界では気迫こそが個々人の戦闘力を爆増させる最重要ファクターなのだ────と、四方八方から耳へ届けられる狂戦士どもの雄叫びに軽く引きつつ、特に出番のないままサボっている俺を見る目が隣に一つ。
「ま、こういう馬鹿は『愛嬌』でいいんじゃないの。ウチは嫌いじゃないけど」
誰あろう共に暇をしている特記戦力こと、なっちゃん先輩である。
「流石にアレは魔性よ。そこらの男じゃ魅了のレジストは不可能でしょ」
「〝トップアイドル〟の肩書きは伊達じゃない、か……」
いつでも飛び出せるようスタンバっている俺と同様、戦場へ〝糸〟を張り巡らせ瞬時の対応に備えている子猫様。案外こういうアレには寛容らしく、物の見事リィナに魅了されバーサク状態にある野郎どもを見守る黄色の瞳は思いの外に優しげ。
「アンタはレジストできたみたいね?」
「でき、たのかなぁ……結構、こう、やられた感じがあるけども」
この異様なまでの勢いは流石にアイドル様の強烈なバフあってこそだと思うが、やはりグループの根幹戦力自体がイベント初期から跳ね上がっているのがデカい。
拠点も過去より遥かに大きくなり、それに従って防衛の体で襲撃に対する戦域もハチャメチャに広がっているのだが……個人の戦闘力が向上しているのは勿論、サバイバルを共にして培った絆から生じる抜群の連携が防衛網の突破を許さない。
鉄さんには冗談めかして「楽できそう」なんて言ったが、これ本当に少なくとも今夜の間は俺たちに出番など訪れないやも────
「「っと」」
櫓の上より、手を振るったのは同時のこと。
戦場の端にて生じたミスとも言えない単なる不運。巨体を以って進撃する大猪を真っ向から打ち返した戦士が一人、暗闇&森中という環境難に文字通り足を掬われ体勢を崩した……ところへ、物陰から飛び出した狼の牙が迫る悲運コンボ。
────然して、閃いた〝糸〟が巻き取り〝拳〟が撃ち抜く。
目前で宙へ磔にされたかと思えば瞬時に爆散した狼を見て、初期組大剣戦士ことA太氏は尻餅をつくままポカンと呆けること一秒弱。
動きを止めたのは、たったの一秒足らずのみ。
すぐさま跳ね起き振り向き嬉しそうにブンブン手を振り回して礼を示した後、再び元気よく戦線に復帰していった。正面から大猪を押し返していたパワフル然り、迅速なメンタルコントロール然り、彼もまた逸般人に成りかけの元一般人殿だ。
で、不意の一難が去れば。
「…………アンタ今、何百メートル〝拳〟飛ばしたの? フリズンなんとかの射程って、まともな威力維持すると五十メートルが精々とか言ってなかったかしら?」
「ハッハ、神スキルが更なる超絶神スキルに進化いたしまして」
「ほんとコイツ……」
「ちなみに今くらいのなら六十連射できる」
「きもちわる」
「それは言葉が強くない???」
と、刹那の出番を終えて再び訪れるは暇、暇、暇。
俺たちが普通に暴れると序盤の襲撃に限っては正直ヌルゲーになってしまうため、グループ全体の楽しみを優先するなら見守りに徹するのが吉ゆえ仕方ない。
ちなみに、もう一人の特記戦力に関しては単身だと特記戦力足りえない……わけでもないのだが、こと対エネミーの直接戦闘では実力を発揮しづらいゆえ職人組と留守番中。まあしかし、全体バフアップの功績を考えれば不参加にてMVPだ。
それも込みで、なんともかんとも。
「うーん……」
「……ったく、落ち着きなさいな。どっしり構えてるのも〝上〟の仕事よ」
「俺、誰かさん曰く『部下』タイプなんで」
「タイプはどうあれ、事実として今のアンタの立場はコレ。序列持ちらしくあろうって努力してんなら、その辺も当たり前に演じられるようになりなさい」
「へいへい……」
「『はい』は一回」
「へい」
「『はい』って言え」
「パワハラ子猫……」
「ぁ?」
「さーて永遠に引き籠もってるのもアレだし遺石拾いでもしてこよっかなぁ!」
「コイツ……あーハイハイ、行ってらっしゃい」
「『はい』は一回なのでは────痛って!? 蹴った今この猫マジ蹴りした‼︎」
愉快な騒ぎを前にウズウズしてしまうのは、根が陰キャの癖して祭りは好きな性格ゆえに致し方なし。なので、まあ、うん────
「普通に『猫』呼ばわりしてんじゃないわよ! ほら働いてきなさい、なッ‼︎」
おっかない先輩に高所より蹴り落とされて、賑いを冷やかしに行くのも一興っちゃ一興。適当に走り回って疼く熱を発散してくるとしよう。
ついでに、石ころ拾いにも励みつつな。
後方より見守る序列持ち×2とかいうアイドルライブも斯くやの安心感バフ。