今日も今日とて木に登る
【デイリー木登り曲芸師:第十層攻略風景】
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『待ってた十層!!!!!』
『助かる』
『毎日投稿ほんと助かる』
『編集大変そう』
『今宵もケンディ殿はご機嫌麗しゅう』
『草しか生えないコンビ芸が日々の生き甲斐です』
『どんなタイプでも爆速で仲良くなっちゃうの最早そういう超能力だよね』
『コミュ力の才能、ですか……』
『全人類に無条件で実装しろ』
『塩対応のハルちゃんも可愛い』
『まあ戦闘挙動は曲芸師なんですが』
『Lv.10相当のステなのに、相変わらず俺たちとやってるゲーム違うんだよ』
『最近は派手派手能力で大暴れしてるから忘れがちだけど、やっぱ根本の超絶技巧よね。ステが落ちてる分より丁寧に立ち回ってるからメチャ参考になる』
『その上で周りを置き去りにせず連携まで気持ちよく決めるのが最高に好感』
『弱点ナシの好青年がよ』
『人格も加味して当然の序列入りだったんだなって』
『なお物理的には頻繁に味方を置き去りにしている模様』
『もう最近は当たり前のように音速超えてて草しか生えない』
『そして曲芸師が株を上げると自動的に上がる他の序列持ちの株な』
『お姫様や囲炉裏君を筆頭に、なんでアレを間近で知覚できるんすかね……』
『ってかやっぱケンディ殿つよくね?』
『双盾とかネタビルドかよって舐めてました』
『こーれ勘違いした人が盾を担いで絶望しますよ』
『俺らみたいにスキルの恩恵がナシでアレなんだぜ……』
『英雄NPC怖過ぎ。準序列持ち級が千人超って考えると、万が一にでも今後のアルカディアの進行如何で敵対でもした日にゃプレイヤー滅ぼされちゃう』
『アーニャちゃん様になら喜んで滅ぼされたい』
『むしろシュカナ様に面倒そうな顔しながら消し炭にされたいよね』
『リグレッタさんに一瞥もされぬまま斬り捨てられたい』
『地獄の底に引っ込んでろ変態共』
『地獄の底(NPCアイドル板)』
『御前ぞ。お前らにとって真のアイドルは今、目前の画面にこそいるだろ』
『別の地獄めいた変態が湧いてる……』
『少なくとも御前ではない』
『アーカイブ動画を御神体と定義するなら、まあ御前……』
『曲芸師関連動画コメント欄の変態率高い……高くない?』
『億ファンいりゃ変態も選り取り見取りだろそりゃ』
『世界一嬉しくない選り取り見取り』
『誰彼構わず脳を灼くハルちゃんが悪いよハルちゃんが』
『NPCとのペアで討伐タイム一時間半強か……』
『私、初見時はフルパで挑んで同タイムだったんですけれど』
『ペアとフルパじゃ七兆倍くらい難易度変わるからなぁ』
『難易度ってか、それこそ別ゲー化するんですけどね。無理ゲー的な意味で』
『この人なんで当たり前のような顔して無被弾前提ダンジョン攻略してんだろ』
『リアルタイムだと今どこまで登ってるんだろうか』
『もう百層制覇してる可能性?』
『なくもなさそうでおそろしい……』
『編集大変そう』
◇◆◇◆◇
────鍵樹迷宮実装より、もうそろ一ヶ月が見えそうな今日この頃。
巨樹萌芽のキッカケとなった『緑繋』攻略戦を終えた後のこと。一般への事情共有を兼ねた諸々の呼び掛けに「よろしければ積極的な攻略参加を」と、アーシェの名で情報収集の協力を求めたのも大きな理由だろう。
第二のヴェストールこと鍵樹街は朝も昼も晩も例外なく盛況の極み。
言われずとも集い、他ならぬ姫に言われたからこそ意気を滾らせ、果てない木登りに臨むプレイヤーたちは文字通りの無数。
然らば、多くの人が揃って目を向けるコンテンツには『基準』が生まれるモノ。世間では推定百層説が信じられている鍵樹迷宮にも、明確な線引きが成された。
まず『低層』────第一階層から第十階層を指すコレが、そのもの低階層低難易度を示す初心者エリアの意。なお初心者とは鍵樹初心者を指すモノであって、アルカディア初心者を指す言葉ではない。ある程度の戦闘練度は必須だ。
けれどもまあ、この辺りがなんだかんだ適当にやっていても一応は誰しも無理なく登れる範囲。鍵樹迷宮入門といった意味で正しい線引きと言えるだろう。
次に『中層』────第十一階層から第三十階層を指すコレが、木登りにおける苦しみが本格化するライン。なにが苦しいって、単純に敵が強くなる。
賢い人型エネミーの群れが頻出するようになる十一層以上の領域は、流石に適当な戦力や適当な立ち回りでは突破困難。
基本的には一層から十層までの反復マラソンでパールを稼ぎ、ガチャを回して装備を十分以上に拡充させてから挑むのが吉とされている現状である。
そんなセオリーを無視した場合にどうなるかは俺の経験が全て。序列持ちをしてゼーハー言わざるを得ない道程なのだから、険しさは言うまでもないだろう。
