紅点ハーフハーフ
建築ノウハウを備え技術に熟達した者がいるのであれば、仮想世界において『住居を建てる』というのは要求難度的にも所要時間的にも重労働には成り得ない。
然らば小さな個人宅二つを新たに建てる程度は数分程度で済んでしまうし、後に続く家具作りなんてものは暇潰しや娯楽の範疇である。それゆえ、初めこそ女性陣に混じっていた誰かさんが遠くでワイワイ騒いでいるのを傍目に……。
「は、ははーん成程……ぇ、ぁ、つ、つまり?」
「お兄さんと私は兄妹的な意味で相思相愛」
「そっかー……────ねぇリィちゃん見て見て私の顔。ノノミちゃん間違いなく人生過去一レベルで超特大の困惑に襲われてるよ。お姉さんビックリだよ本当に」
机代わりの、大きな切り株の上。隣り合って紙に〝お絵描き〟をしている少女が一人と女性が一人……──現アイドルと元アイドルとで先輩後輩の繋がりを持つ天羽理奈と野々宮蜜柑は、のんびり極々穏やかに互いの近況報告に興じていた。
「やはー、知らなかったなぁ……まさかそんな癖──オホンッ、ぇー、ぁー、そう。〝乙女の秘密〟を抱えてたなんて、もうこれっぽっちも全くもって!」
けれどもまあノノミ側の近況云々など全てが全て綺麗に吹っ飛び、話題は即リィナの兄妹騒動一色に。どちらかと言えば現実側でこそ仲良くしている関係なのだが、後輩にして妹分の片割れより突如カミングアウトされた事実は中々に奇。
オレンジ色の瞳を白黒させながら、パチクリ困惑と混乱に瞬くは【彩色絢美】。そんな先輩へ目を向けるでもなくカリカリ家具のデザイン案を描く【右翼】はと言えば……珍しく、ほんのり、揶揄うような微笑を頬に滲ませて。
「女優業は私の得意分野だから、ね」
「く……ッ! 先輩を差し置いたドラマヒロイン出演一抜けの威光……‼︎ へーんだノノミちゃんだって引退前に映画出演したもんねーっ!!!」
「なんの役だったっけ」
「『裏設定では主人公に昔から片思いし続けてて実は良い子だけど素直になれず悪役ムーヴしちゃってる残念極まりないお邪負けヒロイン』の役ですぅッ!!!」
「物凄くハマり役だった。絶妙に同情しきれないから可哀想とも思えなくて、結果的に半分コメディ担当の狂言回しみたいになってたのがほぼノノちゃん」
「酷い悪口を言われてる!!!!! ってかバッチリ覚えてんじゃん意地悪‼︎」
リィナは別に、無口なわけでもコミュニケーションを面倒臭がる質でもない。
そのことを知る者が隣に居て、尚且つ自分の分までペチャクチャ無限に喋り倒す半身が傍に居なければ、その小さな口は思いの外に饒舌だ。
「もー……アイドル業の話はいいんだってば。そ、れ、よ、り、スーパーウルトラ面白案件の曲芸師お兄様について語ってよ無限に聞ける。え、好きなとこは?」
「顔と声と性格と雰囲気」
「全部じゃん。いやわかるけども。スパダリだよね彼ほんと」
遠くから聞こえた剣戟の音に振り返れば、ちょうどまた一人。白蒼を纏う青年の前で『参りました』とばかり、清々しい顔をした挑戦者が大の字で転がっていた。
外面ヨシ、内面ヨシ、おまけにノノミ調べ大言ではなく仮想世界で五本の指に入りそうな強者となれば、現代において有数の良物件と言えるだろう。
────見立てではアレ、アバターの外見も〝素〟だもんね。
と、諸々の付き合いから得た情報を統合して自然と抱いた推測を、おそらくリィナも同じくしているのは想像に難くない。ほぼ確実に実年齢が近い事実を、良い悪いどちらで捉えたものかは微妙な部分ではあるが……。
