縁組
────さて。
あれよあれよと連なってしまった『仕方ない』『了解』『構わない』と三名分それぞれの認可。然らばサッパリ無事解決……とは、まあ流石にならないわけで。
如何にソラたちが俺への信を以って『妹』の存在を許容したといえど、肝心の俺自身がハッキリ言って状況に一ミリもついていけてない。
嘘か真か、なにやら『用事があるので』と言い残してソラさんが席を外してから三十秒。認可を得たことで堂々たる無気力顔を取り戻したリィナは、とてとて近付いてきたと思ったら「えぇ……」と固まっている俺に手を伸ばした。
「愛されてる、ね」
「……そうだな。さわさわすんのヤメなさい」
どう呑み込めばいいものやら、マジでわからない。
賢明な先人たちは、こういった状況に際しては如何なる対応を歴史に刻んできたのだろうか。突然『妹』を名乗る少女が現れて、それがまさか国民的なトップアイドル様で……────いや意味不明。常識に蹴りを入れるタイプのラノベかな?
「あー……えー……と、だなぁ」
けれども、状況が行き着いてしまった今。グダグダ延々と現実逃避を続けていても生産性は皆無だろう。ゆえ、唐突に訪れた現実味の欠如しているイベントに巻かれ甚だぼけっとしている思考を、努めて冷静に回してみる。
回してみながら、とりあえず首元をくすぐる小さな手を捕まえた。
「「………………」」
顔を上げて、目を合わせる。平常運転やや眠たげなラインを描く水色の瞳と、ただただジッと視線を交わしてみる────そのまま、たっぷり三十秒。
「…………にらめっこ?」
「まあ、そんなとこだ」
触れ合っても、瞳を映し合っても、その表情や呼吸がリズムを崩すことはなく……アイドルと言えば演者の一種だろう。然らばド素人の俺がプロの内面を正しく読み取れるとは思えないが、少なくとも俺の目には平常の顔しか映らなかった。
お互いに、異性としての意識感は、存在しない。
ひとまず現状では、その事実を素直に信じていいように思える。でもって、既に三人ものお嬢様方に心を占められている俺の目に『四人目』が映ることはない。
これは確定事項。ならばリィナの方に恋愛感情が芽生える可能性ゼロという言を信じる限り、彼女の言う『兄』と『妹』────まあ、特別に仲が良い異性の友人程度の付き合いをするのは、問題はないように……。
「…………また、にらめっこ?」
「うーん……」
……思えない。
そんな俺は、断じて常識側であると主張したい。いや、だってさぁ……。
「お前、誕生日いつだっけ」
「十一月十日」
「ってことは……」
「?」
あと一ヶ月で同い年、なんだよ。その数ヶ月後には再び一個下になるとはいえ、完全に同年代なんだよ────勿論、俺の実年齢をリィナは知らない。
【曲芸師】は現実側の個人情報を一切オープンにしていないゆえ、当然だ。
俺が現実でもこのままという事実を知っている仮想世界の住人は、六月の旅行でアーシェの別荘行きを共にしたメンバーに限られている。
だから……あぁ、まあ、だから。
関係性の追加が許されてしまい、このままだと目の前の少女が『妹』と化すのが確定してしまった今の状況。俺が渋る最たる理由を話さないわけにはいかない。
ってことで、ちみっこよ。よくよく聞きたまえ。
「俺、来年……というか、今年度で十九歳なんですよ」
「…………うん?」
お前の目前にいる、いろんな意味でガキっぽさが拭えないと自負している青年アバターが、紛れもない俺自身の姿を写した〝本物〟であるということを。
「ほぼ同い年なんすよ。リィナが来月めでたく十八歳になったら、四ヶ月強ほど綺麗に数字が並ぶ程度の同年代なんすよ。マジのガチで」
「………………」
リィナが俺のことを実際いくつくらいと思っていたかは知る由もないが、流石にほぼタメの異性ともなれば引っ付くのに抵抗があるのではないか。
欲しているのは『家族としての兄』と宣言はしていても、その事実を前提に置いた場合は異性としての意識が入ってしまうのではないか……。
後出しになって申し訳ないが、許していただきたい。リアル情報の開示は、開示する側の俺だけではなく開示された側にまで責任を生じさせるモノだから。
