既知と成った未知へ
【星空の棲まう楽園】────『四柱戦争』を除けば、現在のアルカディアで唯一無二の定期開催公式ワールドイベントである。
その概要はズバリ、三泊四日百二十六時間に亘る仮想世界サバイバル。
予告された日時までに二人組を作り参加申請をしたプレイヤーは、当日午後九時のログイン状態確認を以って専用フィールド『鏡面の空界』へと転送される。
然らば待ち受けるのは、慣れ親しんだ神創庭園に勝るとも劣らぬ奇々怪々の大自然。そして多種多様千差万別な【星屑獣】との出会い。
加えてイベント参加中は『空腹』や『眠気』などを仮想世界側で満たさなければならず、食事や睡眠といった本来は現実の肉体で要求される行動を疎かにすると特大デバフを喰らい行動不能の刑に処される。重ねて、そのもの、サバイバルだ。
現地への物資持ち込みも割かしキツめに制限されており、なんでもかんでも基本は現地調達が常。食料は勿論、一般的には戦闘時必須の魔法薬なんかの調合素材なども例外はナシだ。冷静に考えずとも結構な難易度と言えよう。
しかしまあ、此度で三度目ともなれば流石に事情が変わってくる。
二ヶ月前の第二回次。解禁された『付き添い招待』機能を利用して人員を拡充しつつ、既に築いた基盤もあるとなれば人の発展は止まらない。
つまるところ────
「ま、もうほぼほぼ町だよ。腕利きのシェフもいるし、快適さは保証しよう」
我らが根差した干支モチーフの星影が棲まう大森林……通称【干支森】グループ自慢の拠点は、いつどんな客人を招いても恥ずかしくない仕上がりに至っているということ。最早サバイバルどころかキャンプとすら呼べないかもしれない。
と、喜ばしく思っていただけるであろう事前紹介をしたつもりなのだが。
「「………………」」
通い慣れた、工房の一室。
悲しいかな、正面に立つ女子二名より向けられているのは「なんだコイツ」とでも言わんばかりの冷ややかな視線────片方はまだわかるが、片方は納得いかん。お前の認可も現状を生み出した要因なんだぞ。
「あん、た、さぁ…………」
「オーケーなっちゃん先輩。困惑も混乱もツッコミのなんやかんやも大体予想できるから言わないでいい。ただ黙って、今から俺が言うことを信じてほしい」
「………………いいわ、言ってみなさい」
「今回に限っては俺シンプルに巻き込まれ側だから。俺は絶対に悪くない」
「男として死刑」
「そんな馬鹿な……ッ!!!」
一瞬の早業。閃いた〝糸〟が首を巻く。
堂々と口にしたのは全て本心。今回のアレコレに関しては珍しく俺は俺自身の無実を全肯定している。ゆえに仲良しな先輩様なら味方をしてくれると思ったのだが、どうやら彼女は無条件で野郎ではなく女子の味方らしい────
「やー……別に、んぁー…………いいん、だけど、さぁ……?」
斯くして、生殺与奪を握られ身動きの取れなくなった俺の膝上。例によって当然のような顔で和んでいる小動物の様子を眺めながら、
「やっぱ序列持ちって、皆、変だよね……。うん、どっかしら、変なんだね」
「ねぇニア。お願いだからウチをこういうのと同じ括りに入れないでね」
なんとも言い表し難い顔で諦観に満ちた声音を上げるニアに、なっちゃん先輩がなんとも失礼な言葉で続く。……なお、ここまでの会話を受けて。
「おい、お前は本当に小動物か。俺が座ったら自動的に膝へ乗ってくんのヤメなさいと何度言えばわかるのかな? おかげさまで縊られそうになってんだけど」
「んー……────ふぁい、とー…………」
「おいまたか。また眠いのか。大変なんだねアイドル業、ご苦労様」
リィナは迫真の我関せず。なんだコイツ無敵か。
「…………で? なにがどうなってコレなのよ?」
「あたしも、まだぶっちゃけ理解とか追い付いてないんだけどさぁ……」
かくかくしかじか────と、困惑満点なっちゃん先輩にニアが説明をしてくれ始めた。然らば、そっちの方は専属細工師殿にお任せとして……。
「……最後の最後の確認だけど、お前こっちについてきて大丈夫なんだな?」
俺は俺で、なんやかんやの顛末に連なり急遽決定した同行者へ問う。すると僅かに目蓋が持ち上がり、水色の瞳がジッと俺を見て、
「大丈夫じゃなくても、一緒にいたい」
「貴様なにが目的だ。可愛いこと言っても態度は変えん」
「別に私、ミィナが大丈夫じゃなくても心底どうでもいいし」
「別の意味で大丈夫か。なんかすげーこと言ってるけど」
むにゃむにゃ喋って、また目を閉じた。そして三秒数えれば耳に届くは安らかな吐息……────ガチ寝しているように見えなくもないが、間違いなく起きている。ただただ一切の警戒を解いて、俺に身を預けているだけだ。
年頃の乙女が、どうかと思うぞ本当に。
「────とまあ、そんな話の流れで……」
「はぁ…………………………はぁ? これのどこが『兄妹』?」
「いやあたしもほんとそれーって感じでぇ…………」
「どこの世界に兄貴の膝を幸せそうな顔で占拠する妹がいんのよ。それもこんな無防備に全身グデーっと預けて。控え目に言って付き合いたてのカップルじゃない」
「そ、そう……まあ、そう…………か、カップルじゃなくても、膝枕くらいはしない? 確かに兄妹で嬉々としてみたいな話は二次元だなぁって思う、けど」
「なにわけわかんない動揺してんの。むしろ、あんたらは半分カップルみたいなもんでしょ。さっさと取り返しに行きなさいよ指くわえて見てないで」
「ゆ、ゆびっ、くわっ……!?」
そして始まる仲睦まじきキャットファイト。なお勝率は10:0が常。
俺からすれば先輩殿も大して口達者というわけでもないが、それに輪を掛けてニアちゃんの舌戦スキルがクソ雑魚である。大概は三十秒足らずで大敗を喫し半泣きで俺に助けを求めてくるのがテンプレート────
ってなわけで、はい。さーん、にーい、いーち、
「────ん゛ん゛んぁあー!!!」
「み゛ゅ゛っ……!?」
「あーはいはいヨシヨシ」
謎の鳴き声と共に突撃してきたニアを、妹越しに受け止める。聞いたことのない悲鳴が至近から聞こえたような気もするが、おそらく大事無いゆえ放っとこう。
今は、そんなことよりも。
────ワールドイベント【星空の棲まう楽園】が開始されます────
────参加プレイヤーは任意の安全地帯で待機してください────
────間もなくイベントフィールドへの転移を開始します────
「さぁて、バカンスの始まりだ」
「あんたが一人で余裕な顔してんのが一番ムカつくのよ」
「ごめんて。本当ごめんなさい。そろそろ糸ほどいて???」
かの地へと俺たちを誘う、転移の光に備えるべしってな。
ソラさんはどうしたのって、前回の第二回イベント時もルーちゃんとご一緒してたことをep.604とかでチラホラ仄めかしてたのが答えだよ。