満帆招宴
サバイバルイベント【星空の棲まう楽園】において、最も重要な人員は何者か。
第三回の今に至ってプレイヤーの意思は統一されているだろう。それは他でもない、活動の原動力となる『食』を提供することのできる〝料理人〟だ。
第一次にてノノさんがアレコレ賢しらに語っていらっしゃったが、結論から言って彼女の予測は一から十まで正しかった。料理スキルに目を向ける者たちが爆発的に増加し、仮想世界料理人の人口はイベント前の数倍にまで膨れ上がったらしい。
それでもなお、いまだ需要が供給に勝っている有様だ。総プレイヤー人口に比すれば稀少な料理人のスカウト合戦は、まだ暫く多くのグループで続くことだろう。
────で、そこんとこウチの事情はといえば。
「えっっっぐいわね……」
上を見ても在るのは大地ゆえ残念ながら星空レストランとはいかないが、夕闇の中に多くの火を灯した賑いの光景は十分以上に非日常を演出する雰囲気満点。
そして子猫が一匹、呆れ半分の感心半分といった様子で紡いだ言葉を向けたのは……──拠点中央大広場。土魔法士たちの手によって臨時召喚された、優に二百人は座れるであろう宴会卓の並び。その上に所狭しと広げられた〝贅〟の輝きだ。
溢れんばかり様々な料理の数々。それらの詳細なクオリティに関しては、右を見ても左を見ても夢中になってカッ喰らっている野郎どもの姿が全てである。
前回の第二次でプラス二人。更に今回でプラスもう二人の計五名。
ノノさん&鉄さんペアが引っ張ってきた追加の料理人を擁する我らがグループは、ご覧の通り『食』に関しても順風満帆を体現していた。
「これ、もう観光地にできるんじゃないの……?」
と、なっちゃん先輩が言うが割かし冗談ではない。
「それもアリだよな。此処、出現する【星屑獣】の種類そこそこ豊富だし。竜……は空中戦必須だからともかくとして、大猪やら虎やら馬やら騎乗系の択も複数あるわけだし。真面目に調伏目当てで来たいってプレイヤーも結構いそうだ」
正直なところ、グループの運営云々で言えば次回以降も延々と『仲間』の数が膨れ上がっていくというのも考え物。どこかで切り替える必要がある。
まずもって俺は絶対に管理など無理。他に誰か……例えば今も半分まとめ役を代行してくれているオークス氏などへ預けるにしても、負担は計り知れないだろう。
なので、きちんと諸々を考えていく必要がある。
「第四回からは、希望者を募って抽選で都度ご招待……とか?」
「ふーん……いやまあ、そもウチは招待客だから関与しないけど」
別に反応を窺うつもりはなく、会話の流れで隣に座る先輩殿へ向け話しただけ。然らば興味薄く跳ね返されてしまったので逆サイドに目を向けてみる。
そこへ当然のような顔で座っているのは、やはりニアちゃん────ではなく、なぜか友人を押し退けて俺の隣を確保したオレンジ娘。
藍色娘はといえば向かいの席にて、膨らませた頬をリィナにつつかれている。
「いやすっごい以心伝心。まっっっっったく同じこと考えてましたよ私」
斯くして、保有名声的に一応はグループ幹部的な立場にある【彩色絢美】
殿から返ってきたのは肯定的な言葉だった。
表面のキャラクター性がアレなので若干の頼りづらさはあるものの、根本的には俺などより間違いなく思慮深い人間であるのは知れたこと。
お飾りリーダーなどより余程アレコレ意見を述べていただくべき御方ゆえ、基本的に小難しい話はノノさんに投げるのが定例になっていたりいなかったり──
「やー、いくらアルカディアン諸氏が紳士淑女だらけと言えどもね。数百人規模を越えてくると敏腕レイドリーダーでもなければ統率なんて無理ですよ。組織としては、ここらでバッサリ〆ちゃった方が諸々の面倒は回避できるでしょうねー」
「抽選ご招待に関しては?」
「そっちも概ね賛成です。キッチリ『百名限定募集!!!』とかでいいんじゃないですかね。もっと安牌を取るなら半分の五十名くらいで定員を絞るのもアリですけど、ウチのメンバーたち中々しごでき揃いなんで割と余裕あると思いますよ」
とまあ、この通り。
ほらな。普段は惚けた顔して惚けた振る舞いしかしてないけども、この人こんな風にしれっとアレコレ思考を回してるのが常。流石は元アイドル様。
対人の極みのような世界に住んでいた人間だ。そりゃ頭いいに決まってんだよ。
「よろしければ、各班リーダーに伝達しときましょうか? こんな話が出てますけど如何ですーくらいのノリで。ノノミちゃん結構ヒマしてるので余裕っすよ」