できることなら、伝えないままでいたかった。然して、少女の反応は────
「知ってるけど」
「…………ん?」
なんの面白みもない、淡々としたものだった。
「歳が近いのなんて、簡単に想像できてた」
「な、お、え、なんでっ……」
「ソラちゃんと、ニアさんと、お姫様と、真剣に堂々と恋愛してるから」
「へ?」
「前二人は知らないけど、お姫様はリアル年齢十九歳。お兄さんの実年齢が仮にそのラインから大きく外れていたら、あなたは絶対に気にするタイプ」
「そ、そんなんわかんなくね────」
「人と接するプロの人物観察力を甘く見ない方がいい」
そうして、淡々と。
「それから……これは推理すること自体あんまり褒められたものじゃないから、怒られても仕方ないけど…………多分、ソラちゃんが一番下でニアさんが一番上。お兄さんがソラちゃんの年上で、お姫様の年下だと思ってる」
「……………………………………」
紡がれた言葉に、もう俺は絶句するのみ。
「…………実は、旅行、覗き見してた?」
「その発言は危ない。他二人ともリアルで知り合ってる可能性が浮上する」
「ごめんマジ忘れてくれ今のナシ」
別に、事情を話せばソラもニアもリィナにアレコレ公開するのを渋りはしないだろう。が、相談もせず俺が勝手にぶっぱするのは極まってNGだ。
いや、しかしまあ……。
「探偵かよ…………ぇ、アイドル様ってそういうもん? そんな簡単に他人の内面ってかプロフィールを見透かせる超能力を基本装備してるもんなの……?」
と、実際見事なまでに言い当てられてしまったのだから、下手に否定するのも無意味っちゃ無意味。なによりリィナが『推測』というより『確信』を声に乗せて話すものだから、俺にできることは無様に驚倒するのみである。
ので、慄くままに訊ねてみれば……ちみっこは「そんなわけない」とでも言うように、珍しく楽し気な笑みを頬に薄っすら宿しながら。
「一目惚れした人のことだから。もちろん特別に見ていた結果、だよ」
「………………」
その発言は、どうなんだろうなと。
図らずも彼女の本気度を垣間見てしまったことも併せて、ミナリナファンに知られたら念を以って呪い潰されやしないかと無限に不安が湧いて仕方ない。
「とにかく、そういうことだから」
「どういうことかな……」
「お兄さんと私の歳が近いことは、想定済み。むしろ下手をすると年下の可能性まであったから……ほんの少しでも年上って確定した分、嬉しいだけ、だね」
そうして、もう本当にガワだけなんだなぁと。いよいよもって『ちみっこ』と侮れない少女は、捕らわれたのと逆の手を俺に伸ばして────
「私は意識しないけど……──お兄さんは、意識しちゃうの?」
さわりと頬を撫でると共に、叩き付けられたソレは挑戦状か否か。
果たして、先の台詞は大言でもなんでもなかったのだろう。そのもの『人を見て人に見られるプロ』様は、どうにも俺の煽り方まで勤勉に押さえていたようで。
「ぁ?────舐めんなチビっ子。かかってこいや」
結局のところ、まあいつも通り、このまま流されるしかないんだろうなと諦め半分ではあったのだが……それはそれとして、俺も今に至り絶えずイベントを投げて寄越す大いなる世界の意思の気まぐれには慣れてきている。
「もういい、わかった。もうゴチャゴチャ無駄な抵抗はすまいよ、わかった」
ゆえに、いつの日か。
「そうと決まれば『女の子』扱いしてもらえると思うなよ。お前は今から気の置けない俺の『妹』様で、俺はお前を決して女子としては見ない俺様な『兄』だ」
「ふふ……絶対に無理そう。そういう適当なノリと勢いで適当なこと言って、自分の首を絞めるところも……ちょっと好き。可愛い、ね」
まんまと挑発を受け取ってしまったことを後悔する日が来るかもしれないが、それはそれ、これはこれ。流されながらも自分の足で歩くのは悲しいかな十八番。
「一般的な妹は兄に『可愛い』とか言いませーん!!! はい妹ポイント減点!」
「いもう…………え???」
なんとかなるだろ。知らんけど。
人、それをヤケクソと言う。