二人の最適解
恋人、あるいは友人。異性、あるいは同性。
気になる人。親しい者。友愛でも親愛でも恋愛でも、なんであれ交流を経て関係性を深めるために、誰かと共に重ねる時間────
世は、それをデートと呼ぶ。
人の性格や好みが千差万別であるがゆえ。
そして、そんな千差万別の中から出会った二つが触れ合う交錯点であるがゆえ。
人の数を超えて星の数ほどもある『二人にとっての最適解』を探し出すのは、ある意味でアルカディアの大規模戦闘よりも難度の高いコンテンツだ。
然して、それもまた〝味〟……互いの嗜好が完璧に合致する時間の過ごし方を探る段階とて、仲を深めたい相手を見て識る時間に変わりはない。
各々の探り方を見て、自分へ向けられる関心の度合いや熱意を読み取って、強まる絆というのもあるだろう。それはある意味で、たとえ幾つになっても誰しもが楽しみ得る『青春』の一種なのではなかろうか────と、俺は思う。
……さて。決して他人に語ることはなく墓まで持っていく所存の恥ずかしい持論を胸に秘める俺だが、現在に至り一応デートの経験値はそれなりだ。
誰がなんと言おうと、三対一で総合的な天秤の傾きを素直に評せば完全無欠の分不相応。複数の極めて魅力的な異性に見初められてしまった立場を受け入れ早数ヶ月、それぞれからのアプローチを無碍にしないよう必死に立ち回った結果である。
ゆえ、三人娘それぞれの『好み』も真摯に学び把握済み。
例えばソラさん。優しく素直で真面目だけれども好奇心満点な年下かわいい相棒様が好むのは、仮想世界と同じく冒険のようなデート。
知らない場所。知らない物。とかく未知が彼女の好み。
慣れた空間で穏やかな時間を過ごすのも別方向で好みはするが、年相応の無邪気な笑顔を炸裂させるのは先日の旅行よろしく『見たことのない風景』である。
簡単なようで回数を重ねるほど際限なく難易度が増していく、中々の高難度設定だが……まあ、アレだ。可愛い女の子に尽くすのは男の義務であるからヨシ。
次いで、例えばニアちゃん。常にテンションが爆発しているように見せかけて人一倍に繊細かつ面倒見が良い職人様が好むのは、まあ意外でもない静かなデート。
極論、のんびり穏々淡々とした『お家デート』が最大のツボ。
とにもかくにも一緒の時間を大切にしたい。贅沢は言わないが、外出するにしても賑やかワイワイよりか『外に在る二人の時間』を楽しみたいタイプなのだろう。
決してネガティブな意味合いではなく、シンプルに、しんどい。
常日頃から、ぶっちゃけ三人の内で誰よりもそう思わせられているが、アイツ本当に卑怯だろマジなんなの。勘弁してくれ俺の理性は有限なんだ。
そして、例えばアーシェ。
アルカディア最強の【剣ノ女王】にして、優に億を超える全肯定ファンに愛されるどころか崇拝までされているであろう世界の認める『お姫様』その人。
別世界の住人。今世紀の特異点。人間ではなく精霊や妖精や天使の類。むしろ神様まである。人生最推し。美しいを超えてふつくしい。無表情で見下されたい。最近もうマジただただ可愛い乙女でヤバいよね────などなど、
数々の呼び名を欲しいままにする、現代における天上人の代表例。
そんな彼女が好むデートとは、果たして────……
「…………あー、と。その、どこか行きたいところとかは……」
「ない。これでいい」
手を繋いで、気ままに散歩をする。ただそれだけ。
毎度のことだが、せめて胸の内では声を大にして叫ばせていただく。
こ ん な ん ダ メ だ ろ 、 助 け て く れ 。
どことも言えない、ただの街中。腕輪と眼鏡それぞれの『魔法のアイテム』で揃って粧し込み、誰にも目を向けられぬまま雑踏の中を歩くだけ。
基本的に、会話らしい会話などない。
アーシェは普段通り無表情で、呼吸も歩調も乱すことなく、俺に手を引かれるでもなく俺の手を引くでもなくピタリと隣を歩き続ける。
重ねて、普段通りの無表情で。
────たった数ヶ月の間。多くの時間を共に過ごした俺には辛うじて判別が可能な程度の、しかし確かに嬉しげな感情を一杯に宿した無表情で。
「…………ふふ」
「っ──……えー、なんだ。人の顔を見て笑うのはヤメテいただきたく」
「そう言われても、いつもいつも可愛い顔を見せつける貴方がいけない」
こんなんダメだろ。助けてくれ。
〝誰かさんからの贈り物〟の恩恵を二人で揃って受けているため、本来は疑う余地もなくぶっちぎり桁違いの『注目』を浴びるはずの『お姫様』と、二人きり。
街中で、人波の中で、誰にも知られず、二人きり。
そんな尋常ではない背徳感に満ちたシチュエーションだけでも感情の許容量超過だというに、やはりというかなんというか彼女は『最強』であるからして。
「────っ゛ぃ……!? おま、だか、それ禁止って言」
「知らない。気のせい」
重ねた手の内。スイっと掌を指先でくすぐられ、どうしようもなく無様な反応を晒しつつ文句を言うも返ってくるのは涼やかな微笑が一つ。
ニアを精神面での攻め最強とするのであれば、アーシェは物理的な攻め最強。
彼女のソレは、例えばソラのような無垢と恥じらいに満ちた可愛げのあるものではなく。例えばニアのような勢いと恥じらいに満ちた、いじらしいものでもなく。
「おい、ちょ……手の甲もダメです両面禁止ですヤメロ手を止めろッ……‼︎」
「……?」
「首コテンも禁止だよ。もう全部禁止だよ。毎秒レッドカードだ毎秒退場」
「……ふふ、酷いことを言われてる」
際限のない魅力と自信に満ち溢れた、女性のソレ。……これも重ねてになるが、本当に勘弁していただきたい。俺の理性は有限なんだぞと。
三人がかりで攻め立てられて、もう本当に風前の灯火なんだぞ────
「っと……」
「ん」
俺の実家がある半分田舎のような街とは違い、都心は何処を歩いても擦れ違う人がいる。ゆえに、いくら気を付けていても肩が当たりそうになる時はある。
ならば自然……彼女に限っては必要ないと、失礼ながら心の底では思ってしまえども、無意識に手を引いて庇ってしまうのが男心というもので。
多分、俺がそうすると確信を持って自ら避けようとはしなかったのだろうと。
たとえ俺が無用なまでの全力全開で腕を思い切り引っ張ろうが、彼女がその気なら体幹を小動もさせないのではなかろうかと……つまり手を引かれた折、かよわい仕草で胸に飛び込んできたのも正真正銘わざとなのであろうと。
そんなこんな、様々な計算の存在を確信していようとも────
「……ありがとう」
「……、………………まあ、はい」
お姫様の……では、なくて。女の子が俺だけに見せる柔らかな素顔に、
いつもいつとて、敗北を喫するばかりである。
見せ付けられる私たちこそ助けてくれだよ。
一生やってろ。