堂々お忍び散策中
「────ぉ? 【欠首の冥……じゃ、ないのか」
「ん、騎手モチーフのレア物だね。先輩のは騎乗犬の方」
「えーどれどれ。いち、じゅう、ひゃく、せん……────たっっっっっか」
「それくらいなら、先輩ポンと払えるでしょ」
テトラに連れられ辿り着いた『鍵樹関連』立て看板の奥。無数に乱立する露天並びは、需要に違わぬ莫大な人波を受け入れ大層に賑わっていた。
とはいえ、供給の方も膨大であるゆえ分布スペース自体が過剰なほど馬鹿広い。
そのため結果として上手い具合に客足がバラけており、姿を隠したままアレやコレや品をチラ見しつつ商いの横を擦り抜けて回る分には問題ない。
────しっかし、とにもかくにも人の数、店の数よ。
「これ、アレだな。『この商品あっちの方が安い』とか主婦ムーブするの不可能だな。いつまで経っても確実に何一つ買えないまま時間が溶ける」
「端から端まで見て回るとか、まず無理だからね。日替わりどころか分単位で店も品も増えたり減ったりするし……雛世さんの言葉を借りるなら、一期一会?」
「ぁ、本当に好きなんすね雛さん」
まあ、それもそれで魅力なのだろう。いつ来ても何処を見ても飽きが来ないだろうという点では、此処も立派な『コンテンツ』に違いないということだ。
然して一期一会などとエモい言葉を持ち出されてしまえば、俺もまた目前に現れた短剣に心惹かれるのを止められない────が、ここはグッと我慢だ。
どうせこれからも誘惑に負けてのガチャガチャは避けられぬはずで、他所からも買い集め始めたら完全に収拾が付かなくなる。ただでさえ俺の武装プールは飽和気味なのだから、これ以上は悪戯に手札を増やすべきではないだろう。
レア物であるというのなら猶更。人様が幸運にて引き当てた代物を、下手すりゃ扱い切れずに死蔵する可能性もある俺が囲うものではないってな。
「さらば【失首の冥輝剣】……機会があれば、いずれ会おう…………」
「未練たらたらじゃん。買っちゃえばいいのに」
別れもまた、一期一会の醍醐味よ。
ちなみに別れを告げた冥輝剣も俺の冥牙剣も十層のモノリスから排出される所謂『低層の品』だが、鍵樹で得られる武装には型落ちの概念が存在しない。
どういうことかといえば、鍵樹武装もプレイヤーと同じく階を上るごとに性能を向上させていくから。つまり俺が堂々と百層へ辿り着く頃には、我が【欠首の冥牙剣】も立派な〝成長〟を果たしているだろうということだ。
例の樹晶ノ宝雫も相まって、これはと気に入った品を育て上げられるというのも数多のプレイヤーが沼に落ちた大きな理由だろう。
そして、更にもう一つ。
鍵樹武装が戦闘を嗜む遍くプレイヤーより多大な注目を受けている要因は……。
「しかしまあ、アレだな。────完全にカードショップだな」
「省スペースで済むから、商売も捗るだろうね」
そのナリ。即ち、俺がモノリスから【欠首の冥牙剣】を引き当てた時の姿同様、洒落乙デザインの『カード形態』を持つ点にあるだろう。
早い話、鍵樹武装はカードと現品を行ったり来たりが可能なのである。
そして当然のこと、アイテムとしての重量は形態依存────その特性によって何が起きたかといえば、アルカディアの『戦闘』における一種の革命。
たとえば、複数の鍵樹武装を、カード状態で携帯しておけば……必要な時に、念じれば、誰でも、簡単に、複数武装の展開および収納が、可能となる。
それが意味するところは、ズバリ一つ。
その『革命』案件について、そこら中で「あの人みたいに」の〝あの人〟部分へ名前を引用されている身としては、全くもって他人事に感じられない話題。
「流行に一役買ってると思うと、こう、むず痒いというかなんというか……」
「一役どころの話じゃないでしょ。まんま【曲芸師】の真似なんだからさ」
今現在、仮想世界では次々に武装を切り替えながら戦う『クラウンスタイル』とやらが大流行している。これぞ羞恥の事実、いい加減にしてほしい。
カードから現物へ姿を遷す『武装化』。
そして現物からカードへ姿を遷す『絵札化』。
それらによって成立する疑似クイックチェンジを実戦に組み込むことで成立する、ピッカピカの新戦術ってやつだ────いや新戦術もなにも、俺のアバターが仮想世界に生まれてこのかた一蓮托生で付き合ってきた戦術なんだけどね?
であるからこその俺リスペクトってな現状、甚だ恥。
状態移行時そこそこ重いMPコストを要求される、カード状態時に強烈なダメージを受けてしまうと下手すりゃ一撃で損壊する、などなどデメリットや至極ままならない部分もあるようだが……ま、それを上回るメリットがあるということで。
自由に武装を切り替えるという選択肢が常に在るというのが、どんだけ〝強い〟のか。それは他ならぬ俺が半年を掛けて世に知らしめてしまった事実。
さもありなんってなわけで、誇らしい一割の恥ずかしい九割が染める胸中は呑み込み遠くから見守っている他ないのだろう────
「でもま、良かったんじゃない? 先輩の評価また上がったみたいだし」
「それ『あの人やっぱ頭おかしい』的な方向の評価じゃん。なぜなのか」
「普通の人は、必死に戦闘をしながら臨機応変に手札を変えるなんてこと無理だからだよ。大体は剣一本だけ握るのに集中した方が強くなるのは当然でしょ」
「そうかなぁ……まあ、そうかぁ…………」
と、テトラが言うのは曲芸師式武装切り替え戦術の完コピを目指した者たちについてだろう。アレもコレもと大量に抱え込んだカードの運用を目論み、劇的戦力ダウンを果たしたとかなんとかみたいな失敗談はチラホラ耳にしている。
何事も、程々にしとけってことだわな。
「……ちなみに? テトラ君は興味ないのかな『クラウンスタイル(笑)』には。甚く世話になっている先輩と可愛い自称後輩を両立する謎存在のためなら、恥を押して直々に本家(笑)がレクチャーしたりなんだりとかも吝かではな────」
「やだよ面倒臭い」
「おい。最近は表情で言葉の裏側とか大体わかるようになってきてんぞ俺」
「素直に頷いたら狼狽える癖に。ほら次あっち、宝雫の露天だってさ」
斯くして、そんなこんなで袖を引かれるままフラフラと。
【不死】の加護にかまけた堂々お忍び散策は、至極のんびり一時間ほど続いた。
いろんな作品であるよね、カードを使って戦う系のシステム。
ほぼほぼ例外なく究極ウルトラお洒落で格好良くて好き。