定例レクリエーション
密集しているプレイヤーの人員数によって襲撃規模の大枠が決まり、蓄えられた【星屑の遺石】……──【星屑獣】を倒すことによって得られる特殊な戦利品の数によって、雪崩れ込んでくる群れの多寡が決定付けられる。
二度のイベント開催を通してほぼほぼ確定とされた『夜襲』の仕様から、初っ端より全力スタートダッシュをした場合に訪れるのは段階的な地獄絵図。
そこまでしなくとも、襲撃時に湧き得る星影をキッチリ処理すりゃ俺たちの第一次最終襲撃くらいの祭りには行き着く。つまるところ、安定したイベント進行を望むのであれば初日は少し大人しくしといたほうが吉ということだ。
「────んー……成程。右利き? 左利き?」
「右利きすね」
「だと思った。それ、少なくとも両手で武器を握る間は意識しない方がいいかな。寄りが結構あからさまで攻め手がメチャクチャわかりやすくなってる」
「ですよねぇ……そも二刀流ムズくないすか?」
「ムズい。俺も苦手。だから俺は両手で武器を持つ場合は意識して雑にやってる」
「意識して、雑に……?」
「そ。『両方利き手』にできるなら最高だけど、そりゃキツいじゃん? ただ片手に頼った二刀流だと荷物抱えた一刀流みたいなもんだから超弱い。それなら『両方利き手じゃない』くらいの勢いで割り切って雑に力一杯やった方が強いよ」
「なる、ほど……」
「それでもやっぱ難しいとは思うから、オススメなのは左右交互に振るくらいのルール付けをして自分が混乱しないように工夫するとか」
「え、それこそ攻め手を読まれ放題では?」
「意識しての『型』を読まれる程度は全然いいんだよ。読まれたら読まれたで、それを踏まえて次の駆け引きを仕掛けるのが対人戦ってやつだろ」
「おぉ……」
「まずは自分の型を作る。そっからだな」
ほぼほぼ小さな町と化している拠点の中央部。かつてはそれぞれ『男子棟』そして『女子棟』として寝泊まりしていた原初の豆腐ハウスこと現物置部屋付近。
で。広くスペースを確保された空き地にて、俺がなにをしているかと言えば。
「はい……はいっ、ありがとうございました!」
「ほい。三泊四日よろしくなー」
新たに加わった七十名弱のプレイヤーとの、顔合わせ交流会。なお要望があらば戯れ半分で拳を交えることも厭わぬタイプのあれである。
今の彼も……というか、ここまで半数ほどを相手にしたが戦闘を齧っている者には例外なく立ち会いを所望されている。その都度こうして簡単なアドバイスも求められるので、俺が口を出せる限りでアレコレ伝えているというわけだ。
まず間違いなく彼ら全員、アルカディアプレイヤー歴的には俺の先輩なんだけれども……なんてのは、東陣営序列第四位の肩書きの下では意味のない事実。
別に苦ではないし、できることをして礼を言われるのは気分的にも悪くない。
彼らの戦力を一人一人『記憶』しとくのも、夜襲に際しては方々を飛び回る必要がある俺にとってフォローの判断基準になることだしな────さて、次だ。
「お名前は?」
「ホーウェンです! 立ち会い願います!」
「あいよ承った」
お利口さんに列を形成している賑いより進み出たのは、オーソドックスな軽戦士の出で立ちをした男性プレイヤー。外見的には三十半ばの壮年男性だが、声の感じが若々しいので溌溂とした印象を受けた。
然らば、お相手仕ろう。
今回、俺がイベントに持ち込んだ武装は『魂依器』&『語手武装』の特別枠を除いて四つプラスアルファ。【兎短刀・刃螺紅楽群】【早緑月】【魔紅蒼槍・鯨兎】そして【ディアウス・アルターラ】の並びに〝カード〟が何枚かだ。
ここでも革命を齎した鍵樹武装である。カード状態にしておけば、キッツい持ち込み制限の内へ文字通り滑り込めるのだから有能が過ぎる。