「そうな。お願いしていい?」
「よいですともー! 承りぃ!」
話の始まりは子猫様の独り言だったが、元々ちょいちょい考えていたことでもある。とりあえずは流れが決まって一安心────ってなところで、
「なにかな君たち」
先程から、とうに気付いていた視線を拾う。
料理の補充で離席中の鉄さんを除いて、卓を囲んでいるのは俺含め五人。今は表の姿にもかかわらず周囲から『紅五点』と冗談ではない呟きがチラホラ聞こえる華やか八割な面子だが……その内、水色と黄色。
早々にパクパクモグモグ機嫌を直したお肉大好きニアちゃんは置いといて、なんとも言い難い目で俺を見ているのは序列持ちの先輩が二人。
「似合わない」
「似合わないわね」
「うるさいよ。わかってるよ」
果たして、どうせ失礼なことを思われていると予測して半眼を向けた俺の問いに返された答えは、やはりというか普通に失礼なモノだった。
こんにゃろ綺麗にハモりやがって。
「仕方ないだろ戦闘系の序列持ちが俺一人だったんだから。緊急時の指示を仰がれたりなんだりで自然とお飾りリーダーになっちゃったんだよ。頑張ってんだよ」
「あーハイハイ拗ねないの面倒臭い。別に馬鹿にしてるわけでもディスってるわけでもないわよ、単純に『アンタのキャラじゃないわよね』って思っただけで」
別に俺も拗ねたつもりはないのだが、自分でも知らぬ内に声へ多少なり不満が乗っていたのだろうか。稀に優しくフォローを入れてくれる時の声音で以って、なっちゃん先輩は言葉通り面倒臭そうに溜息と文言を追加してくれた。
溜息が余計だな。
「俺のキャラとは……」
「アンタどちらかといえば『部下』タイプじゃない?」
それはそう。俺は間違っても人の上に立つタイプの人間ではないだろう。
「え、そうですかね。ハルさん結構リーダーシップに溢れてると思いますけど」
然して、何故か上がる反対意見。揶揄われているのかと思いきや、隣に目を向ければノノさんは至って真面目な顔で首を傾げていらっしゃった。
「お兄さんは、基本的に『年下感』が強いから」
「お前は突然なに言ってんの?」
そして、場に混迷をもたらす言葉がもう一つ。こちらもニアをつつき回すのは早々に飽きたのか、小さな口で料理をチマチマ食べていたリィナも参戦してきた。
「部下、後輩、弟役なんかが似合ってる。性根が『可愛がられるタイプ』」
「本当なに言ってんだ。本人の前で性根を分析すんのヤメロ────」
「まあ、そうね。うん」
「なっちゃん先輩?」
「あーハイハイまあそうですね実は可愛い系なのは同意せざるを」
「ねぇほんとやめて。男一人囲んで女子のそういうやつガチで地獄だか────ら……っと、え、なに。なんで睨んでんの、どうしたニアちゃん」
「知らないし。女子に挟まれてるんだから君も女の子になっちゃえばいいよ」
「いやオセロじゃねぇんだわ。……あの、なんで爆速で拗ね再発してんの。なにがトリガーだったの。この席並びになったのは俺のせいじゃないんですが」
なにこれ。周囲からはそりゃ羨ましげな目を向けられているものだが、実際のとこ男女比1:4とか一度おかしな方向へ会話が飛べば居心地の悪さは地獄級。
ゆえに、どうしたもんかな、適当に離脱しようかな────なんて、曲者しかいない花園から男一匹、颯爽逃亡計画を画策し始めた折のこと。
「ぇ、どした……?」
俺に先んじて、不意にリィナが席を立った。
然して、四人分の視線を集めながら。虚を突かれ反射的に問うた俺を少女は振り返り……水色の瞳が、極々穏やかに瞬いて。
「うん」
いつもの如くの、無気力な声。
けれども、しかし。いつもとは少々異なる雰囲気を、まるで『ちょっとコンビニ行ってこようかな』くらいの唐突さかつ気軽さで纏ったリィナは、
「いい時間かな、って。……ちょっと頑張ってくる、ね」
「へ? ぉ、おぅ……?」
アイドル【天羽理奈】のファンであれば一撃で瀕死の重傷を負っていたのであろうウィンクを一つ投げ渡し、小さな歩みで颯爽と卓を離れていった。
宴会の平和が死ぬまで残り三十秒弱。
ちなみにノノミちゃんが主人公の隣に座ったのは、それよりなにより先に無意識か否か白猫子猫が隣にストンと収まりやがったゆえ「やべぇ恋人と妹で争奪戦が起こる」と瞬時に判断して争いの種を刈り取るべく身を挺したから。
元凶の猫は一ミリも意識してないがゆえ気付いてない。