挨拶回り
────と、いうことで。
「と、いうことらしい、です……」
「えぇ……???」
挨拶回り第一号は、唯一アルカディアにログインしていた藍色娘。
アトリエの扉を叩いてから約五分。珍しい顔を連れて現れた俺を見てキョトンとしていたニアだったが、その後に続いた『事情説明』に際して初っ端の比ではない驚き桃の木山椒の木にて表情をコロコロさせていたことは言うまでもない。
然して、今。俺の横にピタリと引っ付いて離れる気配のないまま、いつも通りの無気力な表情に多少なり誠意を宿したリィナの説明および説得を受け……──
「………………えぇ???」
いや、そりゃそうだろうって話。ニアは困惑するまま目を瞬かせていた。
「ちょ、ちょー……っと、待ってね? 今、あたし、混乱中……」
「安心してくれ。俺も絶賛混乱中だ」
なお隣のちみっこ。
一応シチュエーション的には多少なり緊張感を持って然るべき状況だと思うのだが、唐突に俺の『妹』へ名乗りを上げた少女の立ち姿は堂々たるものだ。
流石は現役トップアイドル様だな(???)。
「えぇー……と。話の流れは、わかったけど、も……ぇ、リィナちゃん、マジ?」
「マジ。お兄さんが私の理想の〝お兄ちゃん〟」
「…………………………」
そして専属細工師殿は天を仰いだ。俺も後に続いていいだろうか────
「わ……………………からなくもない、から、なぁ……」
「わからなくもないの???」
と、どうやら俺たちは完全に心を共にしているわけではなかったらしい。深く椅子に凭れ天井を見上げつつ、ニアが零した言葉に俺驚倒。
今これ、どういう方面に向かってる? なんも流れがわからないよ?
「『兄』感と『弟』感の両取りでメッチャ卑怯ってのは、うん……」
なんの話?
「相手によってガラッと変わるのも好き。表情がコロコロして可愛い」
ねぇ、なんの話?
「そうだよねぇ……あたし目線では弟っぽさ強いけど」
「私には〝お兄ちゃん〟────時々先輩扱いも混ざって、やりづらそうにしてるのもグッド。取り繕って気付かれてないと思ってるのも可愛いくて好き」
これ、本人の前でしていい話???
斯くして、そこでニアは首を戻し改めてリィナへ目を向けた。
「メッチャ好き好き言うじゃん……ぇ、あの、確認。恋愛方面の感情は…………」
然して、リィナは逃げも隠れもせず真正面から藍玉の視線を受け止める。
「ない。私が欲しいのは『兄妹みたいな恋人』じゃなく、優しくて格好良くて頼りになって初々しくて可愛げのある『家族としての兄』だから」
受け止めて、なんかもう謎の迫力を感じてしまうほど堂々と。
「絶対に、ない」
しれっと俺の腕を抱きながら、宣言してのけた。
こら、放しなさい。
「…………………………………………………………あぁー……うーん…………」
で、最終的に。
「まず、あれなんだよねぇ……」
下されたニアちゃんの判決は────
「〝一目惚れ〟云々って言われちゃうと……あたし、弱くて、ですねぇ…………」
致し方ねぇといった具合ではあったが、肯定的なものだった。
認可、一つ目。
◇◆◇◆◇
「と、いうことらしい、です……」
「そう────確かめておきたいことが、二つある」
続いての挨拶回り第二号、暫くして再ログインしてきた女王様兼お姫様。
南陣営拠点特別集会場の扉を叩いてから約五分。珍しい顔を連れて現れた俺を見ても平然としていたアーシェだったが、その後に続いた『事情説明』に際しても極々自然な無表情を以って静かに話を聞いていたのは言うまでもない。
然して、今。俺の横にピタリと引っ付いて離れる気配のないまま、いつも通りの無気力な表情に多少なり誠意を宿したリィナの説明および説得を受け……──
