飛び火は絶えず
イベント限定フィールド『鏡面の空界』は、おおよそ二ヶ月毎にプレイヤーを抱き入れる百二十六時間を除いて時間進行が停止しているという説が有力だ。
理由はシンプルに一つ。第一回終了時に参加者を見送った各々の拠点が、第二回開始時にも全く変わらぬ姿で再び同じ地を訪れた者たちを出迎えたから。
アルカディアに存在する〝物〟には例外なく、ステータスが存在する。そこらの石ころだってプレイヤー誰しもが指先でタップすれば名称とフレーバーがポップアップするし、魔工師の鑑定眼を以ってすれば数値的情報も見て取れるだろう。
素材枠なら例えば……『稀少度』『品質』『重量』くらいの簡単なやつがな。
武装なんかも『等級』『重量』『耐久値』で基本的に三つ並んでいることが多いものの、この辺は特に厳密に決まっているわけではないらしい────
さておき『鏡面の空界』時間停止説で重要なのは一つ。どんなプレイヤーメイドの品にも、ほぼほぼ必ず刻まれることになる『耐久値』の値。
このゲームの常として、インベントリに仕舞われていないアイテム類……というか、遍く耐久値の存在する〝物〟は一切の例外なく時間経過で劣化する。
普段使いの武装は勿論のこと、戦闘系プレイヤーに縁のある物だと他に魔法薬や一部エネミー産の素材なんかも劣化が発生する要注意保管品だ。
鬱陶しい要素ではある。が、単に大事な物は仕舞っときゃいいだけなので文句を言うほどでもない。むしろ自前のインベントリかクランホームなどの拡張倉庫に突っ込むだけで完全保存できるのだから、現実と比べて考えりゃ楽なものだろう。
……しかしながら、どうやっても仕舞えない物ってか表に出しとかないと存在意義がないものもある────それが他でもない建築物。
まあ、至極単純な話。
第二回時に拠点へ帰って来たら、建物の耐久値がどれもこれも第一回終了時のソレからほぼ動いていなかった。ただそれだけのことである。
「なんか深い設定が関わるアレなのか、はたまたプレイヤー側への忖度か……」
「ははは……まあまあ、開幕が毎度毎度ひぃこら修復作業祭りにならんのは素直に有難いですよ。────したら、とりあえずサクッと箱だけ建てちゃいますか」
予想通り阿鼻叫喚となった挨拶を終え、混沌は放置。ゆうて余裕のある我らがグループは可及的速やかに対処が必要な差し迫った仕事なんか在りはしない。
試行錯誤しながら造っては壊され造っては壊されしていた拠点も今や第一次最終段階の数倍以上の規模感まで広がっており、第二次の時点で今回の更なる増員も見越し居住区を予め建てておいたため慌てふためき建築に勤しむ必要もナシ。
ので、俺は〝親方〟こと第一次からの仲間であるオークス氏と穏やかに談笑していた。ガッシリした体格で無精髭が似合う、元斧戦士のナイスガイである。
「そっすね。位置は……まあ、普通に女子まとめでいいかな」
「了解です。いやぁ、腕が震えるねぇ」
「そこは『腕が鳴る』じゃないんで?」
「や、震えるでしょ。え? 震えるよ。本当に僕が建てんの?」
「頼むぜ親方、今や貴方こっち側でしょうに」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや……」
なにが〝元〟なのかと言えば、このオークス氏。
一応は戦闘メインだったプレイスタイルを四ヶ月前の第一次イベントを機にガラリと変え、今では建築メインの魔工師ガチ勢へ華麗なる転身を果たしたのだ。
どの程度ガチなのかって、なんかこの人リアルで建築関係の親方に弟子入りしたらしい。なにがどうしてそんな思い切ったんだよと、かつては俺も驚いたもの。
で、もういろんな分野で『リアル知識』が死ぬほど有効的に活用できる事実はアルカディアにおける常識中の常識。そして溢れる熱意とやる気こそがアルカディアプレイヤーのステージを強烈に押し上げる要素であることは紛れもない真理。
然らば僅か四ヶ月で怒涛の急成長を見せたオークス氏。元一般人の自称『しがないサバクラ趣味オッサン斧戦士』だった彼、今なにやってると思う?
