第三回【星空の棲まう楽園】
────定刻。事前アナウンスを経て訪れた転移の光に身を任せること数秒、浮遊感に攫われた両足が確かに床を踏む感覚に目を開ければ、
「ただいま我が家。二ヶ月ぶり」
瞳に映るは、まだまだ慣れ親しむとまではいかずとも見知った光景。
丸太組み板張りのログハウス大森林の只中という建材が限定される状況ゆえ当然の総木製仕上げは、木の温かみに溢れるというか木の温かみしか存在しない。
けれども……床を作り壁を作り屋根を作り、それで万々歳ハイ完成と相成っていた第一回時とは別物だ。なんせまずもって────
「……VIP部屋?」
「ま、個人部屋には違いないが」
雑魚寝仕様じゃない。
とりあえず全員詰め込めばオーケーという思考による馬鹿広スペースではなく、しっかり機能的に切り出したコンパクトルーム。家具の類も備えており、ベッドにテーブルや簡単な棚まで空間を賑やかす物は最低限が揃っている。
アテンド枠として俺に連れられ転移してきたリィナが、これを見て特別待遇かと隣で首を傾げたのは自然なこと。第二回終了時点で『鏡面の空界』におけるプレイヤーの活動環境水準は劇的に向上したが、ゆうて大概は野宿と比べたらだ。
第一回と併せても現在のトータル活動時間は僅か七日。生活の基盤を整えるならともかく、個人部屋建設なんて贅沢に着手できるグループは極少数だろう。
食糧確保、物資調達、なにより毎夜確定で発生するプレイヤーの集団規模に応じた定期襲撃イベントに対する備え。他に手を回すべき部分は山程あるのだ。
だからまあ、二言ナシってこと。
「建築ガチ勢と化した親方もいるんでね。お前の部屋ってか家も今日中に建つさ」
「私、一緒の部屋でも別に」
「小学生でもなけりゃ兄と一緒の部屋で寝る妹は普通いませーん」
我らが【干支森】グループは第一回時スタートダッシュの恩恵が甚だしく、いまだに他所へ大差を付けて発展の道筋を独走中というわけである。
然らば腕に引っ付いてくるリィナを引き摺り、そこは日本スタンダードに則った外開き式の扉を開ければ────カランと、軽い音。
表札代わりに掛けられている板切れには、黒歴史こと俺の絵心が晒されていた。
◇◆◇◆◇
ってことで、ね。
「「「「「────ッぁあ、神よ……!!!!!」」」」」
「おーっし、知ってる顔も知らない顔も元気そうだな。んじゃとりあえず後者に対してご挨拶だ。よく聞け野郎ども俺たちのグループへ加わるにあたって順守してもらうルールは一つ、仲良く楽しく清く正しく暮らしましょうハイよろしくぅ‼︎」
イベント開始となれば、とにもかくにも初っ端やるべきことは一つ。
初回時の人員はフルレイドきっちりの三十六名。アテンドシステムが解禁された第二回では、ほぼ倍に増えて七十名。そして此度の第三回で……。
「うわはへぇ……そんなこったろうと思ってましたけども、むっっっさいなぁ」
「なんでなの……」
「いや、ニアは現実逃避しない。完璧あんたら『紅三点』目的でしょ」
「今日から『紅五点』だね」
「……今からでも帰っていいかしら」
とまあ、そういうことで俺の背後。仲良く身を寄せ合っている女性陣四名がそれぞれ目を向けている先、即ち拠点中央広場に参上しているのは愉快な惨状。
男、男、男男男。物の見事に野郎会と化してしまった我らがグループは、友が友を呼び遂に百名越えの完全なる大所帯。総勢百四十名弱の人員に膨れ上がった面々の前へ出て前回もやった挨拶に臨んだわけだが、ここらが俺の限界だろう。
次回以降も【干支森】拠点に関わっていくのなら、本格的に内政どうこうを預かってくれる仕切り役を任命する必要がある。今回中に考えていこうな。
────ともあれ、なっちゃん先輩とリィナが来てくれたのは幸か不幸かといったところ。女日照りの野郎どもが女性プレイヤーを連れてくるのは望み薄、なれば増えるは同類ばかり。なのでまず女性が二人だけの心細さは和らぐとしても……。
「「「神ッ……!!! 嗚呼、神よッッッ……!!!!!」」」
「「「ここが……楽園…………いや、理想郷………………」」」
「「「この世の全てに感謝を捧ぐ……‼︎」」」
「…………なんだこれ、地獄か?」
「……お前が連れてきた地獄だろ。なんとかしてくれ」
綺麗所が倍になって、倍になった野郎どものボルテージも倍どころの話じゃなく爆上げだから。端的に言って地獄の様相だ。
天を仰いで讃美歌を唄い出すわ、謎の創作ダンス大会が始まるわ、果ては般若心経を唱えだす輩や静かにさめざめと涙を流す輩まで出始める始末。
その内『神に捧げる供物』とか言い出して神聖なる決闘が始まっても不思議ではない。いつもいつとてアルカディアプレイヤーのノリってやつは芸術的だ。
まあ気持ちはわかる。わかるんだけども……。
「人気なんだな、お二人さん……」
「お前は…………はぁ。【糸巻】もそうだが、もう片方が……とりわけ、な」
本当に、どうにもこうにも、一応は対等になってから知り合ってしまった俺は『友人』や『知人』といった印象が先に来てしまい『有名人』が後に来る。
だからいつまで経っても、一般的な目が彼女らへ向ける熱く滾るような憧憬に馴染めない。鉄さんに溜息を投げられるのも致し方なしだろう。
知識としては、理解してるんだけどな。
フレッシュな新顔『序列持ち』としてアイドル的な人気を既に博していた白猫子猫ことナツメ先輩殿。そっちの人気も確かなものではあろうが、壇上ソロ恥ずかしいと隣に付き合ってもらっていた鉄さんからの言葉がまあ全て。
おそらく、この場にいる野郎全員、リィナのファンだ。
然らば問題になってくるのは、奴が此処へ来たのは────まさかファンを慰労するアイドルとしてなどではなく、兄に引っ付きたいだけの妹としてである事実。
そして俺は知っている、リィナは全くもって隠すつもりがない。
その証拠に……────ほら来た。
「……終わった?」
「あぁ、お飾りリーダーの挨拶は終わり。あとは各班のまとめ役にお任せだ」
ぼすんと、横からアバターを揺らす軽い衝撃。
とてとて駆け寄ってきた小さな身体が遠慮なし俺へ体当たりという名の親密さ満点なスキンシップをかませば、向けられる視線は百余り。
まだ大丈夫。まだこのくらいなら過去の映像でも晒した『いつもの』止まり。けれども、どうせこれくらいで我慢はしてくれないのだろう。
この場は牽制も兼ねて頭をぽふり押し留めるが、無駄な抵抗も甚だしい。
だからまあ、結局のところ俺にできるのは────
「本当に、大丈夫、なんだろうな……?」
「ふふ……うん、大丈夫────【天羽 理奈】を、見せてあげるから」
なにもかも全て丸く収めてみせるから、四の五の言わずに連れて行けと兄に堂々命令したこの妹様を、信じて見守るのみである。
であるので、うん。
三泊四日、もう開き直って何も考えずに楽しんでいこう。
そのちみっこ、人心掌握のプロ。