さておき、そんな俺の武装連中は一般人を相手取るには基本的にオーバースペックが過ぎるため……ついでに、俺のアバターに宿るスキル連中も《拳嵐儛濤》を筆頭に諸々の性能がおかしなことになっているため────
俺は基本、武装もスキルも極力ナシでやらせてもらってる。
「『我らが女神の名に於いて、汝に決闘を申し込む』」
ホーウェン氏が背から抜き放ったのはオーソドックスな直剣一振り。
パッと見でわかっちゃいたが剣士のようだ。然して鋒を突き付けられ彼の口が読む決闘開始の祝詞を聞けば、どうもご同郷だったらしい。
はてさてイスティアンか否か、楽しみだ。
決闘申請、受諾。
そして、朱色のベールが展開した刹那。
「────っ、おっは! 驚いたな……!」
「絶ッッッッッ対に反応するとは思ってた……!」
数メートルの距離を瞬時に潰して目前へ迫った刃を右手の甲で跳ね上げれば、悔しさ二割の驚き三割、その他の興奮が五割と言った顔の男前が目に映る。
おいマジか。今の《ランド・インシュレート》だぞ。
開戦と同時。彼の足元で弾けた些細なエフェクトを、見逃しちゃいないし見間違えちゃいない。俺の《タラリア・レコード》の前身にして、世間じゃ『ピーキー過ぎるので取得非推奨』の評価が固まった《フェイタレスジャンパー》の進化系。
成程、わかった……────コイツはイスティアンだ。
「オーケー、来い」
ならばこちらも、一つ思考のギアを引き上げよう。
俺の装備する手套【神楔ノ閃手】は柔軟なれど、敵にとっては鋼よりも硬く重い超特別製のユニーク装備。そんなもので盛大に跳ね上げられたとあらば、それは鉄槌によるアッパーを貰ったのと同じことだ。
ゆえ、打ち上げられたホーウェン氏の右腕と直剣は痺れ上に浮くまま────しかし、その手に宿るはギリギリ視認可能な薄いライトエフェクトが一条。
「っ……ッハ」
また一つ、俺から笑みを引き出した彼に称賛を贈ると共に……。
「「──────」」
バッチリ目が合って、あちらさんは苦笑い。
《フリップストローク》────そりゃあ進化系をバリバリ現役運用しているんだもの、照準動作が目視オンリーなんてのは知り尽くしてんのよ。
首を傾げれば、頬のすぐ横を直剣が奔る。
ならばこちらは、
「はいナイスパス」
「ほぁッ!!?」
奔り抜ける前に、捉えるのみ。
鋒が奔り、剣身が奔り、顔の横にグリップが来た瞬間の左手一閃。直剣を掴むと同時、素っ頓狂な声を上げて流石に仰天したらしいホーウェン氏を肘でド突く。
さすれば……あら、どうも《奇術の心得》の転倒耐性は持っていないらしい。
動揺のままにコロンと転んでゲームセット────なんとも呆気ないが、根本的にアルカディアの対人戦なんてこんなものってかコレが普通。
たった一手を制した者がアッサリ勝つ。メチャクチャ激しい剣戟なんてものは、上澄み中の上澄みに限定される夢物語(一般人談)なんだとか。
いやしかし、驚いたな。
「苦労してない?」
「メチャクチャしてますけども……まあ、へへ…………」
《フリップストローク》は、全武器適性ツリーの専用スキルなのだから。
俺と同じく、尻餅をついた時点で決着と判断したのだろう。清々しい顔で大の字になっているホーウェン氏に問えば、彼は【曲芸師】に問われて嬉しそうに笑い、
「ファンなもんで。研究の一環みたいなもんすから苦とかは全然、ハイ」
迫真のサムズアップ。
それに対して、俺はどう返したらいいものやら数秒ほど悩んだ末。
「応援してるよ」
当たり触りのない言葉を投げ掛ければ……感動に打ち震えるまま身を固めた彼は、友人らしきプレイヤーによって地面を引き摺られていった。
ハルちゃんだったら致命傷だった。