建築系魔工師の大御所こと現西陣営第八席。【大金持】のオジジさんに弟子入りして直々に鍛えてもらってるってよ────おめでとう脱一般人。
「内装は勝手に手を付けるの怖いから、できればハル君も立ち合いの元で擦り合わせをさせていただけますと嬉しいね。お願いね。頼むね。頼むよッ……!」
「わかっ、わかった。わかったからハイハイオーケーそんじゃよろしく……!」
変わったような、変わっていないような。
仕事はできるし基本は頼もしいのだが、妙に謙遜しがちというか腰が引けているというか……良いように言えば愛嬌の深い親方殿(修行中)の圧に屈して要求を呑みつつ、質量的には俺の倍ありそうなムキムキのアバターを送り出す。
間違いなく斧戦士時代より筋肉量が増えている。どうなってんだ────
「ぁ、ハルさんおっひさー。親方はもうオッケー? 俺のターン良さげ?」
「ぉ? あぁ、オッケーオッケー。どした?」
と、話が終わるまで待機してくれていたのだろう。代わる代わるで声を掛けられ振り向けば、いい意味で軽い笑顔を見せるのは再び第一次から見知った顔。
「もう早速【星屑獣】狩り始めちゃおうと思うけど、問題ないかな?」
元巨大鎚使い戦士にして、我らが【干支森】グループにおけるリム調伏の第一人者ことリゼノン氏。彼もまあ親方同様の大した出世頭で……。
「大丈夫じゃね? あ、と、つっても────」
「うん、わかってるよ。最低限の食糧確保と偵察重点の過剰狩りNG。大丈夫」
なんかこないだ、結ッッッッッ構な大規模で開催された【星屑騎士大会】とかいう星屑獣騎乗戦限定のトーナメントでベスト8まで勝ち残ったらしい。
なお参加者は予選込み千人規模で戦闘ガチ勢も割合多数。
……つまるところ、巨大猪を巧み果敢に乗り回し、並み居る猛者を大戦鎚の暴威で叩き潰して退けた彼も、紛うことなき脱一般人組の一人。
そう、脱一般人〝組〟の一人である。
「オーケー、完璧、問題ナシ。任せた」
「任された。今回も初日から豪勢に行きたいね」
つまるところ、ご機嫌に俺とサムズアップをぶつけて颯爽と踵を返し、ササッと仲間をまとめて狩りに向かっていったリゼノン氏で終わりではない。
あっちにいるガメッチ殿は先日の東陣営四柱選抜戦でいいところまで行ったらしいし、向こうでノノニアの絡みを友人と共に尊げに見守っているポルメテウス氏は最近『無限組手』に入り浸って修行の日々を送っているらしい。
第二次で加わったメンバーの武勇伝も多々聞くが、第一次の面子に関してはほぼ全員。なにかしらどっかしらで一般人の括りから片足か両足をはみ出している。
はみ出して、しまっているのだ。
「………………初回の頃が、懐かしいな」
斯くして、お飾りリーダー兼なんやかんやの盛り上げ役。
あの日、平和なイベントを過ごすはずだった一般人たちの輪へ、なんの因果か交じってしまった異物中の異物こと【曲芸師】が願うのは一つだけ。
皆のウルトラレボリューションが、決して自分の影響ではありませんようにと。
「なに黄昏てんのよアンタ。家具作るわよ、働け」
「一周回って、なっちゃん先輩が諸々一番フツーまであるよな……」
「は? 馬鹿にしてんの?」
ただ、それだけである。
二巻発売日だから実質連投だね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!