数日来の兄妹絵
────第五十層のボス【地蝕の人魚 プリムヴァーレ】は、そりゃもうひっでぇ初見殺しド畜生エネミーの手本が如き手合いだった。
人魚??? と無限に首を傾げたくなる全長二十メートルオーバーの体躯を構成するのは人の上半身と魚の下半身ハーフハーフではなく、申し訳程度なサイズ感のヒト要素から繋がる東洋竜のような胴から尾に掛けてが九割九分。
んでデカい=強くてタフいというアルカディアの常道に漏れず、通常ゲージ十本分の意味合いを持つ大ゲージで示された体力は完膚なきまでのレイド級。
然らばレイド級エネミーが単にタフなだけの存在であるはずがなく……なんかこう、久方ぶりにギミック戦をやらされた。
魚を名乗る癖に水もない空中を自在に飛び回るド畜生人魚の多彩な物理攻撃&魔法攻撃を凌ぎながら、どうにかこうにか反撃を返す。
すると巨躯から剥がれ落ちた『鱗』が【地蝕】の名を体現して、フィールドに穴を開ける。初めは「タフな上に攻撃回数に応じて不利効果を撒き散らすのクソゲーか?」と思ったものだが、こっちはカナタを除いて動かず火力の出せる者ばかり。
完全なる相性不利ならば仕方ないってなわけでカナタは待機。俺とソラとテトラの遠距離滅多撃ち戦法により、アルカディアの常識に照らし合わせれば数十人規模で数時間単位の戦闘となるレイド級エネミーをガッシガシ削っていった。
そして、それが不幸だった。
まさか消失した地形の『穴』に飛び込むことで別空間の水中戦へと状況がシフトし、更に魚を名乗るド畜生が水中では超絶弱体化するとは思わないじゃん?
わーぎゃー元気に喚き立てながら宙を飛び回る【地蝕の人魚 プリムヴァーレ】的当て大会を粛々と継続すること一時間強。俺を含めパーティ全員が「これ一般勢がどうにかするの無理では……?」と思い始めていた頃。
遂に舞台の足場一切が消失し、ドボンしてからは秒だった。
『水』へ落ちた俺たちを理性なく荒ぶるまま猛追してきた人魚は、まるで水に灼かれるが如く悶え苦しみ始めHPが急減。なんだチャンスかと《メイルストロム》を鼻先にぶっ込んでみれば、先までの微量削りの十倍ダメージが出る始末。
いやまあ、人魚の癖して使ってくるのは火やら土やらの属性魔法だし、なんか知らんけど俺の水魔法を殊更に嫌がってる気配はあるなと思っていたが……。
諸々に対処の効く面子や能力が揃っていたからこそ、無駄に時間を費やす激闘と相成ってしまった悲劇である。なおほぼフルタイムで暇していたカナタ君。
「────ギミックに気付いて早々に飛び込んでおけ」
ドッスゥ。
「っば、近接も活躍できたんだろうなぁ、っと」
ヒョイ。
「そうですね。水中ステージ、水の大精霊の秘境と似た感覚でしたし……ぁ、でもっ、見学も十分な学びになりましたので! はいっ!」
スタスタスタ……ドサリ。
「そりゃ結構。でも流石に、一時間強の棒立ちは普通に虚無だったろ」
「えと…………あは、その、少しだけ……」
「そこで素直なのがカナタのいいとこだ」
ってか、ウチのクラン素直な子しかいない────
さておき、第五十層の攻略完了から数分後。順にモノリスへタッチしてスキルの完全開放やら諸々の儀式をサックリ済ませ、当初の予定通り足早に帰宅。
いよいよ明日は第三回イベントの開催日。
なれば前日ってなことで各々ゆっくり身体を休めるべしと、どれだけ早く目標階層への到達を果たそうとも「はいここまで」と決めていたゆえの午後九時前。
いつもの如く攻略終わりに舞い戻って来たクランホームにて、いつもの如く共有スペースのソファエリアで、いつもより少々早めの寛ぎタイムが展開した。
当初は『ソファの置いてある共有スペース』だったのだが、決して本来は一人用ではないロングソファを追加人員に合わせてノリで増設した今や完全に『ソファエリア』ってかソファの海。ゲームハウジングあるあるの混沌とした景色だ。
なお各人ごとにパーソナルカラーを分けており、ソラさんが空色、テトラが黒、カナタがブラウンでういさんは灰色。俺が使っているのは初期に設置した白。
テトラなど最初は『なにこれ』と呆れていたが、今では当たり前のように黒を占拠するあたり気に入ってはいるものと思われる。メンバーの評価は上々だ────
ぽふり、ぽふり。
「「「…………………………」」」
ただ最近、俺は自分用の白色ソファを基本的に独り占めできずにいる。
その理由はと言えば、
「なんだ、どうした。そんなにジッと見ないで恥ずかしい」
