天羽理奈
────人の関心を攫う。
それを成すために必要なことは、全部知っている。
動きで目を惹く。声で耳を惹く。そして、輝きで心を惹く。
前二つも欠かせぬ技術ではあるが、究極的であり絶対的である三つ目こそが『最大値』を決める全ての根底。それは即ちアイドルの戦闘力こと────
名を〝知名度〟という、ある意味で身も蓋もないステータスである。
「うぉっ……!?」
歩くだけで多くの視線を引き寄せる。擦れ違うだけで奇跡に見えたかのような反応を引き出す。それら全て、在れば自然と目を向けられる絶大な存在感が理由。
そして、積み重なったファンの数という形ある事実が自信へと連鎖する。
席を立って、賑いの中を一人で歩き出した。
ただそれだけ────たったそれだけのことで、場にいる百名余りの目を例外なく攫えると疑っていなかった少女は、果たして。
「……《夢幻ノ天権》」
その小さな身に集めた百余りの視線を、まるで羽のように軽々と受け止めながら。薄っすら微笑むと共に、ステージ開幕の鍵言を呟いた。
瞬間、溢れ出した幻想が宴の席を一斉に満たす。
唯一無二の星魔法が描き出すのは、ライブステージに必要なもの全てだ。
音はない。けれどあまりにも真に迫った〝描写〟から、幻影を目にする全員がスポットライト点灯音の幻聴を聞いた。空を彩る、鮮やかな花火の爆圧を感じた。
そうして、ただただ呆気に取られる者たちの只中を進み、
「はい、注目」
大きな切り株の上────否、いつしか小さくも立派な〝舞台〟へと映り変わった壇上に上がったリィナが、特に大きくもない声音を落とした。
ほんのり気だるげに……しかし、誰が見ても文句ナシに『可愛い』の一言しか思い浮かばぬであろう、怖ろしいまでに洗練された仕草で。
人差し指を、その小さな唇に当てながら。
「「「「「──────────……」」」」」
斯くして、堂々、ほんの三十秒足らずで、場にいる者たち全ての関心を独り占めにした少女が笑む。愛くるしく、無垢に、しかし妖艶に。
静寂の最中どこかで人の倒れる音が聞こえたのは、きっと不幸な事故だろう。どうあれ、誰も彼もそんな些事には構っていられない。
なぜかといえば、そんなもの。
「お利口さん。それじゃ……────私の歌が聞きたい人、手を上げて」
誰も彼も、腕がもげるかと思えるほどの勢いで天高く挙手を連ね、唐突に舞い降りた奇跡の機会を逃すものかと。天使の気まぐれを必死に今へ縫い付けるため、歓迎の歓声を以って仲良く狂乱を形成したからに他ならない。
それは例えば、宴会の隅にて。
「ぇ、こわ……」
『アイドル』だの『ライブ』だのに縁遠く生きてきた元一般人の青年を、シンプルにドン引きさせるに足るものではあったが……それはそれ。
ファンの熱に慣れ親しんだ天上人にとっては。そして悉くの期待に応えてきたからこそ、その位置に立っている紛うことなきトップアイドルにとっては。
「うん、わかった。いいよ」
熱狂も重圧も、単に心地良く背中を押す風でしかない。
再び音もなく、照明が落ちる────どころではなく、明かりに代わって闇が空間を満たし、ライトに先んじて場を照らしていた火の灯りさえもが消え去った。
闇という幻影。
遍くモノの五感を欺く星魔法の奇跡が、不可能を可能とした一瞬後。
「これ、シークレットライブだから、ね」
真っ暗闇から、薄暗闇。辛うじて周囲を見渡せる程度に開けた視界の中、燦然と一点を照らし出すは煌々たる一条のスポットライト。
それはまさしく『私だけ見えてればいいでしょ』とでも言わんばかり。
「参加チケットは、秘密の共有」
唯一輝く舞台の上。光を浴びて煌めくアイドル衣装を纏った【天羽 理奈】が、スモークを侍らしマイクを片手に悪戯っぽく笑みを振り撒く。
そして、有無を言わせぬ〝我儘〟をも振り撒きながら。
「イベントで見た私のことは……全部、誰にも、内緒、だよ?」
水色の瞳が向けられたのは、ただ一点。
「「「「「──────────」」」」」
「へ?」
然して、百余りの視線が間抜け顔を晒した青年へと向かい、全てを察したファン総員の胸へ『推しとの秘密共有』という絶対の順守事項が刻まれたのを確認して。
「ふふ……うん。それじゃ、一曲目」
どこぞの聖女に勝るとも劣らない魔性の少女が、いつの間にやら手にしていた光り輝く水晶玉を宙に投げ放つ────さすれば、溢れ出でるはメロディライン。
幕を開けるのは、当然のこと。
「【Mystic / unfaiR】」
知らぬことこそ望外の幸運。知れば誰もが羨むであろう、
とあるトップアイドルの、ソロライブステージだ。
Vocal :ミィナ ≦ リィナ
Dance:ミィナ >>> リィナ
Visual:ミィナ = リィナ
世間評価『可愛い方』:ミィナ <<< リィナ
世間評価『元気な方』:ミィナ >>>>>>>>>>>>>>> リィナ
ちなみに【Mystic / unfaiR】はミナリナの初シングル曲。
全く同じ歌詞で全く異なるメロディラインの3タイプが存在し、それぞれのソロ曲とデュオ曲で三度美味しい曲になっている。
作詞作曲:壬裕祐
うなぎちゃんの【perfect blue star】同様に世へ出ることは九割九分九厘ない。