認可
正直なところ、ニアとアーシェの反応については読めていたところがある。というのも、あの二人は根本的に『年下にベタ甘』という性質があるから。
二人同士でも俺が困惑するほど仲が良いが、それにも増してソラを〝恋敵〟に対するレベルではなく可愛がっている点からして明らかな事実と言えるだろう。
なので、最終的にそれぞれから「まあ別に」といった判決が下されるのではと思っていた。それが幸なのか不幸なのか今なお混乱している俺にはわからないが、ともあれほぼ確の未来図は描けてしまっていたわけだ。
────だがしかし、
「……、…………」
挨拶回り、第三号。場所はクランホーム、がらり質素な俺の部屋。
気のせいでなければ、先の二人へ挑み掛かった際とは異なる雰囲気でリィナが説明を終えた折。大きな琥珀色を瞬かせ、とりあえずは驚きを見せたソラさん。
「えー、あー…………その、うん。と、いうことらしい、です……」
我が可愛い相棒様の反応が、俺には思い浮かべられずにいた。
今に至ってスキルがなくとも『以心伝心』に疑いはないが、それはそれ時と場合と限界というものがある。互いの心が読めるとはいえ、理解はまた別の話。
わからないことは、わからないのだ。つまるところ……。
「……ぁ、え、と」
乙女心が介在するシチュエーションにおいて、俺のソラ読みはポンコツ化する。
「リィナちゃんは、その、ハルの、こと……」
「男の人としては、見てない、よ。あくまで『兄』────の、ような人として」
しかしまあ……リィナがニアやアーシェの前では見せなかった緊張感を滲ませているのは、間違いではないのだろう。
即ち、ソラもまた簡単に「まあ別に」といった答えを出すかといえば、
「………………………………えぇ、と……」
なんとなく、そうならないような気がしたのは、気のせいではなかったようで。
「ぁ、あの、ごめんなさい。別に、その、反対……反対? えと、許せないとか、なんと言いますか、変な感情があるわけではなくて、ですねっ……」
「ソラさん、無理かもしれんけど、でも落ち着こう。大丈夫だ、いまだに俺も絶賛混乱中。ニアも狼狽えてたしアーシェも多少なり困ってはいた」
「は、はいっ……あの、はい」
斯くして深呼吸を一つ、二つ。
「スゥ…………その、結論から言いますと、私は構わないんですが……」
「構わないんだ……」
と、なんだか話が難しそうな方向へ行く気配を感じていたところへ、投下されたのはアッサリとした言葉。ゆえに思わず茶化すような合いの手を入れてしまったが、ソラさんから頂戴したのはジト目ではなく困ったような揺れる視線。
「だ、だって、私たち……私、まだ、あの、その、えと……こ、恋人じゃ、ない」
次いで、馬鹿ほど可愛いが詰まった途切れ途切れの幼気な声音。
「………………………………………………………………」
いかん一旦ちょい目を逸らそう。頭おかしくなる。
「ま、まあ、それは……」
「っ…………にゃ、ない、ですしっ……! 私たちの許可をみたいな、お話もその、変な気がすると言いますかっ……です、し…………!」
で、そんな風に俺たちが唐突にアレなアレを展開する折。
「────ニアさんは、お世話になってる職人さんで、友達だと思ってる」
それを茶化すこともなく見ていたリィナが、また静かに口を開いた。
「お姫様は、…………なんて言ったらいいかわからないけど、ある種の〝絆〟はあると思ってて。……ライバル? って言葉は、あんまりしっくり来ないけど」
つらつらと。普段は他人にも増し増し増して口数が多い相棒の勢いに任せがちだが、実のところ決して無口というわけではない少女が言葉を紡ぐ。
「ソラちゃんは、初めて会った時、私たちに凄く似てると思った」
「……へ?」
青い瞳を、まっすぐに向けて。
「ミィナが、そんな感じだからかな。ミィナにしても、ミィナから見た私が、そんな感じだからかな。お姉ちゃんみたいで、でも妹みたいで……両方の顔が見えた」
「っ……」
「………………」
〝お姉ちゃん〟という言葉をリィナが口にした時、ほんの僅かながらソラの表情が……────というより、心が揺れたような気がした。
それについて、ちみっこが気付いた気配はない。
「シンパシー? お兄さんに初めて会った時と同じ。ソラちゃんに関しては私だけじゃなくて、ミィナも一緒に、別方向で〝一目惚れ〟したんだと思う」
少女はただ、誠意を以って己が胸の内を真摯に晒すのみ。なればこそ、俺は邪魔をしないよう口を噤みつつ代わって相棒の様子をチラ見して……。
「そ、ぇぅ……………………て────照れちゃいます、ね……」