そして最後に『上層』────ここで一気に大雑把になり、三十一層以上が丸っと『上層』と呼ばれ一括りになる。然して理由はシンプルなものだ。
そのラインから明確に、鍵樹迷宮が様相を変えるから。
「────《この手に塔を》ッ!」
もう完璧なまで耳に馴染んだ超格好良い鍵言を、もう完璧なまで心に馴染んだ激可愛い声音が世に刻む。然らば顕れるのは砂塵の巨塔、魔剣が向かうは真正面。
衝撃、轟音、撒き散らされるは湧いて止まぬ〝敵〟の悲鳴……しかしながら、
「っ……カナタ君、右────」
「抑えますッ!」
襲い来る脅威は、途絶えない。
ソラが遠慮することもなく《オプティマイズ・アラート》を行使している。それ即ち、巨塔を従えて余りある〝空間〟が存在するということ。
相も変わらず、迷路には違いない。
けれども今に至っては口が裂けても『狭苦しい』とは言えぬほど拡大された広大な『路』に、絶えず溢れ出すのは無限に思えるようなエネミーの津波。
つまりは、そういうこと。
三十一層から上の迷宮区は、全部コレなのだ。
なればこそ状況に際して、鍵樹『上層』攻略パーティには一つ必須枠が生じる。
それは単純な話、とにかく『高範囲殲滅火力』がいなけりゃマジやってらんねぇということ。その点、俺たちのクランパーティは恵まれ過ぎているが────
「ハルっ────!」
「────『其は神が創りし剣ではない』」
大本命のソラさんでもなく、次いでどころではなくヤベーと思しきテトラでもなく、瞬間一掃にて道を切り開く大任を仰せつかっているのは他でもない俺。
「『光を賜りし剣ではなく、闇を祝りし剣でもない』」
クランマスターにしてパーティリーダーのパートナー様から指示を賜ると同時、口を衝いたのは冗長な返答ではなく実務一本の詠唱文。
「『水を乞え、水を恋え、水の聲を聴き給へ』」
形容し難い雄叫びの共鳴りで空間を満たす人面獅子の群れ。
整然と隊列を組んで猛突撃をかましてくる牛頭魔人の部隊。
そして奇怪かつ騒がしい笑声を撒き散らす女人鳥の編隊。
やはりというかなんというか、揃いも揃って『人』めいた特徴を持つモノばかり。いい加減に慣れてきたとはいえ、キツい人は本当にキツいだろう。
「『深淵の水暗は外天に座し、星欠への想いを套に宿す』」
だがしかし、その点ソラさんは俺が思う『慣れりゃ無敵』の筆頭女子。
「テトラ君っ!」
「はい、よ!」
おっかねぇ人面の化物どもが大挙して押し寄せて来ようとも、やる時はやる真面目可愛い一生懸命な天使様は、堂々たる指揮を手放さない。
ならば────
「『ならば〝王権〟は我に在りて、首を垂れるは不要なり』」
俺は堂々、立派な相棒を誇るまま、己が力を振るうのみ。
詠唱完遂、魔力顕現、手中に現れるは揺らぐ水の大剣が一振り。でもって、ソラの号を以ってテトラが影で俺の身体を持ち上げれば見晴らし良好。
ザックリ、全ターゲット、目視完了。
「《千遍万禍》」
『剣』を薙げば、その瞬間。
空気中の水分を伝い、刹那の内に迸る水刃────否。
俺こと術者の目視と併せて、斬撃という概念が。遍く『水』を抱く空間に触れているという条件を満たした標的を、例外なく千々に分割した。
斯くして、広大な通路を埋めるのは夥しいまでの緑光瀑布。今の一撃でアレコレまとめて軽く七十は屠ったため、普通に考えれば大戦果と言えるだろう。
だろうが……此処は、鍵樹の、大迷宮。
「「っ────行きましょう!」」
この程度のエンカウント、下手すりゃ毎分のことである。一々わーわー喜んだり健闘を称えたり一息ついてる暇なんかもありゃしねぇ。
ソラとカナタ、揃って立ち止まることなく駆け出した前衛二人が正解だ。
────で。
やる気満点な相棒と後輩を、後衛の立場から追いかける俺はと言えば。
「並に甘んじるなら今の感じでいいけど、一端になりたいなら詠唱タイミングの判断は自分でやっときたいね。一応、ほら、先輩もわかってると思うけど……」
「ソラさんにドンピシャで動かしてもらってるだけだよな、わかってる……」
「あと、早く最低限『発動保留』くらいはマスターして」
「それ、普通の熟練魔法士が数ヶ月単位で修行するモノって……」
「そうだね。先輩なら一ヶ月いらないんじゃない?」
「俺を一体なんだと思っていらっしゃる?」
「その次は『無詠唱』だよ。頑張ってね」
「それ会得者極少数の秘技中の秘技じゃん……」
今日も今日とて、厳しいようで甘く優しいようで実はスパルタな後輩より、実際のとこ恵まれた環境の極みと言えようマンツーマンレクチャーを受けながら。
えっさほいさと直走るは、鍵樹迷宮第五十層の迷宮区。
第三回【星空の棲まう楽園】開催、前日のことであった。
多分お家で妹が帰りを待ってる。