「どの口が言ってんの」
「流石に見るなは無茶というか……」
「もう、なんといいますか、……頑張ってくださいとは、私も言いましたけど」
ソラと、テトラと、カナタ。三人の視線が集う先。
「それは、えっと……『兄』と『妹』の距離感、なんでしょうか……???」
「安心してくれ。もう俺は人懐こい猫くらいにしか思ってない」
俺の膝上を我が物顔で占拠する、妹もといリィナの姿に他ならない。
ソラさんが浮かべているのは、焼きもちよりも困惑先行。さしもの俺読み一級の天使様も、流石にこうまで俺が割り切った対応をするとは予想外だったらしい。
というのも、俺は帰宅からの初撃を冷静に受け止めた後、ちっこい身体をヒョイと抱え上げ、まるでなんでもない手荷物を運ぶが如く共にソファへ連れ立ち、適当に膝の上へ放り投げるまでピクリとも表情を動かしていないはず。
正真正銘の無心。手慰み程度に頭をぽふっているのは、そのくらいはしてやらないとコレが自ら際限なく甘えだすため牽制をしているだけ────
数日を経て、ある程度は状態が固まった、俺たちの新たな関係性である。
「…………リィナ先輩のカミングアウトにも、まあ驚いたけど」
「ゴッサンなんかひっくり返ってたからな。俺も最初はひっくり返りそうだった」
ちなみに三者三様に慣れぬ光景へ困惑の目を向けているが、それぞれ等しく理解は持ち合わせているように件のアレコレは東陣営内で共有済み。
円卓の椅子から盛大にひっくり返ったパパもといゴッサンを筆頭に、当たり前の如くほぼ全員「え???」と困惑混乱のオンパレードだったわけだが……。
「先輩の状況適応力は一体どうなってんのさ。もう軽く引くんだけど」
「売られた喧嘩は買うのが男ってもんだろ?」
「本当なに言ってんの」
ある種、これは俺とリィナの勝負である。欠片でも意識したら俺の負け、ミリも意識せずに『兄貴分』を貫き通せば俺の勝ち。勝負に乗った時点で『妹』の全勝ちじゃねえかとか知るか、ちみっこに舐められて退いたら男が廃る。
諸々、ヤケクソ気味になっている自覚はある。あるが、そこはほら────
「ん、どしたソラさん。こっち来る?」
「へっ……い、いいですっ。どうぞお兄ちゃんしていてくださいっ……!」
やはりというかなんというか、周囲への配慮も交えての敢えてなわけで。
俺が完全にリィナを女子として見なくなったのは、誰よりソラさんが読み取っているだろう。時折あやされている『妹』を見て物欲しそうな顔をしていたりがないでもないが、今のところ嫉妬は完璧に封殺できているように思える。
構ってもらえてるのは羨ましい。けれど、その、なんだ────特別な想いを向ける異性として、こうは扱われたくないだろうというラインを演じているから。
俺としても無理をしているつもりはないし、立ち回り自体に大して気を遣っている部分もない。ついでに……というか、なによりも。
「おい話題の中心人物ってか元凶。膝カリカリすんな、くすぐったいんだよ」
「んー……」
「わかった眠いんだろ。寝なさい明日も午前中に仕事あるとか言ってたろうに」
「んー…………」
「『んー』じゃない」
「もう、ちょっと……」
リィナとしても俺の割り切った立ち回りは花丸満点らしく、あの日から俺に対する一切の遠慮を失った少女は最早完全に貫禄のある『妹』様。
演じているのか、成り切っているのか、はたまた素かは今の俺には判別不能。けどまあ、顔を合わせりゃノータイムで甘えてくるのだから不満はないのだろう。
ついでに、
「そう言って一昨日二時間も粘ったの忘れてねぇぞ。お前の『もうちょっと』は二度と聞かんからな。我儘を通せると思うなよ、ほら寝なさい落ちなさい」
「ん゛んー…………!」
「ごッ……!? てめ、頭突ッ……ぁっコラあんにゃろ!?」
こんな風に、戯れみたいな喧嘩もするようになった。
口うるさい兄の土手っ腹に一撃を喰らわせて、ログアウトという究極の逃走手段を迷わず切る判断力は見事なもの。流石は『東の双翼』の片割れだ。
絶対に許さん。明日また会ったとき覚えとけよ────
まあ、とにもかくにも。
「「………………」」
「………………あのさぁ」
「なんだ、どうした。そんなにジッと見ないで恥ずかしい」
「数日来の練度じゃないでしょ。実は生き別れの兄妹だったんじゃないの?」
「ファンタジーはアルカディアだけで十分でござい」
なんとかは、なりそうである。
なお女の子として見てないだけで可愛いとは思ってる。
言わないけど。