藍を連れて青の中
「────はーいナイスファイト。何か質問は?」
「スタミナやばないです?」
「日々、鍛えられておりますゆえ」
はてさてどれだけ時間が経ったことやら、ようやっとラスト一人の相手が終わり新人交流会は無事閉幕。冗談めかしてマッスルポーズを披露したところへ拍手を頂戴して気恥ずかしい思いをしつつ、場の引き継ぎは第一次の仲間に任せて……。
「さて、お仕事しますか」
ここまでレクリエーション。そんでこっからが俺の務めだ。
礼の言葉など律儀に投げ掛けてくれる皆さんに手を振りながら、脚を向けるは迷わず一方。暇さえあれば飽きもせず俺を見ていた視線をズンズカ辿る。
然らば、その先にいるのは当然のこと。
「お待たせ。行こうぜ」
「誰に言ってますぅ?」
「勿論、そこの事前に言っといたのにキョトンとしてる我が専属殿に」
大きな切り株に仲良く集った女性陣の内。楽しげに俺を揶揄うノノさんを流しつつ、お手をどうぞと迎えを差し伸べれば藍玉の瞳がパチクリ瞬いた。
いやなんで驚いてんの。
「だっ、ぇっ、ぁ、もういいの?」
「見てたろ。終わったよ」
なにやらぽけぽけしているニアちゃんのお手を拝借、グイと引っ張り上げれば傍らから届くは「きゃー」と至極やる気のない囃し立ての声。
まあ、本日も適当なノリで生きているオレンジ娘は放っとくとして。
おそらく一人で何かしらイタズラをしているのだろう、なっちゃん先輩はクイクイと何処に繋がっているかも知れぬ糸を繰りながら迫真の我関せず。
でもって、こちらも大人しいリィナに目を向ければ……──
「……? いって、らっしゃい?」
今はベタベタする気分じゃないのか、はたまた邪魔はすまいと殊勝な心掛けなのか。妹分は素直に送り出してくれるらしく、小さな手を無気力に振ってみせた。
三者三様、気を遣ってはくれているのだろう。
なんとも言えん気持ちにはなるが、そういったお節介を受け取るのにも随分と慣れてきた。もうなにかある度に性懲りもなく恥を晒す俺ではない。
「んじゃ、夕飯までには戻ります」
「はいほーい。腕によりを掛けて御馳走用意しておきますよー! 一鉄君がね‼︎」
「期待しとくってシェフ一同に伝えといて」
こういう場の上手い逃れ方、やり過ごし方には鉄の掟がある。それ即ち『しれっと』『さらっと』『からっと』迅速かつ淡々と話を進めることに他ならない。
ってことで行こうかニアちゃん、はいよっこいしょ。
「口閉じとけ?」
「へ? ぁ、は──────────ぃいっ!!?」
《天歩》起動。一瞬前に立っていた場所は瞬きよりも早く遥か彼方。
極々自然かつツッコミを受け付けない流れるような動作で抱き上げ攫ってきた同行者は当然のこと腕の中で悲鳴を上げているが、三秒くらいで泣き止むだろう──
「ちょっと!!!!! いきなりロケット禁止って言ったよね!!!??」
訂正、二秒で泣き止んだ。随分たくましくなったもんである。
「いやあの、んなこと言ってもだな。冗長な旅立ちセレモニーなんて披露してたら絶対に四方八方から生暖かい視線の雨霰だったじゃ」
「羞恥心とニアちゃんの心臓どっちが大事なのかな!!!」
「どうせ前者も漏れなく後者に影響するだろうに……」
ちなみに、アルカディアにおける『心拍』の同期は現実から仮想世界へは作用するが、逆輸入はない。例によっての謎技術だが、仮想世界で途方もない衝撃に晒された俺たちの感情が現実の心臓に負担を掛ける可能性はゼロなので安心だ。
ということで、無事の保証されているニアちゃんハートは置いといて。
「それより、そっちもお仕事頼むぞ」
「むぅ、また流された……はいはいわかってますよーっと」
真面目部分を突っついてやれば……おそらく仮想世界で最も超高速機動に慣れ親しまされてしまった非戦闘員様が、お空に浮かべるは星二つ。
《月をも見通す夜の女王》────まだまだ夜には早いが、名前によらず物質を見通し視通す透視眼の権能に昼も夜も在りはしない。
ついでに軽く望遠鏡を凌駕する超視力も併せて高高度で発動すれば、ニアの瞳は比喩ではなく地平の彼方まで見通してしまうことだろう。
つまるところ、事前に示し合わせていた俺たちの〝お仕事〟ってのは……。
「そしたら適当に走るから、なんか目に留まったら教えてくれ」
「音速で適当に走らないでほしいんだけど……ん、了解っ」
脚力と視力、各々の特性を連携させての遠方広域調査。
早い話が『将来的に交流可能な距離に他のプレイヤーグループが存在しないか』などの調査含め、大々的なマッピング作戦を始めていこうぜってなわけだ。
なお俺にマップ製作のスキルはリアル技能的にもゲームシステム的にも存在しないので、後ほど然るべき技術持ちに制作を依頼する手筈。俺の『記憶』とリィナの助力があれば大して難しい話ではないだろう────
「………………なにしてんの?」
然らば、お仕事はお仕事でも気楽なもの。ほぼほぼ散歩と変わらない。
ゆえにおふざけも存分にしてくれていいのだが、はて。このヒトの頬を突っつき回してくる細っこい指には如何なる意味があるものか。
視線で問えば、しかし光を宿す藍玉は俺ではなく彼方の景色を見ていた。
「んー……んー、なーんかさぁ。君が堂々と『序列持ち』してるの見ると……」
「うん」
斯くして、十秒。二十秒。三十秒。
特筆して何かしらの感情を浮かべるでもなく、のんびりした声音の続きを待つも届くは頬をつつく指先の感触だけ。俺も空をたったか翔けながら、わざわざ先を急かしたりするつもりもなく……そんな気も、起きず。
ただただ二人、世界で二人きりのように、しかし賑やかな風の中。
「っは、なんだよ」
「あは、なんだろ」
お互いに、少々らしくない笑い方。
気付けば、少し。ほんの少しずつでも変わっていると、ふとした時に実感する。そんな風に、ほんのりと大人びていたかもしれない笑みを交わす。
いろんな意味で、俺たちは随分と遠くに来たもんだと。
いつだって前触れなく訪れる気恥ずかしい感傷を、空の只中へ置き去りにしながら。さらに遠くへ遠くへと、翔けていくままに。
大きくなってしまった背中を遠くに感じたのが、寂しくもあるけれど。
だからこそ、その隣にいられる事実を嬉しく思うこともある。
なんか章〆くらいの閉じ方ですけど終わんないよ。全然終わんないよ。
あと十話ちょいくらいで五節〆たいのに終わる気しないよ助けて。