まあ、ノノミの後輩は小さくても下手な大人より大人であるゆえ。
「リィちゃん大丈夫? 妹から女の子に転身しちゃわない?」
「ない。心配しなくても私、噛ませ役は演じたことないから」
「喧嘩売ってる? 『天性の愛され噛ませ役』とか空前絶後の悪口まとめ記事を書かれたことのあるノノミちゃんに喧嘩売ってるのかな?」
変に心配せず、素直に楽しく見守ればいいだけ。そこそこ長い付き合いゆえの信頼を以って、それだけは疑う必要のない部分だろう。
◇◆◇◆◇
「ん、ん、ん────────……うん、やっぱダメ。影も形もナシ」
拠点中央に建てられた物見櫓、その天辺。
それなりの高度。しかし風が吹いても軋みさえしないガッシリとした造りの展望台にて、藍に〝眼〟を光らせていたニアが紡いだのは戦果ナシの一言だった。
「そ。わかった、ありがと」
対する返事は、サッパリとした礼の言葉。
家具に関して特にこだわりもなく最終的には『おまかせ』の一言で親方を困らせたナツメが、友人に頼んだことは一つだけ────それはズバリ、探しモノ。
「どこかには隠れてそうだけどねぇ。流石に特別固体オンリーじゃないだろし」
「そうね。……まあでも、調伏を狙うなら結局は自分で見つけないと、か」
他でもない、彼女が調伏を果たした【星屑獣】こと小鼠の同族である。
「条件的には脈ありそうだよね。なっちゃんって本来は感知系なんでしょ?」
「大元の系統的にはね。得意かって言われたら、別にそんなこともないんだけど」
二人共々、比較にならない『空』へ嫌というほど入り浸った者同士。この程度の高度では既に心が揺れることもなく、交わす声は極々のんびり穏やかなもの。
吹き抜けるそよ風に白と藍色を攫われて……シンクロした髪を耳に掛ける動作を互いに見合えば、小さな笑みが同時に零れた。
「猫と鼠……」
「うるさい。いいでしょ別に」
「やっぱり惹かれるものが」
「うるさいっての。単に可愛いからよ、深い意味はないってば」
同性。しかも戦闘員と職人の戦友とは、珍しいものだ。中々に得難い縁であることを含め、できれば大切にしたいという意識が互いにある。
そして、それぞれ広く才のある者同士だからこそ、
「ここにいる種類でいったら、兎も可愛くない? 兎はどなの?」
「兎はNGね。遠慮しとくわ」
「えぇーなんでぇー?」
「調伏的な意味で好相性じゃないし────調伏的な意味で好相性じゃないからよ。……なによその顔、言いたいことがあるなら言いなさいな」
そんな互いの意識を敏感に読み取り合った上で、安心を以って交流を深めている。つまるところ、気の置けない友人関係の醸成は順調ということだ。
「っとに……安全枠だって信頼してくれるのは結構だけど、変な弄り方しないでくれる? ウチの八つ当たりは漏れなくアイツへ向かうことになるわよ」
「それはそれで……」
「それってどれよ」
「やー、こう、なっちゃんが先輩風を吹かせてるとこも、あっちが生意気後輩面でなっちゃん揶揄ってるとこも、どっちも可愛くて眺めてるの好きといいますか」
「おかしな楽しみ方しないで。引っ叩くわよ」
「序列持ちに叩かれたら、あたし消えてなくなっちゃう……!」
「……ゴリラ連中と一緒にしないでくれるかしら?」
誰がなんと言おうとも、順調なのである。
ア ル カ デ ィ ア 祝 二 周 年 ! ! ! ! !
お祝いイベントは特にないよ残念だったな‼︎ これまでもこれからも、仮想世界は平常運転で毎日物語をお届けしていくので共に行こうぜアルカディアン!!!