俺の眼にも違和感なく微笑みを滲ませた様子から、微かな心配を呑み込んだ。
「世界の誰より親しい人に、似てる。……あと、意味がわからないくらい可愛いかったから。深く考えることなく仲良くなりたいって思ったの。今も思ってる」
付け足した理由の方が大きかったりしない? と、暢気なことを心の中で思うくらいの余裕はできた。すかさずジト目が飛んできたのは流石の一言である。
「そんな人たちの、好きな人だから。我慢できずに、ちょっかいを掛ける以上、筋は通さないとダメ。叱られる覚悟もちゃんとできてる」
「し、叱ったりなんて……」
んで、そのままチラと困った顔を向けられても俺は俺で困る。ニアもアーシェも勿論ソラさんも相変わらずの心の広さであるが、どちらかと言えば俺はリィナ側。
「………………三人とも、本当に変。どうして嫉妬しないのか不思議で仕方ない」
それが普通で、それが当たり前だろう。
俺だってそう思う。既に他の異性から好意を伝えられている身で、それらに真摯に向き合おうと覚悟を決めた身で、関係を追加するなど褒められた行為ではない。
リィナの言葉を借りれば、ちょっかいを掛ける方も掛ける方だ。だから俺は狼狽え混乱しながら何度も諫めたし、普通に叱ってもいる。
だから、俺とて叱られる覚悟はしていたのだ。
ゆえに、完全なるリィナ側である。実際問題これに関してズレているのは間違いなく……『外』へ嫉妬が向かないほど俺を信じ切っている、三人娘の方だから。
信頼が重くて泣けてくるよ本当に。絶対に裏切れねぇんだわ。
「……お兄さん」
「なんだい」
「私、自分が思ってるほど可愛くない? 非警戒対象? 自分の好きな人の『妹』になりたいなんてアイドルが現れたら、普通は絶対に嫌だと思うはずなのに」
「一般的な価値観に照らし合わせれば、お前は正しいぞ。自信を持っていい」
「私、自分が思ってるほど可愛くない?」
「な、ぇ、なに。なんでリピートした」
「私、お兄さんから見て可愛い?」
「さては気ぃ抜いたな貴様? 本当にヤメロ戯れだすには早過ぎる」
ほら見ろ、ソラさんツッコむべきかメッチャおろおろしてるじゃねぇか────
「あ、あの、ですねっ……!」
「「っ、はい」」
然して、飛んできたのはツッコミではなく仕切り直すような思い切った声音。
「もう一度、言いますけど、私の答えは『お構いなく』ですっ……! ハルが、その……理想的な〝お兄ちゃん〟というのも、それでいて〝弟〟らしくて可愛いというのも、恥ずかしながら私も重々承知しておりますし……っ!」
「じゅ、重々承知してるんだ……」
ツッコミじみた合いの手を入れるのは、結局のところ俺の役目らしい。
素面じゃ聞いていられないことを頬を染めつつ宣言しながら……リィナに続いて胸の内を晒すのは、私の番とでも言うように。
「ハルの方も。リィナちゃんやミィナちゃんに甘えられて、無碍にできないのは、それについても私は重々承知しておりますし……っ!」
「まあ赤色はうーん」
さておき、それは納得できる。
初対面から懐かれて顔を合わせりゃベッタベタだったからな。そりゃ情も湧くだろうし、今ではソラも自然に二人を可愛がっているのを知っている。
なお実年齢については考えない方向で────重ねて、さておき。
そこでまた一つ深呼吸。息を落ち着け、心を落ち着け、いつもいつとて気持ちを伝える時には一生懸命な超可愛い相棒が真っ直ぐにリィナを見る。
「だから、構いませんので……──リィナちゃん、一つだけ約束してください」
その瞳は、十五歳&十七歳という実年齢の上下を忘れてしまうほど。
どこか大人びて、優しい色を湛えていた。
「リィナちゃんの『絶対』を疑うわけではありませんが、もし万が一。……本当に万が一でも、ハルのことを好きになっちゃったら、必ず教えてほしいです」
「…………」
だからだろう。
リィナも己が『絶対』を疑っていないという言葉に矛盾するソラの〝お願い〟を耳にしながら、まさしく優しい『姉』に諭される『妹』のような顔で。
「想いに蓋をしてしまうのって、本当に、とっても、大変なことですから」
「……うん。約束する」
大人のような顔をした少女に頭を撫でられながら。
子供のような顔をした少女は、ただただ素直に無垢に頷き返した。
────斯くして、認可は揃ってしまい。
「「………………」」
改めて視線を交わした琥珀色は……結局のところ、可愛い妹分が自分と似たような思いをすることになる可能性を心配していただけの相棒様は。
「ということですので────頑張ってくださいね、お兄ちゃん?」
「………………マジかぁ……」
天使のような微笑みと共に、慈悲なき判決を下してくれた。
夫、婦……?