「まず、貴女のソレが恋愛感情に発展する可能性はどの程度あるのか。次に、貴女の希望を私たちが肯定した場合にハルへ求める振る舞いはどういうものか」
まあ、だろうなって感じ。アーシェは冷静かつ堂々と珍事に向き合っていた。
「一つ目は、ゼロ。絶対にない」
「絶対と断言できる根拠は?」
「私が欲しいのは『家族としての兄』だから。恋愛に発展するのは解釈違い」
「……少し、信頼性が弱いかしら」
でもって、ニアちゃんより手強いのも然りである。いや手強いってか別に早速敵対しているという雰囲気でもないが……ってか、そういやアレだ。
この二人ってか、アーシェとミナリナが絡んでるとこ見るの初めてだ────
「そうだね。──来て」
「へっ?」
とかなんとか考えていたら、リィナにグイと腕を引かれて連行される。向かう先は、玉座に腰掛けるまま鷹揚と話を聞いていた姫君の元。
そしてアーシェの目前に至り、ちみっこは何を思ったか……。
「ッちょ、おい!?」
「………………なにしてるの?」
ガバッと、思い切り、容赦なく、遠慮なく、俺に渾身のハグをかました。
なれば当然『なにしてくれてんだ』と狼狽える俺、スッと目を細め『なにをしているのか』と問うアーシェ。目前数十センチ、輝くガーネットの圧が恐ろしい。
「証拠の提示」
けれども、こちらも名高き双翼の片割れは動じず怯まず。
「手、貸して」
「……?」
片腕で俺にしがみつくまま、もう片方を以ってアーシェの手を誘い────
「「……………………………………」」
「え? なにしてんの?」
ペタッと、自らの薄い胸元に張り付けた。
いやまあ、胸というかド真ん中。鳩尾の辺りだが……。
「これが現時点での根拠。私はお兄さんに、ドキドキはしない」
と、リィナがそう言ったことで遅ればせ理解した。
成程、心拍。
アルカディアのアバターにおけるソレは、体調云々の要素が介在しない純粋無比な『感情値の顕れ』だ。確かに誤魔化しは効かないだろう。
「ついでに、こっちも」
で、再び誘導されたアーシェの手が着地したのは、今度は俺の胸元。
「お兄さんも、私にはドキドキしない」
「それはまあ……」
妹ってか、ちみっこだし……いや、可愛いとは思ってるけどね? ただまあ、女子というより完全に年下小動物的なマスコットへ向けるような感情であって……。
「お兄さんは、私のことを完全に年下小動物的なマスコットとしか見てないし」
やべぇ内心を完全に読み取られてる。対人強者こわ。
「私も私で、とんでもない面子に言い寄られている兄に大遅刻で恋心を抱くほど頭お花畑の乙女じゃない。……だから、一つ目については安心してほしい」
「………………」
然して、アーシェの反応は────
「…………わかった、ひとまず信用する」
穏やかなものだった……と、思った俺は少々甘かったのかもしれない。
「────なら、二つ目。ハルへ求める振る舞いについては……『特にない。振る舞いを変えるのは私だけ。お兄さんはこれまで通り程々に狼狽えながら流されつつ、結局は受け入れてくれる感じでいてくれたら嬉しい』……かしら」
「………………やっぱり、お姫様、こわい。少し苦手」
おそらくそれは、見透かせることを示す一手。今に至って前触れなく大胆に近付いてきた要警戒対象へ、この上なく痛烈に決まったのであろう釘差し。
斯くして演技か否か、やや怯えるように俺の背へ隠れたリィナを余裕たっぷりの無表情で穏やかに眺めながら……────下された、アーシェの判決は。
「わかった。私が好きになった人だもの、妹の一人や二人は現れても仕方ない」
「なに言ってんの???」
なにを言ってんだかわからないが、とにかく肯定的なものであった。
認可、二つ目。
次話ラスボスの元祖妹分。